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迷子の魔導書と王都の魔導師  作者: 藤本 天
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7P王立学院図書館の魔導階

王立学院図書館の魔導書階についたユーリはなじみのある光景にほっと息をつく。


天井から垂れるシャンデリア、壁一面を覆う本棚と、吹き抜けになったホールのあちこちに設置された品のいいソファに机。

本棚が迷路のように配置された一般図書階とも、本棚が木々のように乱立する専門階とも違って、魔導階は壁際の本棚さえ気にしなければ、どこかの高級ホテルのロビーのようだ。


「ユーリ」


魔導階の入口にホテルの受付のようなカウンター内からオリアナともう一人の司書が心配そうにユーリを見た。


「オリアナさん。一緒についてきてもらえません?エイリーを助けますんで」


「おい、俺を『禁制魔導書』階まで連れて行かないのか?」


不機嫌そうに魔導師が言った。

『禁制魔導書』階と聞いてユーリ以外の司書が顔を引きつらせる。


「どうせ『一級魔導書』階と『一級危険魔導書』階を抜けないと『禁制魔導書』階には行けないんです。ついでですよ。ついで」


嘘だ。


本当は『禁制魔導書』階直通の道があるには、ある。


しかし、それをこの魔導師に教えるつもりはない。


心配そうに見つめてくるオリアナに微笑み、ユーリは迷うことなく魔導階のホールを進む。

顔見知りの魔導師や常連の魔導師が声をかけるのに応えていると一人の魔導師がユーリを引き留めた。


「ユーリちゃんや。一昨日探してくれた本はどこかな?」


「ロッジお爺さん」


話しかけてきたのは常連の老魔導師。

隠居した魔導師らしいが、よくここに来るのだ。


すぐに対応してあげたいが、今は案内中だ。


「ごめんなさい。ロッジさん。ユーリは今仕事中で……」

「かまわん」


すまなそうに詫びを入れるオリアナを遮って魔導師がユーリを見下ろす。


「この方の探す魔導書、探して見せろ」


その一言でユーリは気づく。

この魔導師は自分を試そうとしているのだと。


「いいですよ。そのかわり、ちょっとそこどいてください」


美しい色合いの床には所々にさまざまな意匠を凝らせたレリーフが嵌め込まれていた。

魔導師の足元にもひとつレリーフが嵌めこまれていたのだ。


「ロッジさんが探していたのは『星の黎明』でしたね?」


「うん。あの辺りだったと思うんだがのぅ」


明後日の方角を指差すロッジ老魔導師にユーリは苦笑する。


「一昨日はそこにあったかもしれませんが」


ユーリはレリーフに手を触れる。


レリーフは星を喰らう狼、――冬の夜に空を彩る星座――、を象ったそれをユーリはそっと時計回りに回す。


すると、そのレリーフに描かれた狼が目を開いて動き出し、レリーフがパカリと開く。

レリーフが開いて出来た穴からずっしりと本が詰まった大きな本棚が出現した。


「何度見てもびっくりするのぅ、ここの魔導階は」

「すいません。これも盗難防止のためなんです」


ユーリは本棚から『星の黎明』と銘打たれた藍色の本を魔導師に渡す。


「なんのなんの、これを見たくてわざわざここに来る魔導師もおるからのぅ。どうにかしてこの魔導の原理を解き明かそうと躍起になる若いのをおちょくるのは面白いわ」


褒められているのか、けなされているのかいまいちよくわからない評価にユーリとオリアナは苦笑する。


実際その通りで、さっきまでのんびり魔導書を眺めていたり談笑していた魔導師たちが一斉にこちらに注目して、メモをとったり、逆に見逃したことを嘆いたりしていた。


一方、目の前で本棚の出現を見た宮廷魔導師は現れた本棚をなでたり、そこに並ぶ本をしげしげと見つめている。


「やけに魔導の気配がすると思っていたが、このせいか」

「はい。ここに一般公開されている魔導書も高価で希少なものですから、防犯のために魔導でもって本を守っています」


「これは司書しかできないのか?」


「いいえ、レリーフの回し方さえ覚えれば、誰でも出来ます」

でも、とユーリはいったん区切ってとりあえず本棚を元に戻す。

「レリーフの回し方はレリーフによって違いますから、間違った回し方をすると最低三日はその間違った人がそのレリーフを触っても本棚が出てきてくれないんです」


「では、あの壁際に並ぶ本棚はなんだ?」


「偽物の本じゃよ。うっかり引き抜くとえらい目にあうぞ、若造」

