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迷子の魔導書と王都の魔導師  作者: 藤本 天
25/29

24P赤に染まる

こんな屈辱は初めてだ。

ルキアルレスは唇を噛み締めてうめく。

アイギスがアヴィリスの研究室から魔導書を盗み出したのを見つけたのは、偶然だった。

そして、それを見て話しかけたのは気まぐれだった。

アイギスは魔導書を奪い、アヴィリスをおびき寄せて懲らしめる事が目的だったらしい。


(『身分もない、ただどこぞの魔導師に育てられただけの『堕落した蛇』がネルーロウ様の弟子である事だけでも忌々しいのに、宮廷魔導師になど成り上りやがった!!』)


その怒りには自分も素直に共感できた。

神聖で高貴なものである魔導は貴族のみが理解していればいい。

その崇高なる魔導を戦場で行使して魔導を穢しただけでなく、魔導師が憧れる宮廷魔導師の座を辱めるなど言語道断、許せるものではなかった。


アヴィリスが大事にしている魔導書は、あいつにもったいないほどすばらしいものだった。

しかし、この魔導書をただ手にしていてはすぐにアヴィリスに気づかれる。

だから、魔導書をバラバラにし、修復できないほど魔力が弱まったところで改めて回収し直し、自分達所有の魔導書に作り替えることにした。

けれど、魔導書をバラバラにするのに、王都の研究室を使うとすぐに足がつく。

そこで目をつけたのは、王立学院図書館。

難しい魔導書の修復を請け負うことの多いあの図書館ならば、魔導書をバラバラにすることもできるだろうし、魔導書を隠す事もお手の物だろう。

王立学院図書館の司書である没落貴族の娘と懇意になり、その伝手で副館長を抱き込んで今回の件を実行した。

変幻魔導が得意なアイギスを密偵として使いながら、王立学院図書館の仕組みを調べ、アヴィリスの様子も監視させ、準備は万全であったはずだ。

それなのに。


(何故、こんな事態になっている!!)


ルキアルレスは死んだように眠る副館長を蹴飛ばし、後ろで縮こまる没落貴族の娘を睨みつけた。


王立学院図書館にはアヴィリスを倒すために便利な仕掛けが山のようにあった。

魔導書のページを探させて、どこぞに迷い込ませて殺しても、誰も不審には思わないし、何より王立学院図書館では魔導が使えない。

だから、ルキアルレス達は魔導書のページを探すアヴィリスを待ち伏せして殺さばいいだけだった。

しかし、それを覆したのは、一人の司書の存在。


「あの小娘が!!」

古い木の皮のような色の髪の、セフィールド学術院の生徒であるらしい小さな娘が全てを滅茶苦茶にした。

魔導書のページをアヴィリスに代わって探し、自分達のチャンスを全て無駄にした。

魔導も使えない、ただこの図書館で働いているだけの小娘にコケにされて、腹が立たないわけがない。


「ルキアルレス様」

踵を返したルキアルレスの背中にか細い声がかかる。

「あの、これからどうなさるのですか?」


どうするのか、だと?

