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迷子の魔導書と王都の魔導師  作者: 藤本 天
23/29

22P闇の中、集う

何か、微妙にぐでぐで……。

思いつきで書くからだ。

アヴィリスは闇の中にいた。

視覚は一切効かない中、嗅覚と聴覚が殺されたと気づいてから、どれほどの時間が経ったのか。

口に入れた指をしゃぶり、味覚まで死んでいると気づいたのはいつだっただろうか?

さきほど、いや、もうずいぶん前?

思わず歯を噛みしめ、口の中に何かが入っている事に気づく。

五感が無くなる魔導を認識してから、自害対策のために口の中に布を入れたのだ。

触覚、その中でも生命維持に深くかかわる痛覚を感じなくなるという事は、危険が察知できなくなるという事だ。

さっきのように歯を噛みしめた時、うっかり舌を歯の間に挟んでいたらどうなるだろう?

普通の状態ならば、『痛い』、もしくは違和感を感じて噛むのをやめるだろう。

だが、それを感じなくなれば、どうなる?

答えは簡単だ。

舌が分断しようが、歯が折れようが、死ぬまでずっと歯を噛みしめることになる。


(まだ、触覚は残っているようだな)

しかし、かなり鈍くなっている事を自覚する。

口腔という敏感な器官の中の異物に意識しなければ気付かなかった。

常人ならばとっくのうちに発狂している空間の中、まともに自我を持って自害対策をしているあたりで彼の魔導師としての力量が推し量れる。

けれど、魔導の浸食は間違いなく彼を蝕んでいるらしい。

さっきから脳内で組み立てている魔導理論が所々思い出せない。


(くそっ、思考まで浸食されてきているのか?)


それともこの暗闇の中、精神が悲鳴を上げかけているのだろうか?

考えれば考えるほど、思考の坩堝にはまる。

それが彼を焦らせ、彼の精神を蝕む。


(駄目だ)


目をもう一度瞑る。

意識を集中させて、深く深く、息を吸い込む。

魔導師として、自分を蝕む魔導の欠片を吸い込むように。

この絶望的空間から抜け出す一手を手繰り寄せるように。


魔導師として一番初めに養父から教わった、呼吸。


『魔導師たるもの、この呼吸を忘れてはいけない』


やんわりと微笑む、冬空を写した薄氷のような薄水色の瞳。


『アヴィリス。君はひとりだと思っているようだが、魔導師は、いや魔導師でなくとも、生き物というものはたくさんの生命と関わり合い、重なり合い、交り合って存在している。私は魔導師として、君にまず君の小さな世界がどれほど広く、深く世界と繋がっているのか、教えよう』


(息をする事は、世界を飲み込む事)

