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迷子の魔導書と王都の魔導師  作者: 藤本 天
9/29

8P事件は目を離した隙に起こる

「っだー!疲れたっと」


首と肩の周りをほぐすとバキバキッといい音がした。



一般図書階のバックヤード。その中の修繕室と銘打たれた部屋でロランは本を直している。



「ロランさん。良かったんですか?副館長の頼み蹴って」


「いいんだよ。おれは魔導階の魔導書は専門外だ。ただでさえ怒ってる宮廷魔導師に八つ当たりされるのもごめんだしな」


「なんだかんだ言いつつ、最後が本音なんですね」


「さっき放送でユーリちゃん呼ばれてましたよ~」


「学生なのに可哀想に………授業はいいんですか?授業は」


「魔導書階だけじゃなく一般図書階まで自在に走り回れる司書をあの女狐がそう簡単に手放すかよ。ダメダメ眼鏡も結局ユーリ頼みだしな。あいつは卒業さえできりゃあそれでいいんだよ」


「就職先がもうほぼ内定してるんですね」


「内定じゃない。ほぼ確定だ。留年しなけりゃあいつは確実に四年後にはここで働いてるよ」


「ユーリちゃん、これから一生あの館長にこき使われるのか」


修繕室の司書たちが口々に騒ぐのを適当にロランはさばいて修繕に取り掛かる。


「っと、これもかよ」


ロランは本の間に無理やりねじ込まれたような紙切れを一枚取りあげる。


開いてみるとぐしゃぐしゃに折り曲げられているが、細かく書き込まれた文字と円陣、図形が描かれている。


「またですか」


向かいに座る眼鏡の司書のうんざりした声にロランも同じようにうなずく。


「ああ、魔導書の1ページだ」


修繕の途中で修繕を待つ本の内容と明らかに関係のない魔導書と思しき内容の文書がさっきからちらほら

出てきては司書たちを悩ませている。


「魔導書の1ページがどうやって紛れ込むんだ?っとに、メーワクはなはだしいぜ」


手にした1枚をじっと睨んでみるが、あいにく魔導書は専門外だ。

何が書かれているのかさっぱりわからない。


「ギズーノン爺さんなら、ちょっとはわかるんだろうが」


残念ながらギズーノンは今日は休みだ。

ロランはぺいっと紙を小さな箱に入れる。見つかった魔導書の1ページをこうして箱に集めているが、ざっと数えて10枚くらいは溜まっている。

何を考えているのかわからないが頼りにはなるエリアーゼ館長がいない時にこうした厄介はごめんこうむりたいというのがロランの本音だ。

王都から来た宮廷魔導師は確かにすごい奴だが、それも含めて厄介事の種であるとロランは思っている。


ロランは無精ひげをなでて立ち上がる。


「ちょっと一服してくるわ」




「え~と、『我が力を糧に、眠りし力……」


癖っ毛の司書が箱に集められた魔導書の1ページを手に取った。


「へえ、あんた魔導文字読めるんだ」


眼鏡の司書がちょっと感心したように癖っ毛の司書を見る。


「ええ、ちょっと魔導をかじってまして………」


「へぇ~すごいじゃない」


向かいに座っていた女司書に言われて癖っ毛の司書はがぜん張り切りだした。


「ええと。『我が力を糧に、眠りし力……」





「げっ!?」


トイレから戻ったロランは癖っ毛の司書が呟く声と彼が持つ魔導書の1ページを見て青褪めた。


「馬鹿っ!!読むな!!何とも知れない魔導書なんか読んだらっ!!」


魔導書に描かれた魔導陣がぽぁっと淡く輝く。


「えっ!?」


 時すでに遅し。


魔導陣がひときわ強く輝いた……。



バキッ!!メギメギ……ッ!!ゴゴゴゴオッ



「んぎゃーっ!!」


目がくらむような閃光と司書たちの悲鳴をかき消すようにドズンッと不気味な地響きが塔を揺るがせた。





<ユーリ>



「え?なに?」


魔導書に話しかけられて返事をしたユーリは慌てて魔導師を振り返った。

ちらっと見た魔導師はこちらに気づくことなく明々後日の方向を向いて突っ立っている。


「なに?いまお客さんが来てるのに!喋っちゃダメ!!燃やされちゃうよ」


ぽそぽそと喋りかけてきた魔導書に注意すると、魔導書は若干焦ったように話しかけてくる。


<魔導の気配がする。知らない気配だ>


<一般図書階のほうから!!>


「うそっ!?」


「何だ?」


思わず大きな声が出たユーリはこちらに気づいた魔導師にぎょっと目を見張る。


「あの、え~と……」


こちらに注意が向いた魔導師をどう切り抜けるか考えていると



 ……ジリリリリリリリリッ!!



