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迷子の魔導書と王都の魔導師  作者: 藤本 天
16/29

15P事前確認は大事


翌日。


ユーリは寝不足の目を擦りながら、開館前の門前掃除をしていた。

魔導書たちから聞いた事が消化不良を起こしたように、ぐるぐると頭を回っている。


アヴィリスの立場、王都から観光目的で来ている魔導師と彼が作った魔導書の事。

そして、知りたくもなかった学内裏事情。


(どうしたもんかなぁ)


ユーリは掃き集めたごみを集め、あくびをする。 



ふと、魔導馬車の姿を見つけてユーリは顔を上げる。

アヴィリスが来たのだろうか?

しかし、魔導馬車に乗っている人物を見たユーリは目を丸くする。


「アリナ?」


魔導馬車に乗っていたのは黄金のような波打つ金髪を持つ少女が魔導馬車の中で身を縮めるように座っている。

昨日の今日で、一体どうしたのか。

魔導馬車から降りたアリナのいつもは勝気な青い目にいつもの光はなく、沈んでいる。


「おはよう。アリナ、どうしたの?」


「ユーリ」


いつもは貴族然とした品と威厳のある声まで覇気がない。

一体どうしたのか、アリナを見つめると、彼女は紫色の布に包まれた何かを持っている。


「魔導書が。借りていたルキアルレス著の『ルキアルレスの占星魔導』書が壊れてしまったんですの」


「え?」


ユーリはアリナが持っている紫色の布包みを受け取る。

布包みは袋状になっていて、丁寧に折られた袋口を開けると、ページが表紙から外れかけた魔導書が確かに入っていた。

アリナの話によると魔導書を持って少しばかり移動しようとしたところ、魔導書を落とし、バラバラにしてしまったらしい。


「復元魔導も効きませんし、もう、どうしていいやら」


アリナの細く、白い花のような両手が胸の前で強く握り締められて色を失っている。

その白い手に少し荒れたよく日焼けした健康的な色の手が重なる。

顔を上げたアリナにユーリが微笑みかけていた。


「大丈夫だよ、アリナ。図書館の魔導書には魔導が効かない細工がしてあるから魔導が効かなかっただけ。修繕にちょっと変わった方法が必要になるんだけど、大丈夫。元に戻るよ」


泣き出しそうなアリナにそう告げて、慰めるように手を握る。

アリナはようやくほっとしたような笑顔を見せた。

アリナと軽く話をした後、魔導馬車を見送ったユーリは箒を放り出した。




(まずい、まずい、まずい!!)


ユーリは一直線に大ホールの大階段を駆け抜け、魔導階の扉を叩き開ける。

魔導階に着いたユーリは、マナー違反承知で魔導階を走り、抜け道を駆け回って家を目指す。

破損した魔導書はとても不安定で、魔力の暴走を起こしやすい。

一般公開されている魔導書以上の魔導書は、ページが一枚折れ曲がっただけ、ちょっと破けただけでも即修繕室行きだ。

アリナのところで魔導書の魔力が暴走しなかったのは幸運以外のなんでもない。

本来なら、この魔導書を持って修繕室に駆け込みたいが、魔導書用の修繕室も壊れて工事中だ。


(よりにもよって、こんなときに!!)


ユーリはタペストリーの影から這い出て溜息を吐く。

魔導階にも結界の張れる場所があるし、修繕用の道具がある。

けれど、ページが表紙から離れかかるほどの破損を起こした『一級魔導書』を封じ込めて安定させるには魔導階の設備は心許ない。

それに、『禁制魔導書』たちとは違い、自我は無いがそれなりの魔力のある『一級魔導書』、『一級危険魔導書』達にこの魔導書を近づけたくない。


自我が無いが故に『一級魔導書』、『一級危険魔導書』達は魔力に引き込まれやすい。

もし、この魔導書が魔力を暴走したら、『一級魔導書』、『一級危険魔導書』達まで暴走してしまう。

修繕室と魔導階以外で魔導書の魔力を封印できる設備があるのは最上階の植物園だけだ。


(はやく!!)




最上階の植物園の芝生がようやく見えるころには、ユーリの足は生まれたての小鹿のものより震えていた。

自宅最短距離、最短帰宅時間の記録を更新したせいだ。

頭はパンクしそうだし、息が上がって辛い。

しかし、歩みを止めるわけにいかない。


(急がないと!!)


