13P魔導書たちの矜持
魔導書たちのおしゃべりタイムです。
二話連続です。
若干、差別的な表現が入ってしまいます。
<ふむ、しかし、調べた魔導書の中にめぼしい魔導書はなかった。と>
ユーリは今日も『禁制魔導書』階に来ていた。
と、言うよりもばら撒いていた魔導書たちを回収し、元の棚に戻しに来たのだ。
幸い、魔導書たちは一冊も欠けることなく本棚に戻ってこれた。
「うん。まぁね」
ユーリは少し残念そうに溜息を吐く。
結局、魔導師が一覧に書き記した魔導書からめぼしい魔導書は見つからなかった。
とりあえず、また明日、今日調べ切れなかった分の魔導書を調べることになったのだが、ユーリの表情は明るい。
「でも!!図書館中に散らばっていた魔導書のページはもうなくなったんでしょ?魔導書を元に戻すのに必要な分の魔導書のページも集まったみたいだし、後は表紙を見つけるだけ!!」
ユーリはうう~んと背伸びをしてふかふかのソファに倒れこむ。
図書館中を走り回って疲れたことには疲れたが、達成感もある。
「司書としてやることはやったし、後は魔導師さんががんばってくれるでしょ~」
のほほ~んとソファの上でユーリはのんびりする。
一方、魔導書たちは二日間見聞きして集めてきた話を留守番をしていた魔導書たちに披露していた。
<あの魔導師は四年前に終結した戦争で“純白の魔王”と呼ばれた隣国の大魔導師を破った“英雄”だそうだ>
それを皮切りに、魔導書達はアヴィリス魔導師と、彼を取り巻くお家事情に興味深々で話し始めた。
アヴィリスは入学試験が難しく、選ばれた人間しか入学できないとされる王立魔導学術院にストレート合格して、類稀なる才能でもって飛び級に飛び級を重ねてたった五年で王立魔導学術院を卒業。
当時王都で一番の宮廷魔導師オリヴァー・クエロ=アルス・ネルーロウ師の二番弟子として、王都で暮らし、軍に入り、二十歳そこそこで魔導専門の一個師団の長を勤め上げていた。
そして、終戦後から宮廷魔導師として王に仕えているらしい。
<そのせいで宮廷魔導師としてはずいぶん浮いているらしいねぇ>
「軍属だった魔導師が宮廷魔導師になるのっておかしいの?」
何故?と首を傾げるユーリに魔導書達が知識を披露してくれた。
魔導師にとって、魔導は『世界の真理』へ繋がる道標であり、『崇高なる知識』の欠片でもある。
それを『万人のため』に使うのではなく、万人を傷つける戦争に使う『軍属』魔導師は魔導師達にとって嫌悪の対象らしい。
特に魔導を『崇高なる』モノとしている貴族出身の魔導師や、王の御許で魔導の研究を許された宮廷魔導師にはその傾向が強い。……らしい。
それゆえに、魔導師たちは『軍属』の魔導師を、『堕落した蛇』と呼ぶ。
「……」
なんだか、胸の奥にずんっと鉛のようなものが圧し掛かった気分だ。
国を守って、魔導を使った魔導師がそのような蔑称を使われているなんて知りたくなかった。
しかし、魔導書たちは俄然あのアヴィリス魔導師と彼を取り巻く周囲とその背景に夢中だ。
<あの魔導師は親に幼いころに捨てられ、王立魔導学院に入るまでの出自が知れないらしねぇ>
<ああ、その話は私も聞いた。そのせいで何かとやっかみも多いそうだ>
<と、言うことは今回魔導書をバラバラにした奴は、魔導師に恨みを持ってるやつか>
魔導書達がちょっと黙る。
<おれが聞いた話だと、貴族出身でちょうど同じ時期に魔導師になった魔導師たちが何人かいるらしい>
魔導書達が次々にあげる魔導師の名の中にはアヴィリスから頼まれて探した魔導書の著者と同じ名がいくつも出てきた。
アヴィリスはアヴィリスで自分の立場を重々承知していたらしい。
<兄弟子や弟弟子たちもあの魔導師を面白く思っていないわな~>
<いや、魔導師たちからの噂によると、弟子たちの仲は悪くないらしい>