養父の言葉が脳裏に浮かぶ。


魔導師のわずかな抵抗。

永遠のような時間と闇から身を守る、最後の術。

最早、魔導を打ち破る事は出来ないと諦めながらも、最後まで魔導師らしくあろうとする矜持(プライド)の現れ。


そんな魔導師の意地が奇跡のような光を生む。


比喩でも何でもなく、部屋の中に突然小さな光が生まれたのだ。


長時間暗闇の中にいた挙句、視覚がなかったアヴィリスは、突然の刺激に目を覆う。

白に染まった視界が、焦点を結ぶ。

灰色の部屋、薄暗い中にぼんやりと浮かぶ温かい色の光、光を掲げる小柄な人影。

それを認めると同時に五感が戻って来た事も感じた。

汗で冷たく湿った服、どこからか漂ってくる異臭、自分が吐いている息の音。


「だれ、だ?」

口から吐き出された自分の声は異常に引き攣っていた。

その声を聞いたのか、温かい色の光がこちらに近づいてくる。


「こんな所で、何してるんですか。アヴィリスさん」

小さな光を掲げ持っているのは肩先で切りそろえた漆黒の髪に漆黒の瞳をもつ小柄な少女。


王立学院図書館司書、ユーリ・トレス・マルグリットが闇の中に立っていた。





 ――……とぽぽぽぽ。

優しい音と共に、さっぱりした香りが部屋中に広がる。

ティーポットから流れ出る薄黄緑色の液体をカップに受け取るのは、ユーリだ。

彼女はそのカップを対面のソファに座る男に手渡す。


「なるほど、それであんなところに閉じ込められていた、と」


「ああ」

カップを受け取ったのはアヴィリス。

彼は疲弊した様子でカップの中を覗き込み、中身が冷えたハーブティーだと知ると、一気に飲み干した。


二人がいるのは、魔導階のカウンター奥のバックヤードにある、司書用の休憩室。

暖炉や椅子、机や絨毯に梟をモチーフにした意匠が施されている、通称『梟の部屋』。

給湯設備はない部屋だが、簡単な食事をするくらいは出来る。


あの部屋から出た二人は、とりあえず、ここに来てお互いの情報を交換し合ったのだ。



「あのう、副館長は大丈夫なんでしょうか?」


アヴィリスと一緒にあの部屋にいた副館長を、ユーリは思い浮かべる。

アヴィリスによって縛られ、あの部屋にいた副館長は、すっかりやせ細りぐったりと気を失っていた。

日ごろネチネチ嫌味は言う、全く役に立たないうえに、アヴィリスを陥れようとした副館長だが、あの姿はさすがに哀れだった。


しかし、罠に嵌められた本人は全く彼を憐れんでいないらしい。


ユーリが持ってきたバスケットから、サンドイッチを取り出したアヴィリスは不機嫌そうに鼻を鳴らす。


「知るか」


「……」

顔も見たくない、とあの暗闇の部屋に副館長を放置しようとしていたアヴィリスを、ユーリは説き伏せて外に出してもらった。

ユーリの体格では気を失った副館長は運べない。

アヴィリスはユーリの頼みを渋々引き受けて、副館長を外に出してくれたが、同じ部屋には居たくないらしく、別の部屋に軟禁中である。


(命に別状はないって言ってたけど……)


診断した魔導師をちらりと見る。

あのそっけない様子からして、その診断に少々不安があるところだが、副館長にばかり構っていられない。

それに、命の危険が迫っているのは副館長ではなく、ユーリ達だ。


「さて」

サンドイッチを食べて人心地ついたらしい。

アヴィリスは多少機嫌が直った様子で、ふっと口角を持ち上げた。


「こちらとしては、反撃を仕掛けたいところだが」


ちら、と視線を投げかけられたユーリはさっとそっぽを向く。


「言っときますけど。あたし、アヴィリスさんに加担する気ないですからね?エリアーゼ館長が帰ってくるまで、図書館内で大人しくしてたら問題ないし」


「おい……」

非協力的なユーリに、アヴィリスは顔をしかめる。


「あ、そうだ。預かってた『始まりの叡智』を……」


言いながら、バスケットから魔導書を出そうとしたユーリは。


次の瞬間、床に伏せていた。


体を叩く鈍い振動。

頬に当たる柔らかい絨毯の毛足。

そして、ユーリが座っていた椅子の背中に深々とナイフが突き刺さっていた。


「な……」

「動くな!!」


体を捻って顔を上げると、アヴィリスが緊迫した表情を浮かべてユーリの前に立ちはだかっていた。


アヴィリスの視線の先には、二人の人影が立っている。

一人はカラメル色の髪をひとつに結った、緑の目の男性。

もう一つは鳥の雛のような髪を持つ、可愛らしい顔立ちの女性。


「アイギス」


唸るような声に、カラメル色の髪の男性はどこか軽薄そうに口元を歪めた。


「生きていたんだな。アヴィリス」


その隣で、女性の手元から小さな毛糸玉のようなものが零れ落ちる。


それを見たユーリは、とっさにアヴィリスの足を力いっぱい引っ張った。


予期せぬ体のバランスの変化に、アヴィリスはいっそ無様に見えるほど派手に転んだ。

 

 ばふんっ


なんとなく情けない音と共にアヴィリスは絨毯の上に大の字になる。


その瞬間。


毛糸玉がぱっと花のように開き、棘のついた蔦のような糸がアヴィリスの居た場所に突き刺さるように伸びた。


「いっ……」


したたかに打ちつけた鼻を押さえて上げようとした顔すれすれに飛び出した棘の糸にさすがのアヴィリスも息を飲む。


「あの毛糸玉に捕まっちゃダメ。あれは魔導師の魔力を吸い取って拘束力を増す作用があるから」


油断なく立ちあがったユーリは、毛糸玉を投げた女性を睨む。


「『魔封じの棘』は図書館に害を為した魔導師にしか使っちゃいけないって、司書見習いの時に習ったよね?エイリーさん」


「使えるものを使ってなにが悪いの? それに、そこの魔導師は十分に図書館を害しているじゃない」


「むしろ、図書館を害するような事をしたの そっちの魔導師だと思うんだけど!?」

思わず声が荒立つ。

魔導書達の言い分が正しいのならば、アイギス魔導師は副館長とエイリーを抱き込んでここの修繕室で『始まりの叡智』を壊したのだ。


「一般図書階に魔導書のページをばら撒いたのはエイリーさん、あんたなの?」


「そうだと言ったら、どうなの?」

心底煩わしいとでも言う様に、エイリーは傲然と言い放つ。


「エイリー!!」

あまりにも無責任な言葉に、ユーリの目が吊りあがる。


「あんたもここで働く司書のはず!!司書なら、魔導書がどれだけ危険か知っているでしょう!!」


ここで働く司書はまず第一に魔導書の危険性を学ぶ。

たった一枚の魔導書のページが起こしたあの騒動。

あれが一般図書階で起こったら、利用者たちにどんな被害が出るのか考えなかったのだろうか?