ルキアルレスは怒りに染まった目でエイリーを睨む。

そもそも、自分がここにいるのはこの二人が役に立たなかったせいだ。

炎の中に消えたアヴィリスとアイギスを追うためにルキアルレスも炎の中に飛び込む寸前で、炎の中から梟が飛び立ち、暖炉の上のランプに戻ってしまった。

小娘と一緒にまんまと自分から逃げおおせたアヴィリスを追うために、ルキアルレスもエイリーに炎を出現させようとした。

だが、この娘はあろうことか炎を出現させる事が出来なかったのだ。

それならば、と副館長を使おうとしたが、奴はがくがく震えて『知らない、知らない。私は悪くない』とわけのわからない事を呟くだけで全く使えなかった。


この場にギズーノン司書のように優秀な司書がいれば、この状況に呆れていただろうが、幸いなことに彼らはいない。


「ふん。この図書館の中に隠れているのならば、誘き出せばいいだけだ。アヴィリスは魔導を使えないが、こちらは魔導が使えるようになったのだからな」


副館長から奪った、王立学院図書館副館長を示す徽章をルキアルレスは見下ろす。

アイギスが持っていた、魔導使用許可証に記されていた印と同じ形をしていたので、もしやと思い、身につけて魔導を使ってみた。

簡単な眠りを誘う魔導だったが、それを受けた副館長はいまぐっすりと眠っている。

ルキアルレスは悠然と足を操り、魔導階を後にする。

向かった先は、一般図書階の資料階。

アイギスとエイリーが迷子になった本の迷宮。

その乱立し、森のような本棚とそこに納められた本を見つめて、ルキアルレスは嗤った。


「さあ、来るがいい。アヴィリス。格の違いを教えてやる」


ルキアルレスの手に赤黒い炎が燃え上がった。




「火事、だと?」

ユーリの泣きそうな顔を見たアヴィリスはすっと目を眇めた。


「ルキアルレスが、火をつけたか」

下種が、とアヴィリスは吐き捨てる。


「悪いけど、アイギス魔導師に構ってらんない。あたしは一般図書階に行かないと!!」

「俺も行く。魔導の使用許可をあいつまで得ていたらいろいろ面倒だ」

「あの人、強いの?」

「一応宮廷魔導師だからな。実力はある」


実力以上に無駄に矜持(プライド)が高く、選民意識が強く、自分の事を優良なる人種だと信じて疑わない貴族らしい思考が奴の研究を妨げているところもあるが、おおむね優秀だ。

苦笑したアヴィリスを見上げたユーリはぐっと手を握りしめる。


「それでも、あたしは行かないと!! 一般図書階の本だって魔導階や専門階に劣らないくらい大事なんだよ!!」

ルキアルレスがどれほど強いのか、知らない。

魔導が使えれば、ただの学生のユーリに勝ち目はないだろう。

しかし、ここの図書館の図書をいま守れるのはユーリしかいない。


「危ないぞ?」

「そっちも危ないよ!!」

ちらっとこちらを見たアヴィリスの正面から、アイギスがナイフを振りかざして迫ってくる。


 ――……ガキィンッ!!


「ナイフが品切れか?」

風を纏って打ち込んできたアイギスをアヴィリスがナイフと護符で応戦する。

「うるさい!!」

図星をさされたのか、アイギスはがむしゃらに打ち込んでくる。

アイギスのナイフを避け、バランスを崩した彼の足を払って距離を置いたアヴィリスがユーリを見た。

ユーリは炎を逃がした時と同じように鳥籠の網を登っていた。

「ユーリ!!」

何かし始めたユーリに向かってアイギスが襲いかかろうと風を纏う。

「っ!!」

それに気付いたアヴィリスは指先を切り、力を失い、ただの紙切れに戻った護符に新たに魔導陣を描く。


「『其は始まりにして終わりを司り、古より始まりし万物に終焉を約束する。さすれば、其の理の下、我が名と力において、この災いに永遠(とわ)の終焉を(もたら)さん!!』」


