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迷子の魔導書と王都の魔導師  作者: 藤本 天
21/29

20P闇の中

アヴィリスの話です。

彼も頑張っているんですよ~。

ここで少しばかり、時間は巻き戻る。

柱時計の時間をくるくる回して、一日前の時間に戻そう。

アヴィリス魔導師がユーリを脅して王都へ帰った、次の日。

ユーリがエリアーゼからの手紙を受け取る、一日前。



丸い、青白い光が暗い空間の中、ぼんやりと浮かんでいた。


光は部屋に対して小さく、光の届かないところはどろりとした闇で覆われていて、部屋の広さが測れない。

手入れが一切されていないらしい部屋は黴臭く、埃が絨毯のように敷き詰められている。

装飾も、家具もないがらんどうな部屋はひどく陰気で湿っぽく、まるで牢屋の様だ。

その部屋の灰色の壁に、足を一本無くした椅子がぶちあたって砕けた。


「くそっ!!」


吐き捨てるように舌打ちをしたのは藍色の髪の美丈夫。

ユーリが言うところの『陰険魔導師』ことアヴィリス・ツヴァイ=ネルーロウ・スフォルツィアがいた。

そして、

「う~、んーっ!!」

ずりずりと這いずる音と共に、丸い蓑虫(みのむし)のような生き物が闇の中から出てきた。

蓑虫のような生き物は、何故か黒縁の眼鏡をかけていた。

それもそのはず、蓑虫のような生き物は、布で猿轡を施され、両手足首を後ろ手にしっかりと拘束された中年男性。

黒縁の眼鏡をかけ、貴族の礼服を纏った小太りの男は、この王立学院図書館の副館長。


王都から王立学院図書館に戻って来たアヴィリスは彼と共に隠し部屋に閉じ込められたのだ。


不明瞭な声で叫ぶ、五月蠅い蓑虫にうんざりしたのか、藍色の髪の美丈夫は青白い光と共に副館長から一番離れた壁際に座り込んだ。


(体が重い。こんな小さな魔導を発現させるだけでこんなに魔力を消費するとは……)


ふわふわと頼りなく浮かんでいる人魂のような光はアヴィリスが魔導で発現させたものだ。

ここの空間を破るためにいくつもの魔導を使おうと試みたが、発現できず、この人魂のような灯りだけが唯一発現出来た。

それも本来ならばする必要のない詠唱を行い、不必要なほどの魔力を犠牲にして。

その上、この灯りを維持するのにさっきから莫大な量の魔力を消費し続けている。

魔力の消費は心身に様々な影響を及ぼす。

いまは疲労を感じる程度で済んでいるが、魔力を消費尽くすと精神と肉体が崩壊してしまう。


(このままでは敵の思う壺だな)


アヴィリスは体から力を抜いて壁にもたれかかった。

それと同時に部屋を唯一照らしていた光が消える。

一片の光も無い完全な闇の中、遠い闇の向こうで押し殺したような悲鳴が上がったが、アヴィリスは無視する。

ぐったりと目を閉じて体を休めていると、ぐずぐずとすすり泣く声が聞こえた。


「怨むんなら、この図書館に勤めていながら、ここから出る事の出来ない自分の無能さと俺を嵌めようとした自分の愚かしさを怨むんだな」


アヴィリスの刺々しい口調にすすり泣きが消えた。

静かになった部屋の中で魔導師は、唯一助けになりそうな司書を思い浮かべる。


(あいつは、無事でいるのだろうか)




「ユーリ・トレス・マルグリットはどこだ!?」


あの時、何故ギズーノン司書を頼らなかったのか、後悔してもしきれない。


二日前、王都についたアヴィリスは弟弟子を探した。

『始まりの叡智』と銘打たれた、養父(ちち)の魔導書を覆っていた題名(タイトル)はルキアルレスの名を冠していたが、それに騙されるほど人が好くない事は自覚している。



しかし、探した弟弟子はいなかった。

しかも、記録によると一週間ほど前から王都を出ていると聞いた。

理由は家庭の事情となっていたが、チューリに向かったのだろうことはすぐに分かった。


急いでチューリの王立学院図書館に向かい、副館長室に飛び込んだのが、ユーリと別れた次の日の午後。

ユーリの居場所を問いただすと、『一級魔導書』階にいると副館長に言われた。

案内を頼み、『一級魔導書』階の扉の前につく。

狼を意匠にしたノッカーがついた、観音開きの重厚な扉の前で。


背中を強く押された。


「なっ!?」


驚いて振り返ると、小太りの神経質そうな中年男がアヴィリスを扉の中に閉じ込めようとするようにぐいぐい背中を押している。

「何を……」

怒りと共に吐きだそうとした声は、掌に感じた違和感でかき消えた。

背中を押されて、とっさに扉についた右手が扉の中に吸い込まれている。

扉に吸い込まれた右手を引っ張り出そうとするのを、ぐいぐいと背中を押す力がそれを妨害する。

吸い込まれていった右手に力を込めるが、右手の感覚がない。


「やめろ!!」


言い知れぬ恐怖を感じたアヴィリスは後方に向けてとっさに魔力を放った。


「ひいっ!!」

魔導によってカタチを顕現していない純粋な魔力は衝撃波に似た効果を顕わした。

しかし、

「くそっ!!」

悲鳴を上げて尻餅をついただけの副館長を見てアヴィリスは舌打ちする。

本来ならば、この周辺を瓦礫の山に変えてもおかしくないほどの魔力をこめたというのに、大の大人を昏倒させることすらできていない。


『王立学院図書館は魔導師には窮屈なつくりになっている』


(ユーリが言ったとおりか、畜生!!)