気力だけで足を前に踏み出したユーリは、階段の最後の段を踏み外して芝生の上に派手にこけた。


「ああっ!!」


その途端、紫の布袋から魔導書がこぼれて落ちる。

芝生の上に魔導書が散らばった。

思わず、ユーリは目を閉じて体を伏せる。




しかし、

 ……――ピー、ちちちちちちっ

  さわ、さわさわさわ……


「?」


いつまでたっても、魔力の暴走は感じられない。


「なんで?」


顔を上げると芝生の上でぽつんとバラバラの魔導書と品のいい布袋が転がっている。


「それは、こっちの台詞だ」


上から声が降りてきた。


驚いて顔を上げると、藍色の髪の美丈夫が上衣を肩にかけ、シャツとズボンとブーツのみの軽装でユーリより一段下の階段にたって、ユーリを見下ろしていた。

ユーリについて走ってきていたのか、その麗しい美貌に汗が浮き、息が少し荒い。


「な、なんでっ!?」


出来る事なら今すぐ立ち上がって、アヴィリスから離れたいが、がくがく震える足では満足に立ち上がることもできない。


膝丈のスカートの下で編み上げブーツに包まれた足が面白いほど震えているのを見たアヴィリスはとりあえずユーリを持ち上げて芝生の上に座らせた。


「何でここにいるの?」


「ああ、図書館に着いたら、お前が血相を変えて走っていくのが見えてな、呼び止めようと追いかけていたらここに着いた」


首元のタイとシャツを緩めながら、魔導師は事も無げに言う。

きっと、途中で声をかけるのをやめて、ユーリにこっそりついてきたんだろう。


(これからは、後ろに気をつけておうちに帰ろう)


心の中でそう誓ったユーリは芝生の上に転がる魔導書に気づく。


「ま、魔導書が!!魔力が暴走しちゃう!!」


立ち上がろうとしたユーリは派手に転ぶ。


「おい、大丈夫じゃ……ないな」


手を貸そうとしたアヴィリスをさえぎって、ユーリは言う。


「あの魔導書を早く噴水にもって行かないと!!」

「噴水?」


アヴィリスが首をめぐらせると、野原をイメージした芝生庭園の奥に、生垣があり、その上の辺りで水が跳ねているのが見えた。


「あれか」


アヴィリスがつぶやき、振り返る。


「噴水の水を吐いている獅子像には魔力を封じ込める魔導がかけられているんです!!あの中に魔導書を入れないと!!」


ユーリの顔は緊張と緊迫で張り詰めていた。


しかし、


植物園入り口の階段の手すりに摑まって立つ姿は初めて掴まり立ちに成功した赤子の様。

生まれたての小鹿か?と思うほどに足は震え、腰が不自然に曲がっている。


貴族の娘ならば縁談話が一つ二つ舞い込んでくるはずの年頃の娘なのに、実に無残な格好だ。


本人の必死さがわかるだけに、………………笑えてくる。


「……抱えてやるから、無理をするな。…………やめてくれ」


笑いを必死で堪えながら、立っているのもやっとな少女を腕に抱える。


「わわっ!!あ、歩きますよ!!アヴィリスさん!!」


「そういう減らず口は足の震えを止めてから言え。……いいから、摑まっていろ」


ぐんっと近くなったアヴィリスの美貌に、ユーリは無性に気恥ずかしくなる。


「魔導書というのは、これか?」


「はい。それです!!」


ひょいっとその魔導書を拾い上げたアヴィリスは表情を曇らせる。


「ルキアルレスが占星魔導書を書いたのか?」


「お知り合いですか?」


「知り合いというか、同じ時期に宮廷魔導師になった奴だ」


彼はユーリを芝生の上に下ろし、魔導書のページを拾う。


魔導書のページを拾うアヴィリスの顔がしかめられる。


「間違いだらけだな」

「え?」


「星座の見方からして根本的に間違えている。この方法ではどんなに頑張っても星の魔導は使えない」

「そう、なんですか?」


(やっぱり?)


禁制魔導書達の意見はやはり正しかったらしい。

アヴィリスが解説する小難しい理論はさっぱりわからないが、現役魔導師が顔をしかめて罵りたくなるほどダメな魔導書だということだ。


(じゃあ、何でこの魔導書は一級魔導書に劣らない魔力を持ってるの?)


