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迷子の魔導書と王都の魔導師  作者: 藤本 天
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6P 王都から来た魔導師

さて、さてお待たせしました~。

魔導師登場です。

ユーリは憂鬱な気分で溜息をつく。


昨日の夜、うっかり口を滑らせて王都から魔導書を探して魔導師が来ることを魔導書たちに教えてしまったためである。


魔導書たちは何故か興味深々で、魔導師が探している魔導書についてだけではなく、魔導師の研究している魔導や容姿、性格、趣味や好みまで勝手に憶測したり、噂話を膨らませてぎゃいのぎゃいのとお祭り騒ぎ。

最後はユーリにどうにかして『禁制魔導書』階まで魔導師を連れて来いと言い出す始末で、なだめるのに苦労した。


(それ以上に、あそこの掃除に苦労したよ。ちくしょう)


ユーリへのほこり攻撃のために、魔導書達が本をゆすって本棚から吐き出されたほこりを掃除したのはもちろんユーリ。


(魔導書ってもっとおじいちゃんっぽくて、賢者っぽいのをイメージしてたんだけどなぁ)


王立学院図書館の魔導書がおかしいのか、魔導書たちはミーハーでゴシップ好き。

魔導師たちをボロカスにこき下ろすわ、貸し出しされたくない魔導師ランキングを勝手に作ったり、司書たちの仕事ぶりや交友関係にまで興味深々で、某司書がとある学部の教授と不倫中だの話しまくる。


(うわ、やめてよ。思い出さないようにしてたのに~。いまロナウド先生の授業なのにぃ)


二股をかけられている教師からユーリはなるべく目をそらす。


魔導書達が嘘をついているとは思わないが、あいつらは話を大きく表現することがある。

まともに取り合って馬鹿を見たことが何度もあるけれど、無駄に年だけは食っている魔導書だ。

その観察眼を馬鹿にするほどユーリは人間が出来ていない。



ノートをコツコツとペン先で叩きながら、昨日の魔導書達を思い出す。

魔導書達は呆れるほどにいつもと同じだった。

魔導書達はあれでも意外と気位が高い。自分たちの領域テリトリーである図書館を荒らされることを何より嫌う。

だから、彼らは魔導的な変化に敏感だ。

『一級危険魔導書』が『禁制魔導書』階に上がるほどの魔力を持ち始めるとあそこの魔導書達がいち早く反応する。

だから、もし王都の魔導書が図書館内にあるなら、あそこの魔導書達が気づいているんじゃないかと行ってみたのだが、まさかの空振りでユーリは少し落胆している。


(って、ことは少なくとも王都から来た魔導書っていうのはあそこの魔導書達が歯牙にもかけないような下級の魔導書ってことだよね?)


しかし、それならば何故わざわざ王都の魔導師が探しに来るのか。

それ以前に、王都の魔導師が探しに来た魔導書が本当に王立学院図書館にあるのか?


(嫌な予感がするんだけど……)


その嫌な予感はユーリが思うより早くやってきた。




『セフィールド学術院普通科ユーリ・トレス・マルグリットさん。ユーリ・トレス・マルグリットさん。至急王立学院図書館まで来てください』


授業中にもかかわらず鳴り響いた放送アナウンスがユーリを呼んだ。

何事だとクラスメイトと教師が注目する視線を浴びたユーリはノートに突っ伏したまま、考え込んだ。


(このまま、保健室に直行するか、お家に帰るか、どっちがいいんだろう?)


