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迷子の魔導書と王都の魔導師  作者: 藤本 天
20/29

19P逢魔が時

久しぶりに授業に出たユーリは、各先生方が出した課題をレポートにして提出するよう言われた。

副館長に授業を休まされた(・・・・・)ユーリに配慮して、エリアーゼ館長が先生方に掛け合ってくれたらしい。

課題にはいくつか本が必要になるため、一般図書階の三階にいた。


ここは一般図書階の中の資料階と呼ばれている。

専門階ほど高度な内容は記されていないが、それなりに専門的な事が書かれている本や図鑑がそろっているためだ。


「……っと!!」

ユーリは書架に掛けられた移動式の書架梯子に登って本を引き出していたが、はずみで一段踏み外してしまう。

慌てて体の態勢を立て直したものの、揺れた反動でポケットからはみ出していた封筒がひらひらと絨毯の上に落ちた。


四方を薄水色のリボンで縁どられ、野薔薇を意匠にした薄紅色の封蝋で閉じられているその手紙は、エリアーゼ館長からのものだ。

ユーリは落としてしまった本と共にその手紙を拾うと、閲覧用読書机の椅子に腰かけた。

今日、図書館に入る前にエリアーゼ館長の家に仕える家令と名乗る壮年の男がユーリに手渡したのだ。


(何でわざわざ人を使って手渡させたんだろう?)


ユーリへの手紙ならば図書館に直接届けたほうが早いし確実だ。

それなのにエリアーゼ館長はわざわざ第三者を介入させてまでしてユーリに手紙を届けた。


(なんか、嫌な予感がするなあ)


ユーリは手紙の上でくるりと指で円を描き、その中で十字を描く。

アリナに教わった魔除けのおまじないだ。

魔導の成績がよろしくなかったから効果があるかどうかはわからないが、ちょっとは気が軽くなった。


封筒を開くと中からふわりと花の蜜とさっぱりしたハーブの香りが漂った。

ミリアリアやエイリー達のような貴族の女性司書達がつけている香水とは違って、爽やかで優しい気持ちになれる香りだ。

鳥の意匠を透かした品のいい便箋にはエリアーゼ館長らしいたおやかな筆跡が躍っている。


しかし、その筆跡が綴る穏やかではない事実と文字にユーリは顔をひきつらせた。


「〈ユーリへ。

 ギズーノン司書達から詳しい事は聞きました。随分と苦労をかけているようですね。

 今回、あの魔導師を『禁制魔導書』階に連れて行った事は特別に不問にしてあげますから、

 とにかく図書館でうっかり死人を出さないように。


昨日の朝、うっかり死人が出そうなほど膨大な魔力の暴走があった事は内緒にしておこうと、ユーリは誓う。


 そうそう、その事件をさっさと終わらせるために、わたしも色々と調べてみたのです。 

 残念ながら時間もないせいであまり調べることはできませんでしたが、いくつか情報があります。

 おそらく、犯人はアイギス・フュイン=ネルーロウ・ファーティウスという魔導師でしょう。

 理由はいろいろとありますが、あなたは知らずとも良いでしょう。

 それよりも、気をつけるべきは内なる敵。彼に協力した司書たちの事です。

 追い詰められた彼が逆恨みして、司書達に計画を狂わせたあなたを殺すよう命じるかもしれません。


(おいおいおい!!) 

綺麗な手紙でさらっと命の危機を告白された!!

魔導師なんかに関わるんじゃなかったと今更ながらに後悔する。

 

 残念ながら、彼に関わる司書の事はわからなかったのですが、彼はここ半年ほど前から何度も、チューリに出入りしていたそうです。

 そして、気になるのが、その際に誰ぞの使いで化粧品や香水を持ち歩いていた事。

 言いたい事はわかりますね?ユーリ。

 香水の匂いと偽物に気をつけなさい。

 わたしもどうにかして早く帰れるようにしますから、あと二日、無事でいなさい。

 

 P.S

 学校を休んでいた間の事は心配いりません。学部長や先生方に頼んで手を打ってあります。

 学生の本分を忘れずに。 けして無理はしないように。

                                   エリアーゼ〉」



読み終わったユーリは天井を仰ぎ見た。 

(どー気をつければ良いっていうのさ……)


むしろ、現場に居ずして今回の事件の黒幕を調べ上げたエリアーゼに驚きである。

それとも、エリアーゼが気づくほど、アイギス魔導師が不審な行動をしていたという事なのだろうか?


(ん~、わからん……)


借り出した本を両腕に抱えて持ちながら、一般図書階二階の学習室に向かう。

学校を休んでいる間の出席日数と授業をレポートで補えるのは良いが、面倒と言えば面倒だし、大変だ。

魔導師のなんやらかんやらに付き合う暇はない。


(とりあえず、事件の事は魔導師に任せて、あたしは学生の本分を果たせばいいか)


 ……考えるのが面倒になって、丸投げしたわけである。


学習室は半個室状態になっている机と椅子が整然と並ぶ部屋だ。

学習室の扉と学習室の奥に配置してある柱時計に動物を象った意匠が施されているため、その意匠に関した名称で呼ばれる。

例えば、いまユーリがいるのは双頭の鷲が柱時計に君臨する『鷲の学習室』。

一般図書階に数ある学習室の中で一番不人気な学習室である。

理由は王立学院図書館の奇っ怪な噂のせいである。


曰く

・学習室で居眠りをすると双頭の鷲に狙われる。


(大げさな……)

噂の真偽はともかく、いつでもここは空いているので空いている机を探して動き回らずに済むのは楽だ。


「あ、エンブレム落としてる」

本を机の上に置いたユーリは胸ポケットに付いているはずのエンブレムの不在に気付いた。


(あ~、あの時に落としたかな?)

