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迷子の魔導書と王都の魔導師  作者: 藤本 天
24/29

23P落とされた火蓋。

「そんな魔導書で何が出来る?」

アイギスがあからさまに馬鹿にしたようにナイフを揺らす。


「司書の癖に、ここじゃ魔導が使えない事も忘れたの?」

エイリーの馬鹿にする声に、ユーリはにやりと笑う。

「魔導師の魔導は。ね」

ユーリの手の中には王立学院図書館支給の懐中時計がある。


「ここの魔導書達は“紋”を押されると、確かに魔力が制限されてしまうんだけど……」


懐中時計の蓋を開き、一枚の丸い紙を取り出す。

丸い紙には王立学院図書館の“紋”である、翼をもつ叡智の女神が描かれていた。

ユーリは『始まりの叡智』を適当にめくり、開いたページの中心にその紙を挟んで閉じる。

『始まりの叡智』が一瞬、抵抗するように震えて光り、すぐに静かになる。


「王立学院図書館司書。ユーリ・トレス・マルグリットが名の下、魔導書による魔導を使用する。其の銘『始まりの叡智』。彼の魔導書に記された102Pから103Pに記された魔導を、魔導階バックヤード『(フクロウ)の部屋』でのみ顕現させる」


「何?」


アイギスとルキアルレスの表情が一瞬強張る。


「『始まりの叡智』!!とりあえず、アヴィリスさんを助けるくらいの時間を稼いで!!」

ユーリが『始まりの叡智』を魔導師たちに向けて投げる。


『始まりの叡智』はその声を受けて光り輝く。

椅子や机、暖炉や絨毯に施された梟の意匠が動き出し、三人に襲いかかる。

「なっ!?」

エイリーが悲鳴を上げ、魔導師二人は襲い来る梟にナイフや椅子を振りかざして応戦する。

その姿を見たユーリはアヴィリスの側に跪く。


「アヴィリスさん。すぐ助けるから、大人しくしててね」

体中に棘を捲きつけたアヴィリスは、同意するように琥珀色の瞳をぱちりと一度閉じた。

ユーリは彼に巻きつく棘に司書のネームプレートのピンを突き刺す。


「王立学院図書館司書、ユーリ・トレス・マルグリットの名の下、アヴィリス・ツヴァイ=ネルーロウ・スフォルツィアを拘束する『魔封じの棘』の解除を行使する」


その声を受けて棘はするするとアヴィリスの体から引いて行く。


「っ、はあ!!」

自由になったアヴィリスは頭を振って立ち上がる。


「ああ、駄目だよ。魔力は随分吸い取られてるんだから!!」


いきなり立ち上がり、ふらりとよろめいたアヴィリスを支えながら、ユーリは言う。


「俺に加担する気はなかったんじゃないのか?」


口角を上げて苦笑したアヴィリスにユーリはムッと梟と戦う三人を睨みつける。


「あたしだって、怒る時は怒るんですよ。王立学院図書館を何だと思ってるんですか」


「あれはどうなっているんだ?」

アヴィリスの視線の先には、宙に浮き、丸い紙を貼られて光り輝く『始まりの叡智』がある。


「一時的に『始まりの叡智』をこの王立学院図書館所有の魔導書にしました。魔導書に記す“紋”は魔導書の魔力を封じるけど、逆にいえば魔導書の魔力を解放する事も出来るんです」