<ふん。そりゃあ、人目のあるところでは仲良くせざるを得ないだろうさ。師匠の面目を潰す様な事、弟子がするはずないじゃないさ>
<そういえば、王都から1人魔導師が来ているらしいぞ?>
アヴィリスの事ではなく、別に観光目的で王都から魔導師が来ていることを魔導師たちが噂し合っていたらしい。
<なんでも、見目のいい好青年らしいな。振る舞いが貴族らしくて、いい男ぶりだったらしい。名前は、る、る、ルキアルレス>
<ルキアルレスとはあのへんてこ魔導書を書いた魔導師だったなぁ>
<ああ、そういえば、そうだったね>
<そういえば、近頃あれの気配は感じないが、どうしてるんだい?>
「あの魔導書なら『一級魔導書』階に置く事になって、いまはアリナが借りてるよ」
<アリナが?あの娘は確かセイス師の弟子だろう?占星系の魔導は分野違いじゃないか?>
<あの娘はもっぱら四大元素からなる魔力、特に火炎系の魔導の利用を得意としておったはずだろう?『一級魔導書』からの情報だ。間違いは無い>
『禁制魔導書』クラスの魔導書になると、ある程度高い魔力を持った魔導書と意思の疎通ができるらしい。
きっと、『一級魔導書』達からユーリの友人であるアリナのことも聞いたのだろう。
「うん。分野違いで、アリナは占星系の魔導はほとんど使えないし、精度も悪いみたいなんだけど」
アリナは占いが大好きだ。
「『星が過去を、未来を知っている。その叡智を手に入れる法なんて神秘的で素敵』なんだって」
<まあた、メルヘンな>
<貴族の小娘は夢見がちだな。そんなんじゃあ『世界の真理』に到達できないぞ>
「あんたたちも充分メルヘンな存在だけどね」
鼻で笑う魔導書達にユーリはムッと言い返した。
<あ~んな魔導書のどこがいいんじゃ?>
<魔導師の顔がよかったんじゃねぇか?おれを作った魔導師なんか残念な顔だったもんだから、魔導書が売れなくてなぁ。それで、一発逆転目指して媚薬研究に没頭してた時期があったな。『王国中の女を侍らせてハーレムの魔導王になる!!』て>
「それは、顔うんぬんより魔導師の性格に難があるんじゃない?つか、そんな馬鹿なこと言う魔導師が作った魔導書が何でここにあるの!?あんたたちの魔導師って本当に歴代最高の魔導師だったわけ!?」
<魔導師にも、イロイロあったんじゃ>
「あんたら作った魔導師たち、むちゃくちゃイロモノぞろいじゃない!!幼女趣味とか恐妻家とか!!」
<幼女趣味言うな!!あいつはか~いらし~い男の子も大好きだったぞ!!>
「余計悪いわ!!」
<節操無いのはよくないぞ。ワシを作った魔導師は綺麗で可憐な男の弟子をそれはもうたっぷり囲っ…>
「やめてくれない!?この話はやめてくれない!?あたしまだ15歳だから!!18歳以上になってからにしない!?」
ユーリがわめくと魔導書達は不満げに黙った。
<しかし、あの魔導書を作った魔導師より我らを作った魔導師のほうが優れておるのは確かじゃぞ?ユーリや>
しんっと静まった部屋にその声がぽつりと響く。
ユーリは、ハッと周りの魔導書達を見まわす。
魔導書達は静かにユーリを見下ろしていた。
威厳。
そして、矜持。
魔導書達はどれほど自分を作った魔導師がイロモノだろうと、自分を作った魔導師に並々ならぬ誇りを持っている。
だから、けして妥協しない。
どれほど魔導師が変わりモノでも、胸を張って自分を作った魔導師を語る。
<そうだ!!あんなモノ作って世に出すなど、よほど気が狂った魔導師しかあり得ん!!>
<あの魔導書は、魔導書などではない!!>
同意する声がいたるところから聞こえる。
新しく入ってきた『一級魔導書』をここまで魔導書達が嫌うのは珍しい。
魔導書たちは魔力の強い魔導書に一定の敬意を払う。
けれど、ルキアルレスの魔導書は始めから、魔導書たちに嫌悪されていた。
(どう、して?)
魔導書達は口々に言う。
<あれは、魔導書の形を被ったまがいものだ!!>