懐中時計が高らかに鐘を響かせた。


『っ!!こちら修繕室のロランだ!!誰か答えてくれ!!』


「ロランさん!?」


慌てて触った懐中時計から雑音混じりのロランの声がする。


『ユーリ!?ユーリか!?』


「どうしたんですか?」


『修繕室に入り込んだ魔導書の1ページをネロのバカが読みやがったせいで魔導が発ど…っげっ!?うおっ、マジっ!?シャレになんねえええええっ』


ガガガッビーッと激しいノイズ音とともに懐中時計の通信が途絶えた。


「どうした?」


「すいません。緊急事態です。一般魔導書階に戻ります」


「魔導関係の問題か?」


「はい。ちょっと近道しますよ」


「は?近道?」


怪訝そうに訊き返す魔導師を捨て置いて、ユーリは部屋に1枚だけある窓に近づき、窓枠を力いっぱい横に押した。


「隠し通路か」


空の風景が描かれた窓がぐるりと動いてその下から扉が出てくる。


興味深そうに動いた窓をしげしげと見る魔導師は、後ろにユーリが立ったことに気づかない。


「これは、外の空の風景を魔導で映し出している代物だな。この扉をあけると近道とやらに」


「いいからさっさと行ってください」


ドンッとユーリに押された魔導師の体が開いていない扉の中に消えていく。



<お前、たまに乱暴だよな>


「うるさいなぁ。ここに来た魔導師たちってすぐ居座りたがるんだもん。真面目に相手してたら日が暮れるの」


口々に文句を垂れる魔導書達を尻目に、ユーリも固く閉じられた扉の中に足を突っ込む。


「じゃあね。行ってくる」


<気をつけて~>


<終わったらここに来いよ~>


のんきな声援を受けてユーリは扉の中に飛び込んだ。





「貴様、いきなり人を突き飛ばす奴があるか!!」


「ちゃんと声はかけたじゃないですか」


どことも知れない部屋のど真ん中で尻餅をついて痛い思いをした魔導師は、華麗に着地をして平然としている司書を睨んだ。


「そこの扉を出れば魔導書階に出れますから。行ってください」


「貴様、俺に謝罪の言葉はないのか?」


唸るように睨んできた魔導師に、ユーリは姿勢を正して大人しく頭を下げた。


「謝罪も本の検索も、後で必ずします。いまはとにかく一般図書階で起きた魔導を止めないといけないんです。すいません。お願いですから行かせてください」


「見たところ、魔導師でもないお前に何が出来るんだ?」


「出来ることがあるかもしれないから、行くんですよ」


ユーリはそう言うと魔導師に背を向けて次の扉をあける。




小さな個室が並ぶ部屋の大きな鏡の前にユーリは立っていた。


「ここはどこだ?」


「一般図書階のバックヤード……って、何でいるんですか!?」


ぎょっと後ろを振り返ると藍色の髪の魔導師がいた。


「魔導師がいたほうがいいだろう?」


堂々と言い放った魔導師から、ユーリは目を逸らす。


「いや、そうじゃなくて。……あの、ここは…………」


言いづらそうに視線を離したユーリを見、魔導師はふと部屋を見回す。

蛇口の並んだ水場に、並んだ個室、薄いピンクがかったタイルが床に敷き詰められている。

その個室の一つで水を使う音がした。


 ………いやな、予感がする。


「職員用の女子トイレ……なんだけど………」


「……先に、言ってくれ」





 ―――……ざわざわ


修繕室の周囲は司書たちと野次馬が集まり、大騒ぎになっていた。


「みなさん。仕事場に戻って!!魔導師がすぐにきますから!!」


「副館長!!レイヴンさん!!」


神経質そうな声を聞いたユーリは人の流れにあらがうように走り寄る。


「おお、ユーリ。っと、アヴィリス様!!」


ぎょっとレイヴンが驚いている隙をぬい、ユーリはさらに加速する。


「すいません。レイヴンさん!!行きます!!」


「……ああっ!?そのロープの向こうに行くんじゃない!!ユーリ!!」


レイヴンの後ろに張られたロープを越え、ユーリは修繕室とプレートの貼られた扉を目指す。


「ええっ!?アヴィリス様!?待って!!」


ユーリの後ろからレイヴンの焦った声が聞こえる。魔導師も付いてきたのだ。

隣で平然と走る魔導師がちらりとユーリを見下ろす。


「で?どうするんだ?」


「一応、ここから先に誰も入れないようにします」


「どうやって?」


問う声に応えず、ユーリは立ち止ると床と壁に等間隔に飾り付けられた絵のついたタイルを1枚外し、ひっくり返して元に戻す。


 -……ゴゴッ


床からタイル張りの壁が立ち上がり、付いてこようと走り寄るレイヴンと呆然とこちらを見ている野次馬の姿を隠す。


「本来は防火用のものなんですけど、魔導に対する耐性があるから、無いよりはましでしょう」


「あの副館長は何故これを使わなかったんだ?」


「使い方、忘れちゃったんじゃないかな?近頃全然使われてないから、あたしも動くとは思わなかったし」


「いい加減だな」


「まぁ、しょっちゅう使われるような状況も困るからいいんですけどね」


呆れたように目を丸くする魔導師にユーリは苦笑する。



 がっしゃーんっ、バキバキバキッ!!



