第3話『休戦条約?』
ピンポーン。
静かな部屋に鳴り響くチャイムの音。この音は誰の来訪をしらせるものであり、そして――。
「おにいちゃん。遊びにきましたよ」
ぼくとふたごの戦争の、開戦の合図でもある。
「提案があります」
さくらとももは部屋に入るなり、テーブルの側へ座り、僕を側へ引き寄せ耳元でそう囁いた。
「て、提案……?」
「そうです。とっても素敵な、て い あ ん」
どう考えてみても僕にとって素敵なものではなさそうだ。今度は一体何を企んでいるのだか。
「わたし達の、遊び相手になってくれませんか?」
「へ?」
予想外の申し出に、思わず間の抜けた声を漏らしてしまう。それにしても遊び相手……? 一体どういう事だ。ますますよく分からなくなってきた。当のさくらちゃんはというと僕の側を離れ、ももちゃんと二人仲良く座って、不気味なくらい明るい笑顔でこちらを見ている。
「それはどういう――」
「つまり、簡潔に述べると毎日咲さんが帰ってくるまでの間、わたし達の暇つぶしに付き合ってほしいという事です」
「文句あんのか。こらぁ」
要するに、この二人は咲さんが帰ってくるまでの間、暇をしていてその時間を僕の部屋で過ごしたい。そういう事だよな?
でも……。
「なんで、僕?」
そうなのだ。よりにもよって何で僕なんだろう。年は離れてるし、先日の件もある。それともこれを再戦の申し込みと受け取ってもいいのか?
「安心してください。別に昨日の仕返しという事ではありません」
僕の思考を遮るように、さくらちゃんは言う。
「色々、勘ぐっているようなのでぶっちゃけますが、深い意味はありません。本当に暇つぶししてもらいたいだけなんです。何故あなたかというとそれは――」
「それは?」
「わたし達があなたに惚れてしまったからです」
……はぁ?
「はああああああああああああああああ!? ちょ、何言ってんのさ! はっ! さてはこれは僕を動揺させるために――」
「違いますよ。おにいちゃん。少なくともわたしは昨日の件で、本当におにいちゃんの事が大好きになりましたよ」
昨日の件というのはもちろん、咲さんに言いつけると言った僕と二人の攻防戦であり、それで敵対心を持たれるなら理解できるが、惚れる!? しかも小学四年生に!? 何故!?
「分かんねえ野郎だな。こらぁ。さくらは強い男が好きなんだよ。こらぁ」
「強い……?」
「そうです。おにいちゃんのあの頭の回転の速さ、ポケットの中とはいえ、わたしたちに気付かれないように携帯を操作した度胸! ルックスは及第点といったところですが、百点満点中九十点の文句なしのわたしのタイプです!」
「そ、そりゃどうも」
目を輝かせながら僕を褒め称えるさくらちゃんを、僕は不気味に思いながらも、言っている事を嘘とは思わなかった。もしこれが演技ならもう僕の負けでいい。
「もももそうだよね?」
そういえば、最初に『わたし達』って言ってたっけ。
「そうなの?」
何を真面目に訊いているんだろう。仮に好きだったとしても、それを聞いて僕はどうするんだ?
「大好きだぜ。こらぁ……」
男らしいセリフとは似合わない、可愛らしい声と真っ赤に染まっていく顔。これだけ見ると本当に可愛い女の子たちだな。
というか僕はどうしたらいいんだ!?
「おにいちゃんはわたし達の事どう思ってるんですか?」
「どう……って」
僕はロリコンじゃない。故にいくらこの子たちが可愛いからといって恋愛感情をもつ事はありえない……だろうし、その感情は親が娘に向けるそれに近いものだと思う。
でも、ここでそんな事を言っていいのだろうか? この子達を傷つけてしまわないか?
……って小学生相手に、何を真剣に悩んでるんだよ僕は!
「まこと……」
な、名前で呼ぶなあ!
「あにきぃ……」
「うっ……」
僕を見つめる二人の瞳は、まるでダンボールに捨てられた小さな子犬のように儚げに光っている。
可愛いい。僕は素直にそう思ってしまった。
だけど相手は小学生。相手は小学生。相手は小学生相手は――。
『わたし達の事、好き?』
「好き!」
『大好き?』
「大好き!」
『やったー!』
「わーい!」
あれ!? 僕は何を言っているんだ!?
