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迷子の魔導書と王都の魔導師  作者: 藤本 天
13/29

12P赤点のテストの隠し場所

一般図書階は本棚で出来た迷路だ。


部屋の内装自体はそれなりに品よく、居心地がよい様に整えられているにかかわらず、専門階や魔導階と

並ぶ異様さで利用者たちを圧巻する。


しかし、今日は利用者もなく、図書館はがらんと静まっている。


「ユーリ」


昼食を終え、図書館に戻ったユーリは名前を呼ばれて立ち止まる。

図書館の門の前に女学生が四人いた。


「なんだ。アリナとフィーナ、それにセリーズとマイ。どうしたの?」


いいながら、ユーリはほっと息を吐く。


「セリーズとマイからユーリが学術院を休んでるって聞いたから来てみたよ」


フィーナがフレームのない眼鏡をちょっと押し上げてユーリを見まわす。

元気そうで良かったよ。とちょっとそっけなく言うフィーナの胸には医療科の生徒であると示す白いエンブレムがかかっている。


「図書館で魔導が暴走したのでしょう?心配していたのよ」


アリナが言うとフィーナの隣からマイとセリーズが顔を出す。


「ねぇねぇ、その事件、宮廷魔導師が解決したって本当!?」


「どんな人!?どんな人!?ねぇ、ねぇ!!」


亜麻色の髪の少女と淡い茶色の髪の少女の興奮した様子でユーリに詰め寄る。


「え?あの、ちょっと、あたしこれから仕事が……」


「その仕事、宮廷魔導師の手伝いだって本当!?」


きらきらと好奇心で輝く目で見つめられ、詰め寄られ、ユーリは口をつぐむ。

普通科でよく同じ授業を受けることのある2人だが、それほど親しいわけではない。

むしろ、真剣に心配してくれているのは他の学科から来たアリナとフィーナだろう。

2人はそれに便乗して、王都から来た宮廷魔導師のことを知りたいらしい。


「ねぇ、どんな人よ~。教えなさいよ~」


視線が険悪になってきた二人にどう対処するか真剣に考えていると、腰のポーチに入れた懐中時計が鳴った。



『ユーリ、来てくれないか?少し訊きたいことがある』


「はい」


アヴィリスの声に短く応えたユーリは四人に向き直った。


「ごめん。仕事に行かないといけないから、今日はこれで……。心配してくれてありがとう」


「ええ!?待ってよ~。宮廷魔導師様のこと教えてよ!!」


「すっごい美人なんでしょ!!どんな人!?」


ユーリの進路を塞ぐように立った二人にとうとう、アリナの我慢が切れた。


「あなたたち。いい加減になさいな。ユーリは仕事中だとわからないの!?」


貴族然とした物言いにセリーズとマイが不満げに黙る。


「あんた達、本を返しに来たんじゃなかったっけ」


フィーナに指摘された二人はユーリに持っていた本を渡す。


「はい。確かに、一般図書階に返しておくね。今日は心配してくれてありがとう」

ユーリは二人に向かってにこやかに笑い、アリナとフィーナの横を通り抜ける際、


「ありがとう。助かったよ」


そう言って、セリーズやマイに向けた笑みとは違う、安堵したような笑みを授けて図書館の本棚の中に消えた。


「いつも通りみたいだね」

「ええ、本当に」


少しばかり呆れた様にアリナは溜息を吐き、ぶつぶつ文句を垂れるセリーズとマイを睨みつける。

アリナの吊り上がった眼力に二人は縮こまって図書館を去っていく。