もちろん、ここまで魔力を引きずり出し、魔導を顕現できるのは『一級危険魔導書』クラス以上の魔導書に限定される。

しかし、

「でも、これは三分くらいしか効果がないんです。そろそろ、時間的に『始まりの叡智』を回収しないとまずい気が……」


「先にそれを言え!!」


アヴィリスが慌てて『始まりの叡智』に駆け寄ると同時に、『始まりの叡智』に挟まれた“紋”が灰になり、『始まりの叡智』を覆う光が急速にしぼんでいく。

それに応じて梟が煙のようにふっと消える。

絨毯に転げ落ちる前に、アヴィリスは『始まりの叡智』を受け止めた。

アヴィリスとユーリの前に二人の宮廷魔導師と一人の司書が立ちはだかる。


「私達と、戦って勝てると思っているのか。アヴィリス?」

ルキアルレスが腰に差していた長剣を構え、アイギスはナイフを持ち直す。エイリーは二人の魔導師の後ろに隠れた。


「さて、これからどうする気だ?ユーリ・トレス・マルグリット?」

おどけるようなアヴィリスの声にユーリは半眼で睨む。


「あの二人にひと泡吹かせたいのはあんたでしょう?」

「まあな」

にいっと口角を上げたアヴィリスの手元にナイフが光る。

それを見たユーリは慌てて声を上げた。


「言っとくけど、図書館内で乱闘はやめてよね!!」

「あいつらを二人同時に相手をするのは分が悪い。 魔導は使えないとはいえ、二人がかりではこの得物は心許無い」

「じゃあ、あの二人をバラバラにしたらいいの?」


こてんと首を傾げたユーリにアヴィリスは頷く。


「あたしに任せてくれる?アヴィリスさん」

「頼もしいな、王立学院図書館司書」

「合図したら、あたしと一緒に走って」


「何をぐずぐず喋っている?」

ルキアルレスが襲いかかって来た。

大きく振り下ろされたルキアルレスの剣を、アヴィリスは小さなナイフで受ける。

邪魔にならないところにさっと身を寄せたユーリはアイギス魔導師と目が合う。

アイギスはふっと歪に笑うと、ナイフを口元に当てて何かを唱え始めた。

ざわり、と背筋が泡立つ。

アイギスの詠唱と共にナイフが薄赤い光に包まれ始める。


「え?何で、ここで、そんな、魔導を使う事なんか……」


明らかな魔導の気配にユーリは震える。

同じく魔導の気配に気づいたアヴィリスは、ハッとユーリとアイギスに視線を向けた。


「ユーリ!!“紋章”を前に出せ!!」


ルキアルレスの剣を紙一重で避けたアヴィリスが叫ぶ。


「え?こう?」

胸の前に“紋章”を出したユーリに向かって、ナイフが降りかかる。

「ひっ!!」

 

――……カンッ


思わず目を閉じたユーリの前で、ナイフが高い音と共に砕ける。

淡く光る“紋章”を握りしめて、ユーリはアイギスを見た。

アイギスは、わずかに息を荒くしながら、新しいナイフを構え、こちらに歩み寄ってくる。


「何で、魔導を……魔導師の魔導の行使の許可は、副館長以上の……」

呟いたユーリは嫌そうに顔を顰めた。

「そーいや、あんた達側に附いてたんだっけ副館長……」

「そう言う事だ」

ナイフを振りかざしてくるアイギスにユーリは『魔封じの棘』を投げる。

「くっ!!」

『魔封じの棘』が開き、アイギスに襲いかかる。

その隙を縫って、ユーリは暖炉に駆け寄った。

暖炉に登り、壁に取り付けられた梟の形のランプに触れる。

「何をしている!!」

「来ないで!!」

駆け寄って来たアイギスにユーリは角灯を投げ付けた。

「うわっ!?」

飛びかかって来た火の粉をアイギスは慌てて払う。

ユーリはその隙に懐中時計のネジを素早く回して押し、時計のガラス部分を外して長針を取り出す。

ガラスで出来た梟の首元の石に長針を差し込んで回す。

ぼうっと梟に緑色の炎が灯る。


「待て!!」

「行って!!番人!!」


アイギスの手がユーリに向かうより先に、炎を纏った梟が空をかける。

たまたま、というより、必然的に梟の進行方向の前に居たアイギスがとっさに手で顔を覆ってユーリから離れる。


(まただ、魔導使用許可を受けているはずなのに、何で魔導を使わないの?)


暖炉から飛び下りたユーリは番人の梟を追いかけながら、アイギスを振り返る。

目を覆っていたアイギスは、気を取り直したのかユーリを追いかけて来た。

一般図書階でも、ここでも、アイギスもルキアルレスもまともに魔導を使っていない。

特にルキアルレスはさっきからアヴィリスと剣術で戦っている。


(魔導使用許可が、完全じゃない?)


それならば、一般図書階でユーリを見つけておきながら魔導でユーリを捕まえようとしなかった事や副館長に化けていた変幻魔導が途中で解けてしまった事も説明できる。


(多分、魔導を使える回数がほとんど無いか、アイギスかルキアルレスのどちらかしか魔導の使用許可が出来なかった?)


