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迷子の魔導書と王都の魔導師  作者: 藤本 天
11/29

10P夜のお茶休憩

ちょっと残酷な描写入ります。

そろそろR15にするべきでしょうか。


その日の夜。


<ふむ、なるほどな。魔導師の探していた魔導書はバラバラに分解されてしまっていたのか>


ユーリは『禁制魔導書』階に来ていた。

今日はお気に入りの紅茶をポットに入れて、マフィンやクッキーを持って。


「そう、だから魔導師はどこに魔導書があるのか分からず、魔導師が呼んでも魔導書は帰ってこなかった」


ユーリは今日の出来事を話しながら、紅茶を口に含む。



魔導書は盗難防止を兼ねて、所有者の魔導師が呼ぶと手元に戻って来るよう、魔導師たちは魔導書に魔導をかける。


『禁制魔導書』階にある『禁制魔導書』のように遠の昔に所有者の魔導師が死んでいたり、魔導書自体が魔導師より強い魔力を持った場合は別だが……。


しかし、今回のようにバラバラに分解されていれば、いくら魔導師が魔導書を呼ぼうともそれも叶わなくなってしまう。



<それで、“迷子”か>


魔導書達が不機嫌そうに黙り込む。


魔導書達は自分たちと同じ魔導書が所有者の下に帰れないほどバラバラにされ、その上この広大な王立学院図書館にばら撒かれたことが気に食わないようだ。


(人間で言ったらバラバラ死体を自分の家に遺棄された気分だよね)


自分の表現に気分が悪くなったユーリは慌てて紅茶をのみ込む。



<天罰だ>


「は?」


物騒な声が聞こえたと思った途端、魔導書達が口々に喋り出す。


<ああ、そうだ!!この王立学院図書館で魔導書をバラバラにするなど、不届きなことをしでかした者に目に物見せてくれよう!!>


そうだ、そうだ、天誅だ!!と口々に賛同する魔導書達にユーリは慌てる。


「待って!!待ってよ、みんな!!暴力は反対だからね!」


<なにぃ!?ユーリ!!お前一応司書のはしくれだろう!?魔導書がどれだけ希少か、お前にはわかっているだろう!?>


<そうだ、良い魔導書は我らの仲間になる可能性もある!!未来ある魔導書をコケにしたものには相応の報いを与えねばならん!!>


「ダメ!!人を傷つけてしまったらあなたたち、ここに居られなくなる!!人を傷つけるような魔導を魔導書が使ったって知られたら、本当にあなたたちは燃やされてしまうんだってば!!」


