3P 王立学院図書館の司書のお仕事
王立学院図書館には七不思議どころか、利用者たちから寄せ集めれば一冊の本が出来上がるほどの不可思議かつ奇っ怪な噂がある。
曰く
・ 誰もいないはずの廊下から泣き声やうめき声がする。
・ 一人で図書を探していると奇妙な話し声が聞こえる。
・ 学習室で居眠りしていると双頭の鷲に狙われる。
・ 夕暮れ時に二階の階段の踊り場の大鏡に髪の長い女が写る。
・ 誰も知らない秘密の部屋がある。
…………などなど。
王立学院図書館が不思議の温床となるのには理由がある。
「一般図書階で迷子!! 名前はナナリー・リースちゃん。五歳の女の子、今日の服装はピンクのワンピース。セーナ、ちょっと探しに行ってきて」
「二階一般図書階で初等科のイーディア先生が迷子らしい。シーズ、今そのあたりにいるだろう?探して助けだしてこい」
「うえええっ、ママー、パパー」
「はいはい。泣かないで~。いまお父さんとお母さん、探してあげるからね~」
一般図書階の一階、中央カウンター内では今日も司書たちが迷子の捜索業務に勤しんでいる。
この王立学院図書館は国一番の蔵書量、敷地面積、書架量を誇る。
そのため、普通の図書、つまり一般的な図鑑や小説、絵本やちょっとした専門書だけでも一般階として塔の三分の一、ビル四階分の高さと、野球場四個分くらいの広さを有している。
その上、王立学院図書館の要といえる各学術分野における専門書は一般図書の蔵書量の約二倍。
もちろん専門書を一般図書と一緒に置いておくと混沌とするため、専門書は専門書のみで集められて専門階とされ、魔導書は魔導書で魔導階と分けられている。
それでも森の木々のような本棚のせいで『本を探しているうちに迷子』が多発する。
迷子を探し出し、救うのもまた司書の役目でもあり、ユーリもよくやる仕事だ。
館長の呼び出しから戻ったユーリは自分の机を開け、図書館支給の懐中時計とネームプレートを身につけた。
懐中時計は魔導で声や情報の伝達をする優れ物で、司書は必ず身につけなければならない。ネームプレートは司書の証であると同時にどこにいま司書がいるか把握するためのものでもある。
懐中時計を開け、ねじを回し、音声を認証させる。
「ユーリです。業務に移ります。今日の担当図書階は専門階、魔導階です」
『ユーリ!ちょうどよかった~。ガルカール書の『魔導植物全書』取って来てくれる?』
ユーリが懐中時計を動かすと同時にユーリの先輩司書オリアナの声が届いた。
「はーい」
中央カウンターから出ると、パタパタと魔導で動く鳥が一枚の紙切れを広げながら飛んで行くのが見えた。
『 迷子のお知らせ。 ナナリー・リースちゃんのお父さん、お母さん。至急中央カウンターまで』
それが一般図書階の書架の森に消えるのを見送り、ユーリは一般図書階を出て、大ホールにある大階段を上る。
大階段の先には専門階、魔導階と書かれた扉がある。
移動用の魔導が仕込まれた扉で、行きたい階層の扉をくぐるとその入り口に辿り着くのだ。
ユーリはその中の専門階の扉をくぐる。
一瞬の浮遊感とともにユーリは専門階と銘打たれた回転ドアの下に着く。
回転ドアをくぐって専門階に入り、懐中時計のガラス面に触れる。
静かに時間を刻んでいた秒針と分針は消え、白い面に文字が浮かび上がる。
[ガルカール著『魔導植物全書』 専門階・二階]
「あ、やっぱり専門階の二階かぁ~」
ユーリは回転ドアのすぐ近くの階段を上り、塔の壁面をぐるりと覆う本棚と壁面に沿うように作られた廊下に立つ。
図書館の専門階のつくりは一階一階きちんと分かれていた一般階とは違い、専門階は塔の構造をそのまま利用して専門階の一階目から四階目まで吹き抜けになっており、一階から四階目を突き抜けて本棚が林のように乱立し、その間につり橋のように廊下が渡されている。
もちろん、渡り廊下のどれが目的の本棚までたどり着ける廊下なのかわからないとたどり着けないし、何より高所恐怖症の人には悪夢のような廊下だ。
「えっと、ガルカール著の『魔導植物全書』は二階の8番書架のW7っと」