脳裏に梯子の上で足を滑らせた光景が浮かぶ。

(取りに行ってくるか~)

面倒臭そうにユーリは溜息をついて立ち上がった。


埃が立たないように特別に作られた深い色の絨毯の上に、セフィールド学術院の普通科を示すエンブレムが転がっていた。


「あ~、あったあった」

(エンブレムの再発行してもらうの面倒なんだよねえ)


身分証明書でもあるため、コレがないと授業を受けるために面倒な手続きをするはめになる。

そんな面倒は勘弁と、ユーリは手元に戻って来たエンブレムをきちんと着け直した。


「ん?げっ!?」

資料階から出ようと本棚の迷路から抜け出す直前で、ユーリは慌てて本棚の影にへばりついた。

ユーリの視線の先には本棚を背に向かい合う男女。

黒縁眼鏡をかけた小太りの中年男性が髪の長い女性と立っている。


(副館長!?何でこんな所に?)


動くとぷるるんっと震えそうな下っ腹と神経質そうな顔を見たユーリはこそこそと本棚の影に隠れた。

副館長は普段からユーリに難癖をつけながらも、色々とこき使ってくる。

仕事は休みでも、今日の様に授業に必要な資料を集めに来ていたとしても、図書館で奴に見つかるとどうでもいい雑用から、他の司書のミスの尻拭いまで無駄に働かされてしまう。


(今日という今日は勘弁してよね!!)


ただでさえ理不尽な理由で命の危機にさらされているのに、先生方からレポート提出も命じられている。

副館長の難癖に付き合う暇はないのだ。


(ん?)

いそいそと別ルートからの脱出しようとしたユーリは、甘い花のような匂いに気付いて立ち止った。


「本の借り出しをここでしていますから、まだ遠くには行っていないと思います」


(この声は……)

鼻に付くほど甘ったるい香りに似合う、高く甘ったるい声にユーリは聞き覚えがあった。

ユーリはそうっと彼らのいる本棚に近づき、覗き見た。

窓から夕陽が差し込み、絨毯の上に長く伸びる暗い二つの影。

赤い光を浴びているのは、華奢な体躯に似合う可憐なワンピースを纏う女性。

ドレスと言っても通用しそうな服を纏い、鳥の雛のようにふわふわした髪と愛らしさが強調されるような化粧が施された顔には見覚えがあった。


(やっぱりエイリーか……)

アヴィリスが来た初日に助けだした時と同じ匂いだったため、気になったのだ。


(それにしても、なんでエイリーがここに?)

エイリーは没落したとはいえ貴族の娘。

ご多分に洩れず、彼女も労働に意欲的ではないタイプなので『埃っぽくて辛気臭い』という理由で一般図書階の資料階に来て仕事をする姿を見た事はないし、この先永久に見る事はないとユーリは思っていた。


(しかも、副館長と一緒?)

エイリーの対面で立っているのは黒縁眼鏡の中年男。

ミリアリアやセイラ達と『気持ち悪い』やら『無能』やら副館長の陰口を嬉々として言いまくっているエイリーが、何故当の副館長と一緒にいるのか。


「しかし、件の司書はいないじゃないか」


(は?)


副館長の口から、聞き慣れない声が聞こえた。

若々しい、けれど居高な口調の声が副館長の丁寧に整えられたちょび髭の下に鎮座する唇から出た。

その事に気付いたのか、副館長が顔をしかめる。


「くそっ、この図書館。魔導が使いづらい」

副館長が自分の手を見下ろして苦々しく吐き捨てた。

上質な絹布のように張りのある綺麗な肌に包まれた細い手が、副館長の手首から出て来ている。

顔や腹がたぷたぷしていて、肌もくすんでたるんでいるのに、手だけが綺麗なのは異常。というか、気持ち悪い。


(てゆーか、魔導って……)


(<魔導師は変幻魔導に優れた魔導師で……>)

(『偽物と香水に気をつけなさい』)


『始まりの叡智』とエリアーゼの手紙が知らせた情報が脳裏に浮かぶ。


(めっちゃストライクじゃん。つーか、あの陰険魔導師何しに王都に行ったわけ?あんたの標的はココにいるっつーの!!)


ひとしきり本棚の影でアヴィリス魔導師に文句を言っていると、二人が動き出した。

ひょいっと覗いてみると、副館長姿の魔導師(?)が閲覧席の机の上で何かを描いている。


「アイギス様。それは?」

「捜索の魔導を使う。図書館のどこかにいるならすぐわかる」


(げっ!?)


二人の会話と詠唱を聞いたユーリは慌てて立ち上がった。

図書館内には魔導をうまく使えないように細工がしてある。

しかし、一般図書階は魔導に対する細工がゆるい。

もちろん、細工がないわけではないから、ここで魔導を使うと膨大な量の魔力を消費することになるし、あのニセ副館長のように魔導がきちんと発動しない事が多い。

けれど、いま、ユーリは彼らにあまりにも近い場所にいる。

捜索の魔導がどう発現するかわからないが、一瞬でも居場所を示されたら捕まってしまう。


詠唱が終わった瞬間。


ユーリの近くで光がはじけた。

「わっ!?」

驚いて声をあげてしまった。


「こっちだ!!」


(げっ!!)


走ってくる足音と声。

なりふり構わず走り出したユーリが一瞬だけ振り返る。

貴族らしい華美な服を夕陽の赤に染めた一組の男女が、獣のようにぎらついた目をしてユーリを見ていた。


ちょっと書き直しました。(六月十二日)

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