ユーリは走りながら、アヴィリスを見た。

小さなナイフ片手にルキアルレスの長剣をかわしているが、防戦一方である事は一介の学生であるユーリでもわかった。

「アヴィリスさん!!」

ユーリの目の前で梟は絨毯の中心に向かって飛び込んだ。

絨毯の中心に丸い炎の円が出来る。

「炎に飛び込んで!!」

「わかった!!」

アヴィリスはルキアルレスの剣を振り払い、すんでのところで避けて炎に向かって走る。


「行かせませんわ!!」

炎の前にエイリーが立ちはだかり、『魔封じの棘』を投げ付けた。

狙いは、アヴィリス。

その毛糸玉の前にユーリが立ちはだかる。

毛糸玉は、こんっとユーリに当たって落ちた。


「お生憎様!!魔導師以外にこの棘は発動しない!!」


足下に転がった毛糸玉を拾い、ユーリは近くに転がっていたバスケットからティーポットを引っ張り出して投げ付けた。

「きゃあ!!」

驚いて蹲ったエイリーの横をアヴィリスとユーリが走り抜ける。

炎の中に、アヴィリスとユーリが飛び込む。




そこはさまざまな形、大きさの鳥籠が数え切れないほどたくさんぶら下がった部屋だった。

しかし、鳥籠の中には鳥は一匹も囚われていない。

鳥の代わりに籠の中に囚われているのは、炎。

無数の炎が囚われている部屋は広く、炎の光が届かない場所は暗い闇が視界を阻み、鳥籠は闇の中に浮いているように見える。

その鳥籠の中、一番大きく、一般的な釣鐘型の籠の中心にぽうっと緑の炎が灯る。

その炎の中から、藍色の髪の美丈夫が飛び出してくる。

続いて、濃い栗色の髪の小柄な少女が籠の床に降り立つ。


「ここは?」

「図書館の隠し部屋のひとつ……って、悠長に説明してる暇ないから!!早く!!こっち来て!!道を閉じないとあの人たちが来ちゃう!!」


ユーリは鳥籠の網を登り始めた。

続こうとしたアヴィリスは魔導の気配を感じて振り返る。

「アイギス!!」

飛来してきたナイフをアヴィリスは弾き落とす。

弾き落とされたナイフは床に叩きつけられた途端、灰になって消える。


「魔導を付与した武器か。 しかし、何故使える?」

魔導師が使う魔導は図書館の魔導封じに引っかかるはずだ。


「副館長がこの人たちの魔導の使用を許可したんだと思う!!」

「何!?そんなこと出来るのか!?」

アヴィリスはアイギスが放つナイフを叩き落としながら、ユーリを見上げる。

ユーリは鳥籠に登り、小さな装飾をいじっている。

そのユーリめがけて飛来したナイフを、アヴィリスは手持ちの“お守り”を投げ付けて防ぐ。


「それにしては、しょぼいな」

中級の“お守り”で防いだナイフを見下ろして、アヴィリスはアイギスを睨む。

そのアイギスの背中で炎がゆらりと揺らぐ。

「ユーリ!!」

「わかってる!!」

アヴィリスの声に応えたユーリが装飾を引っ張って、開ける。

その途端、炎が梟の形に姿を変える。

小さな出口を目指して梟は羽ばたき、闇の中に吸い込まれていく。

それを見送ったユーリは装飾を元に戻し、アヴィリスの隣に飛び降りる。


「多分、魔導使用許可が不完全なんだと思う。それに、魔導使用許可があっても、図書館じゃ攻撃に関与する魔導は使えない」

「なるほど。それで魔導付与した武器を使っているのか」

おそらく、攻撃系魔導を使えないと知った後にした対処なのだろう。

魔導が即席でしょぼいのも頷ける。

アヴィリスが納得していると、ユーリの胸元で甲高い音が鳴り響いた。


「何だ?」

訝しげに眉を上げたアヴィリスは、ユーリを見下ろす。

ユーリはさっきまでの気丈な姿と打って変って、顔を白く染めて強張らせている。

胸元の裏ポケットから懐中時計を出したユーリは、蓋に浮かび上がった紋様を見て泣きそうになる。

いつもはつるりとしている表面の銀に赤黒い炎の紋章があざのように浮かんでいた。

「火事だ」

ユーリはぽつりとつぶやく。

「一般図書階で、本が燃えてる!!」




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