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襲いかかってきた木の根を焼き払い、修繕室に飛び込んだ魔導師にユーリも続く。
室内に入った魔導師は木の根に囚われている人々を見てきつく眉を寄せた。
「修繕室の司書か?」
「うん。逃げ遅れた人たち。って、わわっ!!」
またも襲いかかってきた木の根を魔導師はナイフを剣に変えて切り落とす。
魔導師の攻撃をぬって襲いかかってきた木の根はお守りをかざすと弾かれて大人しくなった。
「1分だけ時間をください!!さっきみたいに壁作るから!!」
「出口は本当に別にあるんだろうな!?」
「ちょっとは信用してくださいよ!!部屋の中だって言ってるでしょ!?」
魔導師が作ってくれた結界の中でユーリはタイルを外してまた壁を作る。
後ろから襲いかかってくる木の根が完全に遮断された。
「結界を張ってやる。その中に司書を入れて守ってろ」
「了解!!」
さっきより増えた、前から襲いかかってくる木の根に魔導師が剣を振りおろした。
ざんっ、ざんっ
魔導師が剣で襲い来る木の根を退け、司書たちを助けだす。
どこに司書がいるのかわからない以上、さっきのように大掛かりに木の根を焼き払うわけにいかない。
「くそ!!あと何人司書はいるんだ!?」
木の根から引きずり出された司書を結界の中にユーリが運び込む。
「わからない。通信機が繋がらないから、副館長と連絡とれないし、みんな気を失っちゃってるから」
「あと2人だ」
結界の中の司書の中から1人、いぶし銀のような色合いの髪と目をもつ男がふらふらと起き上った。
「ロランさん!!」
「おう、ユーリ。授業休ませて悪いなぁ」
「ちょ、やめて。ロランさん!!」
ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜる手を振りほどいて、傭兵のようにがっしりとした体躯の男を見上げる。
「あと、2人、どこにいるかわかる?ロランさん」
「あの机の下に1人とネロの馬鹿はどこ行ったかわかんねぇな。魔導書に一番近かったからな」
「この騒動の中心になっている魔導書はどこだ?」
「さぁな。ぺらい1ページだったからな。他の魔導書のページの束もどっか行っちまったし」
魔導師の質問にロランは投げやりに応える。
やる気のない対応に魔導師は柳眉を釣り上げたが、襲い来る木の根を切り払い、司書の救出に向かう。
一方、ユーリはロランの前に座り、問う。
「ねぇ、ロランさん。隣の修繕室に置いてあった一級魔導書の銘は知ってる?」
「銘?ああ、確か『自然操作魔導入門』と『水系魔導応用全書』だったっけ」
それが、どうした?とロランは怪訝そうに眉をひそめる。
「あの木の根、隣の部屋にまで浸食しちゃってて、地下にまで行こうとしてるの」
「え?ああっ!?壁がねぇ!?つか、地下!?禁制魔導書があるんだぞ!?やばくねぇか!?」
「やばいから訊いたんですよ。禁制魔導書は今日修繕が終わるはずだから、もう安定はしてると思いますけど」
これだけ騒がしかったのだ、下の禁制魔導書はものすごく機嫌が悪いだろう。
しかし、いまは考えても仕方がない。
「じゃあ、ちょっと行ってきますね」
「え?おい。ユーリ!!」
襲い来る木の根をお守りをかざして退けながら、ユーリは隣の部屋を目指す。
走りながらネームプレートを外して握りしめる。
一級魔導書の修繕室は大きな机がひとつと道具を入れるための机がひとつ、本を保管する棚が一つあるだけの簡素な部屋だ。
根によって荒らされて散らかった部屋の中でユーリは根に囚われた一級魔導書を見つける。
それを横目に見ながら、ユーリは修繕道具を入れてある机に忍び寄り、散らかった道具から目当ての物を探す。
(あった。これさえあれば!!)