この王立学院図書館にかけられている魔導が発動したのか、それとも下手に暴れたのが悪かったのか。

扉が体を飲み込む速度が速くなり、それと同時に倦怠感が体を侵食する。

もはや右腕の感覚すらなくなっているアヴィリスはこちらに近づいてくる副館長を睨みつけて牽制する。


「俺に触るな、レイヴン・ツヴァイ・クレルヴォー」

「“英雄”もその格好では無様ですね」


アヴィリスの眼光に一瞬ひるんだようだったが、彼が動けないと悟ってか、副館長―レイヴンは傲慢に口を歪めた。


「誰に頼まれた?」


「それを言うと思いますか?」

悠然とレイヴンはアヴィリスに近づく。

もはや、抵抗の力もないと見越したのだろう、優越感に酔ったレイヴンは無防備にアヴィリスに両手を突き出した。

アヴィリスの左腕の上衣に労働を知らない、丸く膨らんだ手がかかる。

その刹那。

アヴィリスはレイヴンの腕をさっと避ける。

空を切った腕をそのままに、アヴィリスはレイヴンの脇腹に左手を差し入て派手な上衣を掴み、彼の太い足を払った。

とっさに、レイヴンは両手を扉についてしまう。

ずぶりとレイヴンの腕が半分ほど、扉の中に消える。

甲高い悲鳴を上げて暴れるレイヴンの体を、アヴィリスは左腕と足を使って扉の中に叩き入れる。

元『軍属』だったアヴィリスの蹴りと腕力に、レイヴンはまた違った悲鳴を上げる。


「さあ、どうする!? このままじゃあ、お前も俺と一緒にこの王立学院図書館の隠し部屋とやらに閉じ込められるんだろうよ!! あのエイリーとか言う小娘はユーリに助けられたが、俺たちはどうかなあ?おい!!」

言いながら、アヴィリスは無慈悲にレイヴンの体を扉に押し込む。


「や、やめろ!!やめてくれえええええ!!」


「あ? お前は曲がりなりにも司書だろう? 閉じ込められても、出られるんじゃないのか?」


「む、むむっ、無理だ!!そ、そそっ、そんなことは!! 私の仕事ではない!! そんなくだらない仕事は!! 下賎な庶民が、労働者どもがすることだ!!」


唾を飛ばし、どもりながら叫ぶ、この王立学院図書館の副館長の肩書きを持つ男。

それをアヴィリスは軽蔑をこめて見下ろす。


「もういい、黙れ」

言い終わるより先にレイヴンの頭がアヴィリスの手によって扉の中に押し込まれる。

じたばた暴れる足を適当に蹴っ飛ばしながら、彼は廊下の奥に視線を送る。


「これで満足か?アイギス」


じろりと睨みつけた先には、カラメル色の髪を緩く結った青年。

虫を殺したこともなさそうな柔和そうな顔の下に、貴族特有の傲慢さと魔導師特有の強欲さが息を潜めていることをアヴィリスは知っている。


「何のことですか?アヴィリスさん」

きょとりと目を丸くして首を傾げる姿は一見すると本当に何も知らないのではないかと錯覚しそうになる。

しかし、アヴィリスはゆっくりとこちらに近づいてくる青年を見据えた。


「しらばっくれるのは止めてくれ。 ただでさえ馬鹿の戯言を耳元でわめかれて気が滅入っているんだ。鬱陶しい言葉遊びをしたい気分じゃない」


気怠そうに睨みつけてくるアヴィリスに、青年は花が綻ぶかのような爽やかで優しい笑顔を浮かべた。


「ああ、とっくのうちにバレていたんですね」


「あれだけ証拠を残しておきながら何を言う。 魔導書を覆っていた革布に記された封印魔導式とそれにこめられていた魔力の残滓からお前を割り出すことくらい、息を吸うよりたやすい」