唱えたのは中級の防護魔導。普段ではしない詠唱と中級魔導ではあり得ないほど膨大な魔力を吹き込んでアイギスに投げる。

とっさに作った魔導は何の因果か『始まりの叡智』に記された魔導だった。

アヴィリスは無意識だったが、おそらく、魔導師としての直感がこの魔導を使わせたのだろう。

斯くして、アヴィリスの直感は魔導という奇跡を呼ぶ。


「なっ!?」

ユーリに向かって飛翔していたアイギスの体を纏う風が、護符力で搔き消える。


「がっ!はっ!!」

浮力を失ったアイギスは、重力に従って地面に叩きつけられた。


「アヴィリスさん!!避けて!!」

ユーリが小さな毛糸玉を握りしめているのを見たアヴィリスは慌てて隅に身を寄せる。

『魔封じの棘』はアイギスの側で一度跳ね、パカリと開いた。

拘束されたアイギスをアヴィリスは見下ろす。


「無様だな。あれほど俺を殺すチャンスがあったのに、お前の計画の結果がこれか」

「くそっ!!」

憎悪の籠った瞳をアヴィリスは静かに見つめ返す。


「何故、正々堂々と俺に勝負を仕掛けなかった? あんな小さな娘まで巻き込んでこんな騒ぎを引き起こす事がお前の狙いだったのか?」

「うるさい!!」


叫んだアイギスの喉元に棘が絡まる。

それをアヴィリスがただ見下ろした。


「お前が作った魔導はここまでのものだったのか?アイギス・フュイン=ネルーロウ・ファーティウス」


アヴィリスがぽつりと零した声は彼は無意識だろうがとても寂しげだった。


「アヴィリスさん!!早く!!」

声に気付いて見上げると、ユーリは鳥籠の外で網にしがみついている。


「そこでしばらく大人しくしていろ。気が向いたら、助けに来てやる」

言い捨てて、アヴィリスはユーリより簡単に網を登り、彼女が開けたらしい穴から金網の外に出る。


「早いね」

金網を背中に立つユーリの隣に立ったアヴィリスに彼女は感心したように言う。


「元『軍属』だからな」

「じゃあ、ついて来て」


ユーリは慣れた様子で一番近くにあった鳥籠に飛び移り、また違う鳥籠に飛び移る。

彼女は身軽に闇に浮く鳥籠の間を行き来する。

アヴィリスは思わず、自分の乗っている籠の下を覗き見る。

底の見えない闇に一瞬足が震えた。

落ちればおそらく命は無いだろう。

しかし、自分より年下の少女が遠くから自分を呼んでいる。


「根性据わっているな。っと!!」


臆した事を誤魔化すようにアヴィリスはユーリの後を追う。




本棚が深紅に染まっている。

轟轟と深紅の炎が絨毯を舐め、黒い煙を吐き出す。

ぱちぱちと木が燃える音と共に、ゴトンと黒く燃えた木の欠片が落ちた。

真昼のように照らされた部屋で、炎にあぶられた本棚の黒い影が不気味な化け物のように揺らぐ。


(なんて事を!!)

資料階の天井から本棚の上に降り立ったユーリは絶句した。

本棚の迷路の一角、閲覧用の読書机や休息のために使うソファが並んでいる場所から炎があがっている。


(止めなきゃ!!)


いくら防火の魔導が本棚にかけられているとはいえ、炎が燃え広がれば、本棚も棚に納められた本もただでは済まない。

ユーリは炎を目指して本棚の上を駆け、飛び移り、また駆ける。

もうもうと煙が立ち上がり、炎の熱気を感じるほど近くに駆け寄ったユーリは、息を整える。

深く吸い込んだ空気に煙が混じっていて咳き込みそうになりながら、歌った。

図書館を脅かす炎を煙で痛む目で睨みつけながら、強く高らかに。



「くそっ!!」

ルキアルレスは忌々しげに本棚を睨みつけた。

ここの本棚をすべて焼き尽くすつもりで放った炎は、本棚を燃やす事は出来なかった。

代わりに燃えたのは絨毯と側にあった椅子や机のみ。

怒りをあらわにする彼の側で、エイリーがおずおずと本棚から抜いた本を火の中に入れていく。

本棚の中にある本は燃やせないと気づいたルキアルレスに命じられたためである。

エイリーは重くい本を火の中に入れながら、溜息を吐く。


どうしてこんなことになったのだろうか?


たくさん高価な香水や化粧品を送って来てくれた時は甘い言葉を囁いてくれた、指輪より重い物は持たせないと指先に口づけてくれたルキアルレス様が自分を蔑みの目で見下ろし、重い図鑑を運んで燃やすよう命じた。

本当は嫌だけど、こんな事したくないけれど、ここでルキアルレス様に嫌われてしまうと同僚の娘達から馬鹿にされてしまうし、自分を見下して弄んだロジーに復讐出来なくなってしまう。


(絶対、あの二人には消えてもらわないと!!)


エイリーは大きな図鑑を炎の中に投げ入れようと両手で持ち上げる。


その瞬間、空から聞いた事のない歌が聞こえた。

聞いた事のない言葉、旋律だったが、不思議とそれは『歌』だとわかった。


「どこから……?」

顔を上げたルキアルレスはハッと燃え盛る炎を振り返る。

さっきまで熱いほどの熱気を感じていたはずなのに、いまは冬の陽光ほどの温かさしか感じない。

眩しいほどの深紅も弱まり、炎はゆらりゆらりと揺らぎながら、徐々に勢いを無くしていた。


「馬鹿な!!」


愕然として叫ぶルキアルレスの目の前で炎は完全に消え去った。

ぐすぐすと炭になった椅子や机から聞こえる音と焦げ臭い臭いが鼻をさす。

窓から差し込む月の微かな光を受けた闇が青く染まる。


 ――……タンッ


「そこっ!!」


ルキアルレスが炎の玉を投げる。

しかし、その炎は何かの壁に阻まれて弾かれ、消えた。


「アヴィリス!!」

炎が弾かれる一瞬、炎の光がルキアルレスの仇敵の美貌を照らした。


「どこにいる!!アヴィリス!!」


ルキアルレスの怒声を受け、ぽうっと闇の中に光が灯る。

青白い光が、二つの人影を浮かび上がらせる。

一方は品のある鼻梁に怜悧な目元が印象的な美貌の魔導師。

そして、青白い光を掌に持つのは小柄なセフィールド学術院の制服を纏う少女。

彼らは一様に怒気を露わにした、冷たい顔でルキアルレス達を睨んでいた。


「あんた達、もう許さない」


ユーリ・トレス・マルグリットが静かに宣言した。

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