何かが砕ける音と共に修繕室の扉がはじけ飛んだ。

苦笑したユーリの顔がそのまま凍りついた。

修繕室の扉を巨大な木の根が叩き壊して廊下に這い出てきたのだ。

木の根はうねうねと蠢きながら、外を目指してガラス窓にすり寄る。


「ああっ!?ダメ!!外に出ちゃダメーっ!!」


「どけ!!」


魔導師がユーリの前に立ちはだかり、腕に嵌めていた腕輪を木の根に投げつけた。

腕輪は銀色の鎖に変わり、木の根に巻きついて動きを封じる。

その瞬間、パンっと木の根が破裂するように光の粒子に変わった。


「なに?あの木の根?」


「おそらく、魔導で出来たモノなんだろうが、込められた魔力が少ないせいで極端に脆い様だな」


「じゃあ、結構楽勝?」


「な、訳あるか。見ろ」


「げっ!?」


木の根がこちらに向かって押し寄せてきている。


「何でこっちに向かって来てるの!?」


「魔力の多いものに反応しているんだろう。捕まったら魔力を絞りとられるぞ」


「あたしたちは果汁!?ジュース!?木の根の肥料になんかなりたくない~」


「うるさい。大人しくしろ。いくら束になろうと」


頭を抱えてわめくユーリを魔導師は冷然と睨みつけ、ふと、後ろを振り返る。


「……っ!!」


慌てて魔導師は床にナイフを突き立て、ユーリを腕に抱えて伏せた。

二人の後ろの扉からも根っこが襲いかかって来た。

木の根は二人を覆う半透明な球体にぶち当たって止まる。

前後の木の根に挟まれて、みしみしと不気味な音を立てる結界の中で魔導師は息をのむ。


木の根の魔力量が増加している。


「おい、司書。ここに、魔力を持つようなものがあるか?」


「しゅ、修繕中の一級魔導書が、あったと思うよ。2、3冊」


「どこにある?」


言いづらそうに目を逸らしながら、ユーリは震える手で指をさした。


「後ろから襲いかかってきた根が出てきた部屋」


「……」


魔導師は溜息をつくと、どんっ、どんっと後ろから聞こえる音に気付く。

どうやら根っこは壁に阻まれてその先には行けないらしい。

ふと、魔導師は隣で座り込んでいるユーリを見て尋ねた。


「おい、司書。ちなみにあの壁はどうやって元に戻すんだ?」


「あ、壁の向こう側にあたしが動かしたタイルと対になるタイルがあるの。それを外して、あの壁のタイルが1枚だけ欠けてる所に押し込めば元通り」


「それを知っている奴は向こうにいるか?」


ユーリはう~んと考えながら、何かを数えるように指を折り曲げる。


………嫌な予感がひしひしと結界の中で湧き上がる。


(「え~と、リリーズさんも無理~」って何だ?……不安だな、おい)   



全ての指が折れ曲がった途端、青褪めた顔でユーリは魔導師を見上げた。


「あ、あは?」


「あは?じゃない!!どうするんだ!?学院からの魔導師も入れねぇじゃねぇか!!」


言い放つと、ユーリはがっしと魔導師の腕を掴んだ。


「いや、魔導師さん落ち着いて。一応あなた宮廷魔導師だよね!?すごいんだよね!?」


「最終的に他力本願かっ!?」


「『魔導は万人のもの』なんでしょ!?緊急事態でしょ!!助けてくれてもいいじゃん!!」


「図々しいな、お前は!!」


魔導師を掴んだ手を振り払われたユーリは思わずわめく。


「だって、出口は修繕室にあるんだもん。窓は硬化ガラスで魔導耐久構造だから破れないんだよ!!」


「何だ。出れるのか」


「え?そりゃあ、出られるよ?ここにも抜け道くらいあるし」


きょとんとユーリが魔導師を見上げると彼はバツが悪そうに髪をかき、溜息をつく。


「先にそれを言え」


言い捨てると木の根の前に立ち、ナイフに手を添えて構える。


「で?他に魔力の多いものはないだろうな」


「地下に『禁制魔導書』が1冊残ってるけど、さすがにそこまでは……」


ドンっ、ドンっと地響きのような振動が修繕室のほうからやってくる。


まるで何かを突き破ろうとしているかのような音だ。


魔導師と司書は顔を見合わせる。


「あの部屋の下にあるのか?」

「はい」


魔導師は胸ポケットからひとつ丸い木彫りのペンダントを出し、ユーリに向かって放り投げる。


「なに?これ」


「持っていろ。お守り(オミュレット)だ。それで自分の身は自分で守れ」


放り投げられたお守りをユーリは大人しく首から下げた。


「……足手まといにはならないように気をつける」


にこっと勝気に笑ったユーリに魔導師は無意識に口元を緩ませた。


「行くぞ」


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