気負うでもなく、子供に花の名前を教える親のように、当たり前の事実をアヴィリスは口にする。

しかしその瞬間、アイギスの柔和な笑みが崩れ、氷のように冷たい無表情になった。


アヴィリスが当たり前のように口にした“事実”を“実現”するのに、どれほどの才と知識、そして研鑽が必要か。

アヴィリスの“当たり前”に到達する前に挫折する魔導師がどれだけいるか。


「図に乗るなよ。アヴィリス・ツヴァイ=ネルーロウ・スフォルツィア」


アイギスの口から低くかすれた声が吐き出される。

それをアヴィリスはすでに下半身すら扉に飲み込まれながら聞く。


「そこの罠は対魔導師用に特化しているらしい。 精神が崩壊して魔導が使えなくなるまでそこに居続ければいいさ」


絶対勝利を確信した優越感と、加虐感に陶酔した冷酷な口調でアイギスはアヴィリスを見下ろす。

それを怠そうに聞きながら、アヴィリスはアイギスを見上げる。


「ひとつ、訊いてもいいか?」

「ええ、どうぞ」

「何故、偽装した魔導書の題名を『ルキアルレスの占星魔導』にしたんだ?」


問うと、小馬鹿にするようにアイギスは鼻を鳴らす。


「たいした理由はありませんよ」


「ああ、そういえばお前とルキアルレスは研究内容が似通っていたな」


アヴィリスが事も無げに吐き捨てる。

すっとアイギスは顔色をなくす。

その瞬間、アイギスの手でアヴィリスの体が扉の中に押し込められた。


「さっさと消えろ。『堕落した蛇』が!!」




「………うっ………っ」


アヴィリスは寝転がっていた床から体を起こす。

目を開けたつもりなのだが、一片の光もない暗闇の中、自分が起きているのか眠っているのか。

それすらわからなくなる。

う~んと伸びをしたアヴィリスは、ひとつ欠伸をする。

眠ったせいか、魔力が大分回復しているようだ。

少なくとも、閉じ込められた当初の倦怠感と頭痛は無くなっている。

ここに閉じ込められる前の出来事を夢に見た気がする。


(鬱陶しい)

ぐったりと溜息を吐く。

魔導師間にはそれなりに派閥がある。

所属している魔導師互助組合同士だったり、師事を受けている師によるもの、研究内容について。

挙げればキリがないほど、魔導師同士はつまらん事で対立しあう。


夏頃に王都で大きな魔導研究発表会があり、アイギスとルキアルレスの研究内容がたまたま同じだった。

たまに、敵対する魔導師への宣戦布告として研究内容をわざと同じにする輩がいないでもないが、今回は本当に偶然らしい。

研究内容を変える事はできるが、どうやら今回はどちらも譲らなかったらしい。

まあ、そのあたりはよくあることだ。

ルキアルレスは気に留めていなかったようだし、アイギスは……気にしていたんだろう。


(偽の魔導書を他人の名で出すなんてな)


魔導師にとって魔導書は大事な研究記録であり、魔導師としての力量を知らしめる媒体であり、総じて魔導師の魔導師としての生き様や在り様を伝える“分身”といって過言でないモノなのだ。


つまり、魔導書は魔導師の信用や信頼問題にかかわる代物。


ルキアルレスの名であのようにおかしな魔導書が出たと知られると、ルキアルレスは少し厄介な目に遭う。

もちろん、ルキアルレスは作っていないと言い張り、断固として戦うだろうが、それでも調査の間は魔導に関わる行為を禁じられるだろう。


おそらく、アヴィリスの養父の魔導書をバラバラにした後、突発的に考え付いた事なのだろうが、ルキアルレスにとっては、とんだとばっちりだろう。


(そういった意味では、あいつは魔導師としての自覚がなかった、ということか……)

魔導師として、決してしてはいけない行為を行った弟弟子をアヴィリスは思う。


溜息を吐いたアヴィリスは、ごろりと寝転がり、……また起き上がった。


さっきから、物音ひとつしない。

自分が動いた衣擦れの音、床をなぞる音。

人が動けば必ず聞こえるはずの音が聞こえない。


(どうなって……)


アヴィリスはハッと目を見張る。

声を出した、はず。

しかし、声は聞こえない。


(『そこの罠は対魔導師用に特化しているらしい。 精神が崩壊して魔導が使えなくなるまでそこに居続ければいいさ』)


アイギスの声が脳裏に閃く。


(そういうことか……)

光もない、匂いもない、音もしない。

常人ならば、パニックを起こしている状況。

常人ならば、いずれ発狂する現実。

しかし、“英雄”と呼ばれた宮廷魔導師はくっと口角を上げて何も見えない闇を睨みつける。


(俺が壊れるのが先か、ここが壊れるのが先か、勝負するとしようじゃないか)


アヴィリスはゆっくりと目を閉じて思考する。

この魔導の正体を思案し、打ち破る魔導のパターンを計算し、シュミレーションする。

危機的状況でありながら、アヴィリスは嬉々としてこの状況の打破を考えていた。


結局のところ、魔導師とはこういう存在なのだ。


魔導に己の全てを捧げて生きる生き物。


死の一瞬まで魔導を考え続ける事が出来るかどうか。


端的にいえば、それが出来る魔導師の事を世間は“一流”の魔導師と呼ぶのだ。


アヴィリスさん。犯人を目の前にして大ピンチ?


彼は悲しいくらい魔導オタクです。

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