ユーリが思わず叫ぶと魔導書達は押し黙る。


「バラバラにした犯人捜すより、まずはバラバラにされちゃった魔導書を探すほうが先!!」


それに、とユーリはやけくその様に定位置の椅子に座った。


「迷子の魔導書を元に戻さないとあたしは授業に出られないんだから!!」


憤懣やる方ない口調でユーリは吐き捨てる。


そういえば、ユーリは大嫌いな副館長に魔導師を助けて魔導書を探すように命じられていたことを魔導書達は思い出す。


ああ、それで大好きなお茶休憩(ティー・ブレイク)をここでしているのか。と魔導書達は納得する。

図書館内は飲食禁止だが、その法を破ってでも大好きなお茶休憩(ティー・ブレイク)を作らないとやっていられないほどユーリはすさんでいるのだ。




<と、時にユーリや。お主、家に何を隠し持っている?>


「え?ああ、アレのこと?」


恐る恐る口を開いた魔導書にユーリは事も無げに応える。


「今日、魔導師にあたしが見つけた魔導書の1ページ、木箱に入ってた分は渡したんだけど、1枚だけ部屋に残ってたの。明日渡そうと思って、置いてるんだけど……」


<なにっ!?魔導書のページ!?>


<なんでここに持ってもなかった!?>


<見せろ!!今すぐここで見せろ!!>


魔導書達はそれを聞くと大騒ぎ始めた。


「わかった、わかった!!持ってくるから、ちょっと待って!!」





<これが、迷子の魔導書の1ページか>


持ってきた魔導書の1ページを魔導書達は興味深げに見下ろす。


しばらくすると魔導書達はざわざわと騒ぎ始めた。


<ふむ、皆のもの。やっぱりコレであるようだぞ?>


<ああ、コレだ。この感じだ>


「なに?どうしたの?みんな」


ユーリが問うと、魔導書達はどこか得意げに答え始めた。


<ワシらもな、この魔導書が起こした騒動に気付いた後、この図書館内の魔力に変化はないか調べてみたんじゃ>


<そしたら、小さいが魔力を含んだものが点々と存在していることに気付いた>


<感じなれない魔力だったけど、小粒も小粒、粉粒ほどの魔力だったから、放置してたわけ>


「え?それっていつから!?ていうか、どこに?」


そのうち消えると思ってたもんね~、と話している魔導書に声をかける。


<う~ん。一般図書階あたり?>


<小さいから詳しくはわからないなぁ>


<結構最近だよねぇ~>


魔導書の最近は全く当てにならない。(なにしろ、何百年も生きている(?)魔導書だ。時間感覚がかなり希薄なのだ)


けれど、彼らの魔力感知能力はそれなりに当てに出来る。


「やばいじゃない。それ……」


ユーリは足元がゆらりと傾いだ気がして、椅子に座り込む。

魔導書を保管する魔導階、魔導による仕掛けがある専門階には魔導に対する防護、対抗のための安全装置がいくつも張り巡らされている。


だから、もし魔導師が魔導階でうっかり魔導書の魔導を発動させたとしても、魔導の効果は四分の一以下に下げられる。


しかし、一般図書階はそうした安全装置がほとんどない。


だからこそ、今日のような騒動が起こったともいえる。


もし、今回のような騒動が一般図書階で起こったら……。

ぞっと背中を冷たい汗が伝う。

今回はほとんどモノのない修繕室で起こったからいいものの、迷路のように本棚が張り巡らされた一般図書階であの惨事が起こったら!!


ユーリはゴクリと喉を鳴らす。


魔導師がどういう方法で魔導書の1ページを探すのか知らないが、彼はここの造りをほとんど知らない。

どうしたものかと考え込むユーリをよそに、魔導書達は暢気に噂話を始める。




<うむ、しかし、なかなかいい魔導書だな?>


それの言葉に次々と肯定の言葉が返る。


<込められた魔力もなかなかですが、何よりこの魔導の構築式も構造理論も無駄なく整っています>


<うん、完本の魔導書にぜひ会いたいな~>


その言葉にユーリは目を丸くする。


気位の高い魔導書達が魔導書を褒めることは珍しい。

大体、この前来た魔導書のようにこき下ろしてけなしまくるのが常なのだ。



<でも、あの若い魔導師がここまでの理論に達するものかしら?>


<あ、それは思った。それにこの魔導書の魔力、明らかにあの魔導師の魔力とも違うし>


<師から貰い受けたものじゃないか?>


<いや、昔の恋人から貰ったものじゃないのか?>


<生き別れになった兄弟からかもよ?>


やいのやいのと自分勝手な解釈を魔導書達がするうちに、魔導師、アヴィリス・ツヴァイ=ネルーロウ・スフォルツィアには生き別れの両親や兄弟、果ては病気で死んだ運命の恋人がいる設定になった。


(どんな波乱な人生だ。アヴィリス魔導師……)


苦笑しながらマフィンを頬張る。

木苺ジャム入りのマフィンはユーリの好物だ。

甘酸っぱいジャムの風味としっとりと滑らかな生地に舌鼓をうつ。

いま、下手に魔導書達の話に茶々を入れると彼らの機嫌を損ねかねない。


(それより、魔導書はどうしようかなぁ~)


一般図書階に紛れ込んだ魔導書はやはり魔導師がいないとどうにもならないだろう。


(やっぱ、明日、魔導師と一緒に探すことになるのかなぁ~)


広大な一般図書階を歩き回るのを想像すると、想像だけでぐったりした。




一方。


<やっぱ、別れた恋人の女魔導師だって>


<いや、禁断の関係を結んでしまった妹魔導師からかも知れんぞ>


<甘いな。魔導師を夫に持つ人妻が夫の目を盗んでこの魔導書を渡して、魔導師がこの魔導書を研究して偉くなったらその人妻と一緒になるって寸法だ!!>



 ゴバッ


おかしな所に紅茶が入ったユーリは噎せた。

鼻の奥がツンッと痛み、生理的に涙が浮かぶ。咳が止まらない。


(な、なにを、言って)


あの無表情魔導師が人妻と?