「これでわたし達、相思相愛ですね」
「大事にするからな。こらぁ」
「いや、ちがっ。好きって言っても異性としてじゃなくて、妹みたいな感じで――」
「じゃあ、さっき言ったのは嘘だったの?」
「しばくぞ! こらぁ」
「嘘じゃないよ!? いや誤解はあったけど、嘘じゃないよ。二人とも可愛いもん! 僕があと十才若かったら猛アタックしてると思うよ?」
「十歳差くらい大丈夫です! わたし、おにいちゃんとならどんなえっちな事だって出来ますよ?」
「やっちゃだめえ!」
「そうですよね。まずは手をつなぐ所から――」
「手を繋ぐのもだめえ! その後、お巡りさんと手をつなぐ事になっちゃうから!」
「ちゅうしろ。こらぁ」
「だから、全部だめええ!」
な、なんで僕はこんなに動揺してるんだ!?
「じゃあ、何ならしてくれるんですか?」
「何って……」
どうしよう。何をすればいい……っていうかどこまでしたらアウトなんだろう? っていうか僕は何をする気なんだ!? 落ち着け。落ち着け。母さんだ。目の前に母さんが二人いると思――よし! 落ち着いた!
「指切りしようか」
「へっ? ゆびきり?」
「うん。約束だ。君たちが大人になっても、僕の事が好きだったら、その時はチューでも、エッチな事でも、なんでも喜んでするよ」
多分、これが今の僕に出来る精一杯の誠意。
呆然とする二人に、僕はしゃがんで両手の小指を二人の前へと付きだした。
「……とりあえず、今はこれで譲歩しておきましょうか」
「破ったら、小指詰めるからな。こらぁ」
少し不満はあるみたいだけど、二人は小指を前につきだしてくれて、ぼく達は指切りを交わした。
「ただいま! 遅くなってごめんね」
「咲お姉さんおかえりなさい!」
「……おかえり」
「今日もすみません」
「いえ、本当にいいんですよ」
「真おにいちゃん、明日からもおうちに行っていいって!」
「こらっ、わがまま言って。……本当にいいんですか? 無理せずにダメならダメと――」
「大丈夫ですよ。帰宅した後は、僕も暇ですし」
「そうですか……」
「大丈夫だよ! 咲お姉ちゃん だって――」
「わたし達と真おにいちゃんは相思相愛なんだから」
「なっ……」
「……大きくなったらエッチな事してくれるって言った」
「な、なななななな何言ってるんだ! さ、咲さん! 誤解ですよ誤解!あははははは」
「分かってますよ」
「へっ?」
「この子たちはちょっとおちゃめさんなのでたまにこうして大人をからかってしまうんですよ」
「あははははは……。そ、そうですか」
本当は誤解じゃないんだけど、
「それじゃあ、二人は先に家に戻ってて」
「えっ?」
「実は御原さんに折り入ってご相談したいことがあるんです」
そ、相談!? なんだろう。なんか興奮する響きだ!
「それじゃあまたね! おにいちゃん!」
「……バイバイ」
自分の家へともどって行く二人。その二人に手を振りながら見送っていると、突如後頭部に鈍い痛みが襲ってきた。
気づけば頭は部屋の扉へたたきつけられ、咲さんに胸倉を掴まれていた。
そしてそこには、いつもの笑顔の咲さんは消え、笑いながら、鬼のような威圧感をまとっている別人のような咲さんがいた。
「真さん」
「は、はい?」
「私は働いてますし、二人の面倒をみてくれる事には素直に感謝します。でもね――」
すると咲さんは笑顔を解き、まるで殺意のあるような冷酷な眼差しで僕を睨みつけた。
「あの子たちに、ちょっとでも変な真似をしてみろ? そのヘラヘラした面潰してやるからな。ゴルァ!」
ドスの利いた低い声。これを聞くと、ももちゃんのなんてまるで子猫の鳴き声のように思えてしまう。
そうか。あの二人はやっぱり咲さんに似たんだな……。
「分かりましたか? 分かったらさっさと返事しろってんだよ! ゴルァ!」
「はい! 分かりました! 承りました!」
「分かればいいんです」
そういうと咲さんは掴んでいた手を解き、いつもの笑顔に戻っていった。
「それじゃ、私もこれで」
それから咲さんが部屋に戻って行くまで、僕はただその場で呆然としていた。
そんな僕を現実へ引き戻したのはメールの受信をしらせるバイブの振動音だった。
「メール? さくらちゃんから?」
どうやらさっきアドレス交換したばかりの、さくらちゃんからメールがきていたようだ。
件名:大好きなお兄ちゃんへ
本文
無事ですか?(笑)
咲お姉さん怖かったでしょう? これで指切り、破ったらどうなるか分かりましたよね?
じゃあまた明日☆
なるほど、これが目的だったのか。
約束を破ったら咲さん。守っても咲さん。
僕はメールを読み終えると、静かに涙した。
あぁ、詰んだよ。これ