ユーリは中央の書架から時計回りに8番目の本棚につながる廊下を正確に選んで突き進み、西から7番目の棚にある『魔導植物全書』を抜き取った。
「あ、へぇ、この本読んだ人、このあたりの本も読んでるんだ」
ユーリは本の一番最後の裏表紙に取りつけられた『お勧めカード』を見、いくつかピックアップして本を抱えると、乱立する本棚の中央を目指して渡り廊下を進む。
本棚の中央はドーナッツのようにぽっかりと空いている。
その一番下、ユーリから見れば階段1階分下にドーナッツの形をした机とその中でいそいそと働く司書たちがいた。
「オリアナさん、こんにちは」
「こんにちは、ユーリ」
明るい茶髪の女性はちょっと眼鏡を押し上げてユーリに手を振る。
「ガルカール書の『魔導植物全書』はこれ、あと、これはできればお勧めしておいてください」
「うん。ありがとう」
ユーリはオリアナに本を渡す。
「ユーリ!!来て早々悪いんだけど6番書架のあたりでルルジア教授が迷子になってるみたい。本の検索と救助よろしく!!」
髪をお団子に纏めたキーリス司書にせっつかれてユーリはぎょっと目を見張る。
オリアナもそうだがキーリス司書の前にも貸し出しと返却、本の検索を待つ利用者が列を作っている。
「なんで、今日こんなに」
「何人かの司書が図書の修繕に回ったもんだから、専門階と魔導階の図書の検索と貸し出し返却業務を一時的にこっちの専門階で引き受けることにしたの。っ、ごめんユーリ」
りりりと鈴のような音を立てた、日本で言うレトロな黒電話をオリアナは手に取ると「はい、図書の検索ですか?はい。ルギュータス書の『ギルバトーレの書』ですね。はい、はい。取り置きさせております」
ユーリは忙しそうなオリアナから離れ、6番書架に向かった。
「うっ、うっ、うっ」
色白で細く、眼鏡をかけた壮年の男は泣きながらユーリに手を引かれて歩いている。
「あの、泣かないでください。誰でも、初めはそうですから」
泣いているのは迷子探索に引っかかったルルジア教授。
ルルジア教授はチューリのにある学校の教授ではなく、他の街からわざわざ本を探しに来たらしい。
だが、司書の案内を受けずに単独で本を探すうちにどこから来たのかわからなくなり、専門階の渡り廊下をさまよううちにうっかり可動式の渡り廊下に乗ってしまい、廊下が小さな扉の前に止まった瞬間、あわててその部屋に入り込み、ほっとしたのもつかの間、渡り廊下はまた動き出したせいで部屋から出るに出られなくなり、パニックを起こして泣いていたところをユーリが発見、救出したのだ。
「この図書館、盗難防止も含めて隠し部屋のようなものが結構あるんです。ただでさえ恐ろしく広いですから、ほら、大体の人はああして司書に本を探してもらったり、書架に案内してもらったりして本を読むんです」
ユーリの指差した先には専門階のカウンターの前のソファでに座っていた男性に司書がメモを読み上げながら本を渡す姿、司書に書架に案内されている女性、机といすが整然とそろった部屋の扉を開けて利用者を通す司書、読書用のソファに本を持って来てもらっている利用者がいる。
広大な図書館を利用者にきちんと利用してもらうため、王立学院図書館には司書が多数在籍しているのだが、仕事熱心できちんとした司書もいれば、ロランやギズーノンが激怒するようなダメダメ司書もいる。
きっと教授が当たってしまったのはダメダメ司書のほうだったのだろう。図書利用のためのカードは持っていながら、案内もなしに専門階をさまよっていたのだ、きちんと図書館の説明がされていなかったのだろう。
ユーリは放心状態の教授を連れて休憩室に向かうことにする。
とにかく、落ち着いてもらわないと探さなければいけない本もわからない。
専門階の三階には大きなガラスをはめ込んだ明るい休憩室が作られている。
軽い焼き菓子とお茶を楽しむ利用者を見てようやく教授も落ち着いたらしい。
ユーリはそこの窓際の席に教授を座らせる。
「初めてのご利用ということでしたね。こちらの説明不足で怖い思いをさせて申し訳ありません。ルルジア教授がお探しの本は、私ユーリ・トレス・マルグリットが責任を持って探しますので、どうぞしばらくここでおくつろぎください」