そう言ってロッジはにんまりと人の悪い笑みを浮かべた。


「肝に銘じておこう」

老魔導師の言葉に魔導師はそっけなく答える。


「じゃあ、ロッジさん。本はいつも通りカウンターに戻してくださいね?」


近くのソファに腰掛けたロッジは本に目を通したままふらふらとユーリに手を振った。

それを見た後、ユーリは魔導師とオリアナを先導して歩く。

そして、えらい目にあうとロッジが忠告した壁際の本棚に近づくと、魔導階の本棚をじっくりと見まわし、魔導階に1つきりある時計を見つめ、ユーリは窓際の本棚の前で立ち止まる。


「おい、壁際の本棚の本は偽物じゃないのか?」


魔導師の不機嫌そうな声を背中で聞きながら、ユーリは目当ての本を探す。


「まさか、全部本物の魔導書ですよ。ただ、読むためのものじゃないだけです」


「……どういうことか、はっきり言え」


「ここの魔導書達は転移の魔法陣を書き込まれた魔導書だというだけです」


「つまり、この本棚の中に『禁制魔導書』階に行くことのできる本があると?」


「そんなのないです」


きっぱりと言い切ったユーリの背中で魔導師は不機嫌そうに顔をしかめた。

返事がおろそかになり始めたユーリに代わり、オリアナが代弁する。


「この本棚の本はこの王立学院図書館の隠し部屋につながる本なんです」


「すべてが、か?」


「いえ、半分くらいは図書館外につながる本だと思いますが……」


「確かめたことはないと?」


「はい」

さすがに魔導師も驚いたように目を丸くする。


「あ、あった。ふたりとも、こっち来て」


ユーリは薄黄色の表紙の本を手に取り、オリアナと魔導師を手招きする。


「何故、隠し部屋に繋がる魔導書を使って『一級魔導書』階に行く?」


「誓書書いてもらって、正式に『一級魔導書』階に行く事は出来ないでしょ?『一級魔導書』を借りに行くわけじゃないんだから」


ユーリは軽く溜息をつき、近づいてきた二人の前に一冊の本を掲げる。


「とりあえず、『一級魔導書』階に行くから」


ほいっ、と軽い掛け声とともにユーリは本を開けた。

本を覗き込んだ魔導師とオリアナが消えたのを確認すると、ユーリも本の中に飛び込んだ。




「ちょ、あれどーなってんの!?どーなってんの!?」


「うおっ、見逃した!!」


「おい、どの本だ!?『一級魔導書』階につながる本は!!」


年若い魔導師たちが闇雲に壁際の本を手に取るのを、酸いも辛いも嚙み分けた熟年魔導師たちが観察していた。


「若いのぅ」


ロッジは消えていく魔導師を見ながらにやにやと笑う。


「全員が学院外に飛ばされた、に千ソール」

「隠し部屋に閉じ込められた、に二千ソール」


常連の魔導師が飛ばされた魔導師の行方を賭けに使い始めるのはもはや日常の光景。

ちなみにロッジは


「全員が図書館の門の前で倒れている、に三千ソールじゃ」


賭けに参加した魔導師たちが目を丸くする中、外から悲鳴が聞こえた。





その部屋は、ただひたすらに暗かった。

指先が見えなくなるほどの深い闇。

角灯の光さえ気を抜くと闇に飲み込まれるような錯覚を生む。

わずかに漂う黴臭さと埃っぽい空気に鼻を刺激され、思わずくしゃみを連発したユーリは、ふとすすり泣くような声に気付いた。


「っと。あ、やっぱりここにいたんだ。エイリーさん」


小鳥の雛のような髪の女性が小さな小部屋の中で膝を抱えて泣いていた。

暗く、ほこりっぽい部屋の中、ユーリが持っている光に誘われるように女性は顔を上げる。

老若男女を虜にする愛らしい顔立ちを誇り、化粧に1時間はかけると豪語していた彼女の自信あふれる表情は涙でぐしゃぐしゃに歪んでいた。


「さ、迎えに来たよ。帰ろう」


手を差し伸べるといつもの傲慢さの欠片もなくユーリの手に捕まるようにエイリーは立ち上がる。





『一級魔導書』階は小さなカウンターバーが付いた、どこかの貴族のダンスホールかミニオペラの劇場のような広々として豪奢な部屋だった。


その奥の、赤々と炎を熾す年代物の暖炉の前に魔導師とオリアナがいた。


魔導師は相変わらずの仏頂面で、オリアナは心配そうに手を組んでソファに座っている。

オリアナの視界の端では司書に案内された魔導師が『一級魔導書』階の床のレリーフに司書から渡された鍵をさし込んだ。

カチッと軽い音とともにレリーフから大きな鷲が現れ、くるりとその場で回ると、鷲は本が詰まった本棚に変わった。

嬉しそうな顔で魔導書を手に取る魔導師と、目の前で仏頂面のまま睨んでくる魔導師を見比べて、オリアナは溜息をついた。


(息苦しい)