「『あたしたちもユーリが心配だもん』はやはりウソでしたか」

「あはは、困ったもんだねぇ」


暢気に笑うフィーナをアリナが不満げに見下ろす。

小柄な医療科の女学生は苦笑しながら、ひとつに結わえた真っ直ぐな赤髪を耳にかける。


「三年前の戦争で“純白の魔王”って呼ばれた隣国の大魔導師を破った“英雄”アヴィリス・ツヴァイ=ネルーロウ・スフォルツィア。会ってみたいって思う気持ちはわかるよ」


でしょう?と訊き返されてアリナはそっぽを向く。


「ユーリは元気そうでしたし、私たちも行きますわよ」


貴族らしい毅然とした足取りで前を行くアリナをフィーナが肩をすくめて続く。

学生である二人は今日は図書館の中に入ることはできない。



王立学院図書館の門の前には『休館日』と看板が立っていた。




アヴィリスは魔導階のカウンター内で入荷した魔導書の一覧を見ていた。

ユーリからの提案で、ユーリと司書たちが魔導書のページの捜索、アヴィリスは表紙の捜索をするよう二手に分けることにした。


王立学院図書館は迷路のように入り組み、広大だ。魔導師とはいえ、なにも知らない人にうろうろされて迷子になられるのは困る。ということらしい。


若干、蚊帳の外に押し出された気がしないでもないが、しかたがない。


実際、司書たちはよく働いてくれていて、いくつかの魔導書のページを探し出してくれた。

昨日よりはるかに早いペースで魔導書のページが集まってくる。


(本当に能力に差があるらしいな)


ちらりと顔を上げると、その視線の先に魔導階の本棚を引き出し、丁寧に魔導書の整理を行う老司書がいた。


今日、魔導階でユーリから紹介されたギズーノン・ドライ・セル・ベルツという老紳士だ。


彼は実に的確にアヴィリスの質問に答え、必要な資料を集めてくれた。

アヴィリスの魔導書が紛失した日から、この王立学院図書館に入荷した魔導書一覧もギズーノン司書が集めてくれたもので、本当に助かっている。


(表紙が見つからなかったら、本当に魔導書は元に戻らないだろうな)


もはや決定された悪夢を見ないようにしながら、希望の綱たる一覧を見つめる。

隠し部屋や隠し通路が多いこの図書館で、たった一冊の魔導書の表紙を隠すことくらい簡単だろう。


(それにしては、魔導書のページはすぐに見つかったが……)


ふと、アヴィリスは足元の小さなトランクを見下ろす。

魔導書をバラバラにして一枚ずつ隠すのは簡単だっただろう。

なにしろ広大な王立学院図書館だ。その上、隠し部屋がある。

それなのに、魔導書のページを隠した(?)犯人はさっさと捨てられることを願って失敗した。


(魔導書のページを持っていることが怖くなったか?)


それにしては、引っかかる。

怖いなら、魔導書階に隠せばいいだろう。

知識と探求心に飢えまくった魔導師がわんさかやってくる魔導階、魔導書の1ページを魔導師が見つけたら持ち逃げされることは必至だ。

それに、この階には厳重に魔導封じの細工がされてある。

この前の魔導書の事件も、ここでなら起こらなかっただろう。

どうにも、今回のことは司書も1枚噛んでいるようなのだが、それにしてはずいぶんお粗末な隠し方しかしていない気がする。


例えば、あのユーリに魔導書のページを隠されでもしたら、二度と魔導書は元に戻らないと断言できる。


(犯人はそれほどこの図書館に詳しくない?)