(あの魔導師が聞いたら絶対怒るよね)


いや、人は見かけによらないと聞く。もしかしたら……。


(熱愛中の恋人くらいいるよね。あの顔だし)


ここで考え込むあたりでユーリも魔導書達に毒されているのだろう。

残念ながら、本人はまだ気づいていないが。


ふと、やんややんやと騒ぐ魔導書を見ながら、ユーリはほっと安堵したように息を吐く。



話題はいつの間にやら今日来た魔導師の美形っぷりに関する話になっていた。


<なよなよ系の学者っぽい奴かと思ったら、意外としっかりしてるじゃない>


<戦闘系の魔導従事者かのぅ?ユーリが言うには無詠唱で魔導の発動をしておったようだし>


<女っぽくないけど品のある顔してる男って希少よね~>


<いや、ああゆう品のいい顔してる奴ほど腹の中は真っ黒だって>


それは当たっている。


うんうんとユーリはうなずく。


<そうそう、ああいう奴ほど裏でいっぱい女を泣かせてるんだって!!>


<じゃあ、やっぱ魔導書は人妻からの贈り物か?>


<いや、生き別れの妹もよくねえ?>



初めは、ここに来るのは怖いし、面倒臭いし、嫌だった。そう、思っていたと、思う。

でも、あの時、ここが無くなるのは嫌だと思った。たとえ、クビになったとしても、失いたくないと。

何百年も生きているくせにミーハーでゴシップ好きで下品な話題が好きで、ツッコミどころ満載で、わがままばっかり言う魔導書達。

その魔導書達が会ってみたいと言った魔導書。


「どんな魔導書かなぁ」


お祭りのように騒ぐ魔導書達を尻目に、ユーリはのんびりと紅茶を味わう。

ぬるくなった紅茶はちょっとほろ苦かった。





どこからか、歌声を聴いた気がする。


藍色の髪を夜風に揺らしながら、魔導師は王立学院図書館を見つめる。

セフィールド学術院内にある来客用の宿泊施設の一番いい部屋はあの副館長が用意したものだ。

最初は近くの宿泊施設を借りようと思ったが、図書館から近いため、ありがたく利用させてもらっている。


(しかし、こんなに早く探し物が見つかるとは、な)


さらりと木箱の中の魔導書の1ページを撫でる。

王立学院図書館の広さは王都でも有名だ。何日か泊まり込むことは覚悟していた。

しかし、王立学院図書館に着いた途端、副館長や女司書たちにべたべたされ、不愉快な思いをした挙句、この年で迷子になるという屈辱を受け、嫌になった。

いざとなれば伝手を使って図書館を丸裸にしたのち、魔導書を探そうと思っていた。


いまとなっては副館長室で踏み止まってよかったと断言できる。


(あの司書には、悪いことをしたがな)


黒にも見えるほど濃い栗色の髪と吸い込まれそうなほど深い漆黒の瞳を持つ女子学生。

小柄でひ弱な体つきでありながら、危険な場所に立ち向かう無謀な少女。


『禁制魔導書』階に連れていくと言った時には何の冗談かと思った。聞く気も行く気もなかったが、不快な思いをさせられた憂さ晴らしに少女を困らせてやろうと意地の悪い気持ちでついて行った。

どうせ、着いた先が『禁制魔導書』階だと証明できるものはない。

そう、高をくくって着いて行った先は、異世界だった。


一般公開されている魔導書階でさえ魔導にあふれ、その上隠し通路や隠し部屋の宝庫だ。


図書館を丸裸にして魔導書を探せばいいという甘い考えは消し飛んだ。

迷子が続出する、その理由を本当の意味で理解した。

そして、その上でこの王立学院図書館を理解している協力者が必要だと思った。

バラバラにされた魔導書を見てきつく目を閉じる。

学生の身で無理を強いるのは承知の上だ。

しかし、こちらも引くことは出来ない。


この、魔導書は大事な、大事な。


  「    」


魔導師は声にならない声で呼んだ。

その声にならない声を聞いたように、バラバラにされた魔導書の1ページ達はざわめいた。



 


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