ユーリが遭遇した『始まりの叡智』の暴走が、もし一般図書階で起こっていたら、どうなっていたか?


司書ならば、魔導書の分解もばら撒きも、禁じてしかるべき事だ。

それなのに、


「別に司書として働きたくなんかなかったのよ」

さも煩わしそうに、エイリーは髪をかき上げる。


「死人が出てたかもしれないのに、そんな事を言うわけ!?」


「無駄だ、ユーリ」

詰め寄ろうと足を踏み出したユーリをアヴィリスが止める。


「馬鹿に何を言っても、効きはしない」


「何ですって!?」

キッと目を吊り上げたエイリーが『魔封じの棘』を投げる。

それをアヴィリスはユーリを抱えて避ける。


エイリー達が立っている、バックヤードに繋がる扉ではなく、魔導階に繋がるほうの扉に向かってアヴィリスは走った。

その後をエイリーとアイギスが追う。

しかし、『軍属』だったアヴィリスの足は速い。

あと数エートルで扉に辿り着く。

その、一瞬。

 

扉が細く開いた。


 ――……ぽーん


小さな毛糸玉が、アヴィリスの足下で跳ねる。

『魔封じの棘』だとユーリが気づいた時には、その小さな毛糸玉は花のように開いていた。

毛糸玉から出た棘がアヴィリスの体を拘束する。


「うあっ!!」


一瞬にして、魔力が吸い取られ、足が崩れた。

絨毯の上に力なく倒れ伏す。


「ぐっ!!」

詠唱を封じるためだろう、アヴィリスの喉元に棘は絡みついた。

息苦しさにもがくと、さらに棘はきつく巻きつく。


「アヴィリスさん!!」


拘束されたアヴィリスにユーリは駆け寄る。


「動いちゃダメ!!魔力を抑え込んで!!」


棘に拘束されたアヴィリスの側で跪くユーリに影が落ちる。

癖の強い金髪を肩先で切りそろえ、洒脱で甘いマスクと夢見るようにとろりとした水色の瞳をもつ、背の高い男が、扉の前に佇んでいる。


「宮廷魔導師?」

ユーリが彼の纏う制服を見て、訝しげに言う。

一方、彼はユーリに興味なぞないのか、悠然とした足取りで近づく。

「ルキアルレスっ」


「この人が!?」

アヴィリスが息も絶え絶えに叫んだ声に、ユーリは驚愕する。


「いい様だな。アヴィリス」

ルキアルレスは酷薄に言い捨て、アイギスは優越感に満ちた顔でにやにや笑いながらアヴィリスを見下ろす。


「ルキアルレス様!!」

エイリーが歓喜したようにルキアルレスに駆け寄り、腕をからませる。


「あんた達、全員グルだったのね」


唸るようにユーリは彼らを睨みつける。

すると、ルキアルレスはついっと眉を上げてユーリを指差す。


「この小娘がアヴィリスに協力した司書か」

「はい。図書館に詳しいだけの、何も持たない娘ですわ」


媚びるようなエイリーの声に、ユーリは眉を吊り上げる。

(悪かったわね!!)

不機嫌な顔になったユーリをルキアルレスは特に興味もなさげに見下ろす。


「おい。司書の娘、その男を渡せ」

アイギスがナイフを片手にユーリに近づく。


「渡さなきゃ、殺すって?」

「殺しはしない。しかし、この事を他言されても困るからな。この事は忘れてもらう」


平然と言い捨てられたルキアルレスの言葉に、ユーリの顔がこわばる。

忘却魔導は精神の崩壊につながるほど危険な魔導だ。

宮廷魔導師とはいえ、よく知りもしない魔導師にかけられて無事でいられる保証はない。

それに、

「あんた達のせいで、あたしがどれだけ大変な思いしたと思ってんの?」


すっくとユーリは二人の魔導師と一人の司書の前に立つ。


「あたしが大好きなこの図書館をむちゃくちゃにするような危ないことした、あんた達なんか大っ嫌い!!」


魔導師二人は駄々を捏ねる子供を見下ろすように溜息をつき、エイリーは馬鹿にするように噴出した。

「では、どうする?司書のお譲ちゃん」

小馬鹿にするようなアイギスの言葉に、ユーリはにっと笑う。


「王立学院図書館司書、舐めてたら痛い目にあうよ?」

ユーリの手の中には『始まりの叡智』があった。

1エートルは1mです。

記号だと1E。

長い事投稿せずにすいません。

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