しかし、お家は呼び出されている図書館内にあるし、大家には留守中のことを頼まれている。

それに何より、王都からここに来ているだろう魔導師に興味深々だった魔導書達のことがやっぱり気にかかる。

肺がしぼむほど溜息をつくと、重い足を引きずってユーリは立ちあがった。




呼ばれて行った図書館の前でオリアナとキーリスが苦い顔をしてユーリを出迎えた。


「どうしたんですか?」

「ごめんなさい、ユーリ。あたしたちじゃ、止められなかったの」


キーリスの苦々しげな顔を見て、嫌な予感がずっしりと肩にのしかかった。


「実はね」


オリアナとキーリスの話を要約するとこうだ。

王立学院図書館にやってきた王都の魔導師を司書たちはそれはそれは歓待した。特に女性司書が。

魔導師は最初は何も言わずに歓待してきた副館長や司書たちと和やかに話をしていたらしい。

そして、本の検索と図書館の案内を頼んだ。

一般図書階でべったべたにくっついて来た女性司書たちと副館長に。


「それって、ミリアリア?セイラ?エイリー?」

「その3人全員よ」


沈痛な表情を浮かべるオリアナとキーリスを見たユーリは一応抗ってみた。


「帰っていい?……あ、なんか、お腹が痛い気がする!!」


背中をそっと撫でてくれるオリアナを見上げると、彼女は言い辛そうに目を逸らせた。


「ユーリ。帰してあげたいわ。帰してあげたいんだけどね?」


オリアナがぐったりと口を閉じた後をキーリスが引き継いだ。



「エイリーが魔導階の部屋に閉じ込められて出てこれないのよ」


キーリスの一言に、ユーリは凍りつく。


「『一級魔導書』階に入るときには誓書を書いてもらって、それと引き換えに鍵を引き出さないといけないって司書見習いの時、一番最初に教わることだよね!?なんで司書見習い以下の失敗するの!?」


「知らないわよ。やめて、憂鬱になるから」


「あのね、エイリーが閉じ込められたのはしようがないわ、あの子の不注意よ。でもね?」


ぐったり項垂れたキーリスとユーリの前でオリアナはまなじりをキッと上げた。


「閉じ込められたエイリーを助けるのが副館長じゃなくて何でユーリなのよ!!」


追い打ちをかけられたユーリはぐったりと溜息をついた。


「もう、聞きたくない。どうせあの3人は本を探せなかったんだろうし、副館長に案内された魔導師は副館長と迷子になって、それをオリアナとキーリスが助けたんでしょ?」


「そーよ」


否定のないその言葉に、ユーリは今すぐ逃げたくなった。




副館長室に入ったユーリを黒縁眼鏡をかけた小太りで神経質そうな中年男性に出迎えられた。

派手なクラバットを小粋に結んだスーツ姿の男性は真っ蒼な顔に冷や汗をかきながら、ユーリを無理やり応接間の一人掛け用のソファの前に立たせた。

乱暴なその行動に文句を言おうとしたユーリを遮って、副館長がやけにひきつった声を張り上げた。


「このユーリ・トレス・マルグリットは私、レイヴンが推薦するこの王立学院図書館で最も有能な司書です!!」


(誰が一回でもあたしの仕事を認めたっていうのよ!!)


ユーリを常々目の敵にして会うたび嫌みを言う副館長の腕を無理やり振り払って睨みつける。


「ユーリ!!挨拶をしないか!!」


自分の行動を棚に上げて怒鳴りつけてくる副館長から目を離し、目の前にいる男を見て目を丸くした。

一人掛け用のソファで優雅に足を組んで座っている男はとても美しかった。

きっと、この人が王都から来た魔導師なのだろう。


(これは、あの三人が見逃すはずないわ)


明ける前の夜空のような濃い藍色の髪を短く整え、肌は上質の大理石のように白く滑らか、高い鼻梁にすっきりとした顔のラインは、彼の無表情と相まってどこか氷のような冷たさを含んでいる。

最高級の琥珀のような瞳は意志の強さを示すように鋭いラインを描き、彼の美貌をいっそう際立たせていた。

彼は高い襟で首元を隠す上質の上衣を纏い、均整のとれた体つきに長い手足を優雅に操るその姿はどこかの国の王族といっても遜色しないほどの気品がある。


(その上、宮廷魔導師かぁ)