「ギズーノン司書」

「はい、何でしょう?」


綺麗な白髪をきちんと撫でつけ、目尻に皺が浮く鳶色の瞳の老紳士は60歳近い老人と思えないきびきびとした歩調でこちらに寄ってくる。


「ここの司書たちはどの程度、図書館に詳しいんだ?」


「どの程度、ですか……」


問うと、きょとんと老司書は目を丸くして考え込む。


「そう、……ですね。大体、専門階、魔導階を走り回る司書はほとんど大体の図書館の仕組みに詳しいですよ」


「魔導書階でも、専門階でも迷うことなく動き回れる。と?」


「ええ、あなたが初日でされたようなことは……」


口を継いで出てしまった言葉にギズーノンは気まずそうに言葉を濁す。


「少しばかり、特殊です」


曖昧な表現で返ってきた言葉にアヴィリスはなるべく無関心を装って問う。


「一般図書階の司書たちは専門階や魔導階の構造に詳しくない。と?」


「………それも一部の司書だけのであると思いたいのが、本音でございますが……」


やけに長い沈黙の後、好々爺な老司書は苦虫を噛み潰したかのように呟く。



「専門階や魔導階の構造が全くわからない司書もいることは確かです」


貴族の家に仕える執事を思わせる美しい所作で嘆かわしげに頭を振るギズーノンをそれ以上問い詰めはせず、アヴィリスはギズーノンから懐中時計を借りてユーリを呼び出す。




「どうしたんですか?アヴィリスさん」


呼ばれた魔導階のバックヤード。

そこの一室でギズーノン司書とアヴィリスが難しい顔で机の上をにらんでいる。

机の上には簡易の図書館の見取り図が載っている。


「これを見てくれ」


示されたのは一般図書階の見取り図。

迷路のように並んだ本棚の間に赤いバッテン印がぽつぽつと記されている。


「この印が見つかった魔導書のページがあった場所」


バックヤードの修繕室にはひときわ大きなバッテン印がされている。

なるほど、とユーリが見取り図を覗き込む。


「あ、ここと、ここにも魔導書のページがありましたよ」


返します。と言いながら、ごそごそと紺色のエプロンから魔導書のページを出す。

渡されたページは司書たちの中でもダントツに多い。

アヴィリスは渡された魔導書の束を見ながら、問う。


「ユーリ、お前一体どうやって魔導書のページを探してるんだ?」

「…………カン?」


魔導書たちに助けてもらってる。なんて言える訳がない。


しかし、隠された魔導書を探すうち、ユーリには大体どこに隠されているのか読めてきた。


「大体、人が入ってこないようなこういう行き止まりの所や、辞書しか置いてないような所とか、人の出入りが少ない所にあるようなんです」


ユーリが指差したところには確かに魔導書のページが見つかっている。


「特に上の方の本棚とか、本棚の上に何枚かピンで留めてありましたよ」


ほら、と指差された魔導書にはピンの跡がついている。


「…………試験で赤点をとった子供じゃあるまいし」


沈痛な表情でギズーノンはこめかみを押さえた。

魔導書と一緒に見つかった赤点の答案用紙は忘れ物を入れる箱の中に入れておいた。

恥ずかしい成績が人々に見られる前に持ち主が見つけてくれることを祈るばかりだ。


一方、試験で赤点など取った事のないアヴィリスだが、ギズーノン司書の言いたいことはわかる気がする。


隠し場所が就学前の子供レベルだ。


「ところで、ユーリ、気になるところがあるだろう?」

「気になる?」


ユーリは地図を見回してみるが、特におかしなところはない。


「どこか、おかしいですか?」

「お前が魔導書のページを隠すとしたら、人目のある一般図書階に隠すか?」


「あ」


ぽんっとユーリが手を打つ。

探すのに夢中で、そこまで考えなかった。

そういえば、今のところ一般図書階以外で魔導書のページは見つかっていない。


「そっか、隠し部屋とかに隠してしまえばいいんですよね。そうしたら永久に見つからないし」


しかし、今回の犯人は一般図書階にしかページをばら撒いていない。

つまり、


「魔導書をバラバラにしたのは間違いなく魔導師だが、ページをばら撒いたのは別の人物で、しかもあまり図書館に詳しくない」


しかも、司書であることは聡明なギズーノン司書は気づいているだろう。

苦い顔のギズーノン司書を見たアヴィリスはユーリに声をかけ、一枚の紙を渡す。


「ここに記されている魔導書を一度調べたい。持ってきてくれるか?」

「お安い御用です」


魔導書探しにようやく日の光がさして見えた。



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