1P 始まりは蜜のお誘い
主人公の過去バナです。
読まなくても、多分、大丈夫?
あの日、あたしは交通事故に遭った。
雨のせいですごく見通しが悪くて、寒かった。日は落ちていないはずなのにすごく暗くて、早く帰りたくて点滅している信号を見ながら横断歩道を走っていたら、いきなり横からすごい衝撃が来て、車だ、と思った時にはもう目の前が真っ暗で、どこかでどすんという低い音を聞いた。
そして、気づいたら鏡の前でちょこんと座っている女の赤ちゃんがいた。
その赤ちゃんが自分ということに気づくのに数分、捕まり立ちから脱出できた頃にようやく現実を認めた。
と、いうより開き直って第二の人生を歩むことにしたのだ。
さて、元地球産日本人であるあたし、柴崎 由利は現在ユーリ・トレス・マルグリットといい、ザラート王国のマルグリット子爵家の第3子にして長女をやっている。
マルグリット家には父一人、母一人、王都で何かしているらしい伯父と兄二人、弟二人と妹二人の大家族。
日本では一人っ子だったからにぎやかで楽しかったのだが、今は親元を離れて学問と魔導の街チューリにいる。
身元確認は厳重だが、学問を志す者に関して懐が広いチューリは、学力と学びたい分野に応じて学校が選べる。つまり、学ぶ気持ちとある程度の読み書きができれば入学に貴賎が問われない。
学費だって奨学金制度があるし、学生用のアルバイトだってある。
それを知ったあたしはがんばって勉強して入学金が一番安くて学生用のアルバイトと奨学金が充実している学校、セフィールド学術院、通称『学院』に入学した。
爵位は『じー様のじー様がたまたま何かの拍子に王様助けて、くれるって言うから貰っといた』程度のものだし、優秀な兄二人と弟妹には学費がかかるし、育ち盛りの弟、一番下の妹は体が弱いしで、家計が火に包まれるのは遅くないことが目に見えていたのだ。
そのため、あたしは初等部入学とともにアルバイトを始めた。
『知識の塔』、『賢者の迷宮』と呼ばれるセフィールド学術院敷地内にある王立学院図書館の見習い司書として。
仕事は覚えることが多く、大変だったけれど、それはまあ置いといて。
働き始めてしばらくしてあたしが住んでいたアパートがなくなった。
大家のおばあちゃんがバカンスで息子夫婦のもとに行っている間にぽっくり天に召されたのだ。
お空のお星になった働き者で優しいおばあちゃんとは違い、息子夫婦は守銭奴のような人たちで、家賃を安くしてもらっていたお金のない店子たちを追い出した。
折しも入学前の入居ラッシュの時期、仕送りが乏しいあたしは住む場所が見つからず、仕方なく図書館に逃げ込んだ。
司書見習い、つまり下っ端のあたしは何かと年上の司書たちに使われることが多くて、図書館中を走り回るうちにちょっとした隠し部屋を見つけていて、とりあえずそこで二三日暮した。
ご飯は学食で食べればよし、お風呂はちょっと物足りないけど運動系のクラブ活動をしている学生用にあるシャワールームを使えばいい。
そんな風に図書館を中心に暮していると、ふと探検心がわいた。
『ここ以外にも隠し部屋があるんじゃない?』
その予想はどんぴしゃで大当たりだった。
司書たちや利用者がいなくなるのを見計らって図書館を探検しまわるうちに最上階に植物園があることを発見した。
そのうえ、植物園の奥には丸太を組んだカントリー調のログハウスまであった。
ログハウスはちょっと荒れていたし、植物園は雑草でジャングルじみていたけれど、広いし綺麗だし、何よりログハウスには猫足の白い湯船があったのだ。
あたしはそれを見て決意した。ここに住むことを。
そして、住み始めて一週間。
「あらぁ?あなた、見習い司書のユーリさん?」
おっとり口調と垂れ気味のエメラルドみたいな目と目尻の泣きぼくろが実に色っぽい、金髪巨乳の王立学院図書館の女館長エリアーゼさんに見つかった。
「ん~、もしかして、あなた。ここに住んでますぅ?」
あたしはその場で正座してここに至るまでの経緯を語り、アパートが見つかるまでここに泊めて欲しいと訴えた。
うん、今なら言える。
もし、何かの拍子にあの日に戻れるなら、あたしは自分に涙ながらに訴えただろう『早まるな』と。
しかし、純真無垢だったあの頃には帰れない。
「別に、あなたを叱りませんよぉ?」
エリアーゼが今すぐ出て行けと怒鳴るに違いないと身を縮めていたあたしはにっこりと微笑するエリアーゼにきょとんと眼を丸くした。
「ここに住んでもいいということですよぉ?」
喜びに顔をほころばせるあたしに、エリアーゼはにっこりと告げた。
「ただし、条件付きです」
そう、世の中うまい話には猛毒が仕込まれているのだ。
はい。ユーリさん捕獲されました~。
いつか短編でユーリさんの司書見習い時代書く?かな?