ユーリが持ったのは本を纏めるための革のベルト。
それにユーリは自分のネームプレートを通して立ち上がる。
「王立学院図書館司書ユーリ・トレス・マルグリットの名の下で以下二つの本の魔力の強制封印を許可します。その魔導書の銘は『自然操作魔導入門』、『水系魔導応用全書』」
言い終わると同時に木の根に囚われた一級魔導書めがけてベルトを投げた。
ベルトは空中を泳ぐように動き、二つの魔導書を縛り上げる。
木の根ごと縛り上げられた魔導書は一瞬抵抗するように光った後、力を無くしたように机の上に落ちた。
それと同時に木の根がふっと消える。
一番の魔力の大本である魔導書からの魔力の供給が無くなったせいで力を維持できなくなったのだろう。
ほっと息をついたユーリは木の根のなくなった部屋を出て、隣の修繕室に戻る。
木の根がなくなって、よりいっそう惨状が明るみになった部屋。
ユーリは結界に戻ろうと、折れた机や倒れた棚に悪戦しながら歩く。
その途中、コンッと足に何かがあたった。
「これ……」
見下ろすと、魔導文字が書き込まれた紙が木箱の中に入っている。
「てめぇ!!馬鹿ネロ!!オメーのせいで本も修繕室もむちゃくちゃじゃねぇか!?どうしてくれるんだ。このドアホ!!」
ロランの怒声に気づいたユーリはふと顔を上げる。
結界の中でロランが癖っ毛の司書を締め上げていた。
どうやら、彼が今回の騒動の原因らしい。
「いけ、やっちまえ!!ロラン!!」
「無駄な仕事増やしやがって!!この下っ端ネロが!!」
「お給料減らされたら呪うからね!!」
周りの司書は止めるどころか囃し立てているのを見て少し安心する。
みんな汚れたりしているが、大きな怪我はなく元気らしい。
「おい。小娘」
ぶっきら棒な声のほうに顔を向けると細い柱の前に魔導師が立っている。
柱だと思ったものは木の根が重なり合って出来たモノで、木の中心あたりが歪に膨らみ、光っている。
「何をしたんだ?お前」
「一級魔導書の魔力を封印したの」
ほらっとユーリは革ベルトに縛られた魔導書を見せる。
「修繕室には、魔導書が万が一暴走した場合に対応して魔力を直接封印する魔導機があるの」
「なるほどな」
魔導書を縛り上げるベルトを魔導師がちらりと見る。
「それが暴走した魔導書の1ページ?」
「ああ」
歪に膨らんだ木の根の間から紙の切れ端が見えた。
「それで、どうするの?」
「まぁ、見ていろ」
魔導師は木の根を強引に引き剥がすと、露わになった魔導書に触れる。
「『我が力を糧にし、眠れる力を喚び醒ませ。在るべきモノよ。在るべき姿に変われ。変わりしモノよ力の糧たる我に従い、鎮まれ』」
魔導書の1ページに描かれた魔導陣がふわりと輝き、消えた。
「終わった、の?」
魔導書の1ページを持ったまま、動かない魔導師にユーリは恐る恐る声をかける。
「お前、名前は?」
「は?名前?って」
(最初に言ったけど……)
戸惑うように見上げると、振り返った魔導師に不機嫌そうに眉をひそめられた。
「早く言え」
横柄な物言いにムッとするが、司書たちを助けてくれた恩人だと自分に言い聞かせる。
「ユーリ。ユーリ・トレス・マルグリット」
「ユーリか」
魔導師は最初にあったときと変わらない無表情でユーリを見下ろす。
「このお守り、ありがと。返す」
差し出したお守りを魔導師はちらりと見下ろし、パチンッと指を鳴らした。
軽い音とともに結界が消え、司書たちが安堵の言葉と表情を浮かべて外に出ていく。
「それは、持っていろ」
「え?何で?」
ぐいっと押し返されたお守りを見ていると、外が騒がしくなった。
「ユーリぃ!!この壁どうなってんだぁ!?出れねぇぞ!!」
「あ、みんな待って!!いま別の抜け道開けるから!!」
部屋の奥にある柱時計のふたを開け、振子の中から鍵を抜き出し、時計の真ん中に突き刺して右に回す。
すると、キリキリときしむ音とともに時計が後ろに倒れてゆき、その奥から扉が現れる。
「これが出口か」
「うん。図書館入り口に向かい合う鷲と一角獣の銅像があったでしょ?その一角獣のほうの台座に繋がってるから」
「そうか」
魔導師は言葉少なにうなずくと何か思案するようにユーリを見、手の中の魔導書の1ページを見下ろす。
とりあえず、ユーリは抜け道を抜けて外に出て、外から修繕室の壁を取り外してくることにしてみんなに待ってもらうよう魔導師に頼んでユーリは外に出た。
バックヤードに戻ると副館長や魔導科の魔導師たちが壁の前に集まっていた。
彼らに簡単に事情を説明し、壁を解除してみんなを助けだす。