彼の襟の徽章を見たユーリはうんざりと目を逸らせる。


六芒星に聖杯と剣をもった竜が描かれている銀の徽章は宮廷魔導師の証。


どうりでさっきから、副館長の顔色が悪いわけだ。

王に仕える宮廷魔導師の機嫌を損ねたとなれば、彼の立場はいっそう悪くなるだろう。

副館長は青褪めた顔で冷や汗をかきながら、この図書館の迷宮っぷりと迷子になってしまったことの言い訳とユーリの有能さがさも自分の手柄であるようにえんえんと繰り返している。


(あ、さっきと同じことこれで三回も言った)


ユーリはいい加減聞き飽きた副館長の言葉をどうやって切り上げさせるか考えていると、それより早く魔導師が溜息をついた。


「帰らせてもらう」


薄い形のいい唇が心地よいヴァリトンを吐き出す。


「は?いいえ、しかしっ!!このユーリは実に有能な」


「黙れ。副館長である貴様がその体たらくでは有能も高が知れている。有能な司書を連れてくると言いながら、連れてきたのはまだ学生の小娘」


鼻で笑われたユーリはムカッと魔導師をにらみつける。

副館長が隣で「いや、しかし、」「ですが」と言い訳じみたものを口にしているが、魔導師を引き留めることはできないようだ。


「副館長がこのレベルでは魔導書も本当に保管されているのか怪しいな。さっさと王立魔導図書館に魔導書を全て返還しておけ」


それは、つまり。

副館長の顔が白に染まる。

ユーリは立ち上がった魔導師をただ見つめる。

彼の氷のように怜悧な美貌には落胆も怒りも何の表情も浮かんでいない。

一介の宮廷魔導師にチューリにある王立学院図書館をどうにかできる力があるとは思えないが、王都からわざわざ来た宮廷魔導師を怒らせたと言いふらされるとここの印象が悪くなるのは当然だろう。

利用者がいなくなれば、保管に費用がかかる魔導書の保持が難しくなることくらい、ユーリにも分かっていた。


脳裏にはやいのやいのと騒ぎながら噂話に花を咲かせる魔導書達の声が響く。


退屈だったのだと彼らは言っていた。


しかし、それは。



「待って」


気づけば、ユーリは魔導師の上衣を掴んでいた。

ユーリを不快気に見下ろす目を見つめて、ユーリは言う。


「待って下さい。あたしは、いえ、わたしはあなたが望むなら『禁制魔導書』階まで連れて行きます」

「なっ!?ユーリっ!!」


焦る副館長を尻目に魔導師は面白そうに口を歪める。


「ほう。『禁制魔導書』?」

「魔導師と名のつく人ならば王立学院図書館の『禁制魔導書』は知っているでしょう?」


一部の限られた魔導師のみが読むことを許される希少な魔導書。

魔導師を目指す者たちの憧れ。

それは、初対面の初めてここに来た魔導師に閲覧が許されるものではない。

もし、エリアーゼにこのことがバレれば、ユーリもタダでは済まない。

けれど、いまここでこの宮廷魔導師を黙って返すわけにもいかない。


「もし、『禁制魔導書』階に行けなければ、どうする?」


試すような口調にユーリはゆっくりと頭を下げる。

獲物がかかったことを喜ぶ猟師の顔を隠すために。


「このわたし、ユーリ・トレス・マルグリットの身と魂をあなたの魔導の礎にどうぞお使いください」


それは魔導師があこがれる禁断の人体実験を容認する言葉。

王都から来た魔導師はさも面白そうに声を上げて笑う。


「お前は魔導師が何を求めるのかよくわかっているようだな?」


嘲笑う魔導師にユーリはいっそ明るく微笑んで見せた。


「あなたたちが本当に求めるのは『世界の真理』それだけでしょう?」


笑顔を消した魔導師はきつくユーリを睨みつけた。


「だから、わたしはわたしの世界を賭けてあなたをこの王立学院図書館の世界に連れて行きましょう」


「面白い。その世界とやら見せてみろ」


握り合った手はとても冷たかった。



この後、ユーリは自分の行動に深く、それはもう、深く後悔することになる。



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