そう思った、その時、暖炉の両端に作りつけられた獅子像の一方がいきなりあんぐりと口を開けた。


「よっと。さ、ついたよ。エイリーさん」


獅子像の口の中からひょいっと出てきたユーリにオリアナは呆れた顔で出迎えた。


「ほんとに、あんたはこの図書館の抜け道やら隠し部屋に詳しいわね」


「ギズーノンさんほどじゃないけどね。さ、魔導師さん。扉は開けたから、次は『一級危険魔導書』階に行きますよ」


獅子像の口の中から手を差し伸べるユーリに藍色の髪の魔導師は無言でついて行く。


2人が獅子像の中に消えた後、オリアナは厳しい目でぐすぐす泣きべそをかくエイリーを見下ろす。

出来るなら、この場できつく説教をしてやりたいところだが、他の利用者の迷惑になるだろう。


「行くわよ。おうちに帰りたかったら泣き止みなさい」


せいぜい冷たく叱りつけ、オリアナはユーリが消えていった獅子像を見つめる。


(ユーリ。絶対に辞めさせたりなんかさせないからね!!)


キーリスや仲間の司書たちが迅速に動いてくれたから、今頃エリアーゼ館長に今回のことは知れ渡っているだろう。

あの副館長の好き勝手はもう許さない。

決意と共にいまだに泣き続けるエイリーを引っ立てて、オリアナは魔導階に戻る。


「はいっと。到着!!」


『一級危険魔導書』階を通り抜け、ユーリと魔導師は広い廊下の踊り場についた。

上階に続く階段を上って、ユーリは魔導師より先に『禁制魔導書』のある部屋の前に立つ。


「何をしている?」


後ろから声をかけられたユーリは扉に耳を張り付けた態勢でぎくりと肩をすくめた。


「あ、安全確認を……」


ははは、と乾いた笑みをユーリは浮かべる。


(言えない。魔導書達がおしゃべりとか猥談とか放送禁止用語使ってないか確認してたなんて!!)


「さぁ、王都から来た魔導師さん!!ここが王立学院図書館秘蔵の『禁制魔導書』がある、通称『禁制魔導書』階です!!」


ユーリは気まずさを誤魔化す為に、また部屋の中にいる『禁制魔導書』達に届くように声を張り上げた。

扉の向こうで一瞬、ゴトンッと響いた音を誤魔化す為、ユーリは扉をノックする。


「は、入りま~す」




『禁制魔導書』階に入った魔導師は絶句した。

どこかの王侯貴族の書斎のような豪奢な作りの部屋には整然と魔導書が並ぶ本棚が配置されていた。

部屋の規模も美しさも奇抜さも、いままで見てきた魔導階、『一級魔導書』階、『一級危険魔導書』階に劣るシンプルな部屋だ。

しかし、この部屋にはいままで見てきた部屋にはないものが濃縮し、溢れんばかりに湧き上がっていた。

魔導師を圧倒したのは古い知識とそれを内包する古い魔力。

それが部屋の至る所にある魔導書から放出されたいる。


「ここが、『禁制魔導書』階」


目を見開いて呟いた魔導師を、魔導書達が嬉しそうに見下ろしている気がする。

ツンっと澄ましたように黙り込む魔導書達を見ながら、ユーリはうなずく。


「はい。王立学院図書館最高の魔導書蔵書室です」



さて、ユーリさん。無事に魔導師を『禁制魔導書』階に連れて行きました~。

図書館は広大ですので、説明多くてすいません。


ついでに言うと、一ソール=一円です。

一万ソールで金製の硬貨一枚、千ソールで銀製の硬貨一枚、百ソールで銅製の硬貨一枚。

百ソール以下は錫や鉄を混ぜた合金の硬貨。


さて、舞台と役者がそろえば当然、アレが起こります。

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