序章 聖地ホルシオス(1)
はじめて投稿します。日暮紅と申します。
少し長いですが、お付き合い下されば幸いです。
感想よろしくお願いします。(^^)
吹雪。
それ以外には何もない。
ただ行く先には、果てしない無が広がっていた。
虚無と静止。無限なる氷の世界。
地図上で最も北に位置する、冷艶帝の治める氷の城。だが、それよりも遥か北の最果てに、氷原は広がっていた。
延々と凍れる大地は続く。
昼夜なき静寂の地。
この星では未知とされる、無人の地へと足を踏み入れる。
瞳から零れ落ちる雫さえも、瞬時に凍りつくほどの凍てついた風。
彼らはそれを、ものともせずに黙々と進んでいく。
その足取りは、重く、悲しげに。
防寒具は、僅かにマントを羽織っているのみ。
髪をなびかせ、三人は進む。
彼らは氷の民フィラ。
遥か遠く、氷の星に生まれ、氷と共に生きる種族。
彼らにとって“氷の民”とは氷神を崇めし民という意味がある。
彼らにとって、氷原とは聖域だ。
氷妖さえも寄りつかぬ死の世界には、永遠の眠りと安らぎがある。
死者の世界。
風の声に導かれ、彼らはさらに奥へと進んでいった。
どのくらい歩いた頃であろうか。
平坦であった大地が、僅かに変化する。
硝子のように、輝く何かがある。
近づくにしたがって、彼は徐々に目を細めていった。
眩しい。
こんなにも美しいものが、この世の中にあったのか。
彼は、感動さえした。
そこは確かに氷原であった。一年前と、それは少しも変わらない。
時すら凍れる絶対零度の世界。
生きとし生けるものすべてが、死に絶えるはずの世界。
だが、そこに輝くのは、大地でも、氷石のそれでもない。
生命力溢れる、一面の花々。
氷を糧とし、永遠に増殖し続ける、妖艶な美貌を持つ妖花を、この星の者は〝氷の華〟と呼ぶ。
広がる花園は、果てしなく続く。
それは、北半球の最北端まで、続いているのではないかと思われるほどに、延々と広がっている。
美しき魔性の花は、氷の大地を侵食していた。
たった一年で、こうも変わるものなのか。
「きれいだな……」
彼は思わず、感嘆の呟きを洩らした。
「ね、来てよかったでしょう?」
思い通りの反応に、スーンは思わず声を弾ませた。
瑠璃色の光を帯びた瞳が、嬉しそうに笑った。
少女の笑みと、一面の氷華が、アルシオンの心を軽くした。
この星に、野生の氷華が咲くことは決してない。
意図して誰かが植えたものと、それは花々の間に、一本の細い道ができていることからもわかる。自然に生えたものであれば、こうはならない。
一度苗を植えれば、それは驚くべき早さで増殖する。
たった一本の苗でも、毎日植え続ければ、一年の間には、一つの世界を築き上げる。
そしてまた一つ、少女は氷華を植えつける。
熱心なスーンの様子に、彼は感心する。
異星より取り寄せた氷華を、飽くことなく植え続ける。
たった一人の少女の行動が、あの血に穢れた大地を、こうも変えてしまうものなのか。
氷華の咲き乱れる美しき大地が、一年前は、少年の罪と血に穢された大地であったとは、誰も思うまい。
アルシオンは彼女に感謝した。
正直、アルシオンはこの地を訪れることに、かなりの抵抗を感じていた。
自らの罪そのものの眠る地。
犯罪の証である地。
それは彼にとって、恐ろしく残酷な場所であった。
だが、今彼の目の前にあるそれは、彼の罪一つ一つを埋めてくれていた。
一面の氷華――硝氷の華は、その痛々しく罪深き地を、包み隠していた。
僅か一年の歳月は、血染めの地を、見事に神聖なる聖地へと塗り替えていた。
すっと、彼の心までも安らかになる。
……我が師よ。
それは、視界を覆わんばかりの氷華の下に眠っている。
この果てしなき永遠の、硝氷の世界全てが、彼の墓標。
氷塔、ピラミッド、それら王家の墓に優るとも劣らない、自然な美しさを誇る。
偉大なる剣聖は、故郷の花に囲まれて眠る。
養父にして敬愛すべき恩師。
この手にかけて、殺した男の墓場。
序章まだ続きます。もう少しお付き合い下さい。(^^;