間違った理論から魔導は生まれないなら、魔導の源である魔力がどうして宿っているのか。

そもそも、


(どうして、魔導書の魔力が全然暴走しないの?)


魔導書が暴走する前の空気が震えるような、あの感覚が全くやってこない。

ユーリが壊れた魔導書を見ているとアヴィリスと目が合う。


「どうして、こんな魔導書が公開されているんだ?」


「さあ?そんなの知らないけど……、三ヶ月くらい前からある魔導書だと思うよ?」


そう言うと、アヴィリスの表情がすうっと無くなった。

無表情になったアヴィリスは魔導書の表紙を眺め、魔導書の表紙を覆う青い革に切れ目を見つけた。

アヴィリスが魔導書のページの暴走時に大活躍したナイフを出した。


「あの、そのナイフで、何を……」


そして、


「ああーっ!!」


アヴィリスは一瞬の躊躇もなく表紙の青い革を剥いだ。


「何してくれてんの!!あんた!!大事な魔導書が!!」


ぎゃいぎゃい騒ぐユーリを尻目に、アヴィリスは無表情で青い革を刻んでいく。



「…………あったぞ」


「はい?」

涙目になったユーリの目の前で、青い表紙だった魔導書の下から濃い臙脂色の革の表紙が現れる。


(何で、魔導書の表紙の下に違う表紙が?)



「俺の探していた、魔導書の表紙がこれだ」



「そ……」


 ――……ぞわり


背中を寒気が駆け上がり、肌がピリピリと震える。


空気が重い。


喉が干上がったように渇き、心臓が泣きわめくように鳴る。


先ほどまで風に戯れていた草木の音もしない。


この感覚を、ユーリは知っている。


「魔力が、乱れている?」


アヴィリスがあたりを見回して呆然と呟く。


ユーリはふと、アヴィリスに破り取られた青い革の元表紙の裏に魔導文字や円陣が描かれていることに気付いた。


「アヴィリスさん、この青い革の裏に書いてある魔導陣、何かなぁ」


「封印の魔導陣だな。おそらく、この表紙の魔力を封印していたんだろう」



封印。



その一言にユーリは顔をひきつらせる。

そして、ふと、ガタゴトとおかしな音がすることに気付いた。



「あれは」


小さな、日本で言うA4サイズの大きさのトランクが階段の手すりの近くでガタゴトと暴れている。

まるで、あの中に何かの生き物が動き回っているかのようだ。


「あの中に何か飼ってる?アヴィリスさん?」


色を無くした顔で、あり得ないことを期待を込めて訊いてみる。


「あのトランクの中には魔導書のページを保管している」


希望はあっさりと叩き伏せられた。


「ば」


「ば?」


おかしな声を上げたユーリにアヴィリスは首を傾げる。


「ば、ば、ばばっ」


「婆?」


俯いていたユーリがくわっと顔を上げた。


「馬鹿ーっ!!」

「は?」

「馬鹿!!バカバカバカ!!大馬鹿魔導師!!」

「は?なっ!?」


ムッと見下ろしたユーリは半泣きでアヴィリスに詰め寄った。


「壊れた魔導書のページをろくに封印もせずに置いておくなんて何考えてるの!!壊れちゃった魔導書はむちゃくちゃ不安定で、魔力が暴走しやすいんだってば!!」


「あ」


アヴィリスが呆けたようにポンっと手を打つ。


そう言えば、そうだった。


とでも言いそうな行動にユーリはキレた。


「あたしの家が壊れたら弁償してもらうんだからね!?」


「は?家?……ここに住んでるのか!?」


ぎょっと目を見張った魔導師を遮り、ユーリの悲鳴が響いた。


「いやあああっ!!トランクが開くうううううっ!!」


「まずい」


アヴィリスが即席の魔導陣をトランクに描くが、それを拒むようにトランクが輝く。



呼応するように表紙が強く光る。



それに乗ずるように魔力がうねり、放電する。


(間に合わない!!)


何の防御を持たずにただ佇んでいる少女に駆け寄り、アヴィリスは防御陣を展開しようとする。

息苦しい空気の中、強い光が王立学院図書館の最上階秘密の植物園を飲み込み……。




 歌が、響いた。



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