もはや原形を留めていない修繕室を見た副館長が真っ青になってガクガク震えているのを、見やりながら司書たちはバックヤードを後にした。
魔導師も事情を知りたがる魔導師や副館長と一緒に消えた。
ひとりこっそり修繕室に残ったユーリは柱時計を元に戻し、ふと思い立って、折れた机の下を覗いて回る。
「あ、あった」
魔導文字が書き込まれた紙が入った木箱。
魔導師が手に持っていたモノと同じく、魔導書の1ページらしい。
その中の1枚を手に取る。
「やっぱり、あの魔導師が持ってた魔導書と似てる?」
夕陽が差し込む部屋の中、魔導書はいっそう妖しく、不気味に見えた。
ガランッ
「っ!?」
思わず持っていた魔導書の1ページを取り落としてユーリは振り返る。
「何だ。魔導師さんか。脅かさないでよ」
赤い光を浴びた魔導師は長い手足を操って足場の悪い中を優雅に歩く。
「アヴィリスだ」
「は?」
「俺の名前はアヴィリス・ツヴァイ=ネルーロウ・スフォルツィアだ」
(うわぁ、長ッ)
そう思ったのが伝わったのか、睨まれた。
「っ、スフォルツィアさんはどうしてここに?」
「アヴィリスでいい。コレと同じものがまだここにあると聞いてな。取りに来た」
「あ、これ?」
木箱を渡すと、アヴィリスの表情が変わる。
「何故、お前が持っている?」
「あ、あたしもコレが落ちてるのに気づいて、とりあえずどこかに保管しようと思ったんだけど?」
見上げると、アヴィリスは眉をひそめ不機嫌そうな顔で睨みつけてくる。
非常に機嫌が悪そうだ。
(う、でも……仕方ないか)
何しろユーリが突き飛ばしたせいで関わる必要もない魔導書の事件に巻き込まれた(しかも明らかに司書の過失)のだし、そのうえもう閉館時間で図書館の案内も本の検索も出来そうにない。
「あの、すいません。本の検索と図書館の案内はまた日を改めてします」
口調と姿勢が改まったユーリにアヴィリスが怪訝そうにこちらを見る。
「今日は本当にご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
深く折れ曲がったユーリの背中を見てアヴィリスはバツが悪そうにそっぽを向いた。
「構わん」
ぶっきら棒な声に顔を上げるとアヴィリスが無表情にこちらを見ていた。
「馬鹿な司書のせいで迷惑は被ったが、探し物は見つかったからな」
「え?」
訊き返したユーリにアヴィリスはいや、と歯切れ悪く口ごもる。
「まだ、完全に見つかったわけではないな」
アヴィリスは大事そうに魔導書の1ページを指でなぞる。
「借りを返せ」
「は?」
唐突な言葉に目を丸くすると、アヴィリスはにやりと意地の悪そうな笑顔を浮かべた。
「その様子では、俺が探しものに来ていたことを知っているんだろう?」
「ええ、まぁ。うっすらと」
意味深な口調にユーリは嫌な予感がする。
いや、もはや苦労フラグが天を突き抜けんばかりに立ちあがっている!!
これ以上話を聞くなと警戒警報が鳴り響いている!!
「俺の探している魔導書はこの通りばらばらになっている。おそらく図書館中に散らばっているだろう」
ユーリが口を開く前にアヴィリスはにっこりと微笑んだ。
「ユーリ・トレス・マルグリット。俺と共に散らばった魔導書を探し集めろ」
始めてみたアヴィリスの綺麗な笑顔を見てユーリは固まる。
おそらく、初心な貴族の令嬢だったらポッと頬染めるか、黄色い悲鳴を上げる美貌の前で、断頭台にのぼる死刑囚のような凍りついた表情でユーリはか細い抵抗をする。
「……あたし、学生で授業、あるんだけど?」
「副館長のレイヴンがどうにかすると言っていた」
「……明日になれば、魔導書に詳しいギズーノンさんが来るから」
「70近い爺に今回のような臨機応変な動きが出来るか?」
「今回みたいなことが起こるの前提!?あたしは魔導はシロートだよ!!」
くわっとユーリは噛みつく。
「無理!!絶対無理!!ってゆーか、ぜぇっったい、いやあああっ」
ぎゃんぎゃん騒ぐユーリを面白そうに見ていたアヴィリスは木箱を持って踵を返す。
「まぁ、明日になれば、……いや、そう言えばレイヴンがお前を探していたな?」
肩越しににやりと微笑みかけられたユーリはすべてを悟る。
おそらく、明日、もしくは今日中にもアヴィリスの手伝いをするように、副館長に命令されるだろう。
だって、そうなるようにこの王都の宮廷魔導師が副館長に言いつけやがったんだろうから!!
ユーリの逃げ道は、最初っから塞がれていたのだ。
しかし、せめて、吠えさせてもらおう。
負け犬らしく。潔く。
「こぉの、陰険魔導師があああああっ!!」