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第1話『さくらともも』

 大学。

 そこは薔薇色のキャンパスライフを4年間過ごせる夢のような場所。大学にさえ入れば今まで女の子にモテなかった僕にもきっと夢のような日々が待っている!


 ……そう考えていた時期が僕にもありました。


 現実の僕に待っていたのは、彼女や友達に囲まれた大学生活とは程遠い、一人ぼっちの日々。講義が終われば直帰し、バイトもせず家でだらだらと時間を浪費する毎日が続いていた。

 だけど、そんな日常にもとうとう終わりがやってきた。それは突然、空から美少女が降ってくる、なんてラブコメちっくな事でも、世界の終焉が訪れる、なんて中二病っぽいものでは決してなく、アパートの隣に新しい入居者がやってくるという、ごく平凡なものだった。

 

 だからこそ、その時の僕は新しい隣人。ましてや双子の女の子なんかに日常を変えられてしまうなんて夢にも思わなかったんだ。



 


『じゃあね~』

『うん! また明日!』

『今日どうする? 部室行く?』

『あっ、ごめん。私、掛け持ちしてるサークルの方行かなきゃいけなくてさ』

『ねぇねぇ、今日のデートどこ行く?』

『今、金欠だからさ、家来いよ。もちろん泊まりで』

『もう、やだ~』


 リア充は死ね!


 春が過ぎ、少し暑くなってきた今日この頃。授業が終わり、キャンパスを歩いていた僕は、聞こえてくる雑音を頭からかき消すようにそう呟いた。

 大学に入ってもう3ヶ月が経とうとし、もうすぐ前期日程が終わってしまうというのに、僕は彼女どころか友達すら一人もいない一人ぼっちの大学生活を送っていた。いわゆる『大学ぼっち』というやつである。

 もちろん誰とも接点がなかったわけではない。最初のオリエンテーションの時には、近くにいた人と普通に雑談していて、アドレス交換もした。その後も、知り合った人は何人もいたし、アドレス帳には新規登録が山のように増えていった。

 でも、それだけだった。

 アドレスの交換したが、その後メールのやりとりは二、三通。どちらも『今日の講義、教室どこだっけ?』といったものだけ。すれ違う度に交わしていた挨拶も、一ヶ月も経てば無くなっていた。

 寂しい時もあったが、今はなんか、もう吹っ切れた。入学後、サークル活動や遊んでばかりで、ろくに単位を取れてないやつも多いらしいし、そう考えるとむしろこの状況は悪いものじゃないだろうと自分の中で合理化してみたりもする。今はまだリア充どもをみて妬んだりもするが、それもすぐになくなるだろう。


 とまあ、暇さえあればこんな事ばかり考えている。

 そんな自分がどうしようもなく嫌いだ。



 家が見えてきた。家は大学から十五分ほど歩いた先にある二階建ての小さなアパートだ。僕の部屋は二階にあり、エレベーターなどあるわけないアパートで唯一上がる手段が階段なのだが、どうやら今は使えないらしい。

 なぜなら、作業着を来た二人の男が、大きな冷蔵庫を二階に運んでいるからだ。

 そしてアパートの前の道路には引越しの業者のものとみられるトラックが停められている。新しい入居者がやってきたのだと僕は確信した。そしてその入居者はどうやら僕の隣の部屋に住むらしい。

 この後、引越しの挨拶とか来るのだろうか? もしそうなら、少し部屋を片付けておかなければならない。

 引越しの業者が階段を上がり、部屋に冷蔵庫を運び入れるのを確認して、僕も二階へと上がる。この狭い階段じゃ、引越しも大変だろう。

 新しい隣人の部屋を通り過ぎる際、開いていたドアから何気なく中を覗いてみる。するとそこには綺麗な女性が部屋へ運ばれた冷蔵庫の位置を業者へ指示していた。

 年は二十代中盤くらいだろうか? 遠目ながら見えた女性の整った顔立ちと笑顔が、瞬時に僕の脳裏へ焼き付いた。

 もしかしたらこの先、あのお姉さんが料理をつくりに部屋へとやってきたり、お姉さんの部屋に招かれたり、ドキドキな展開が待っているのかもしれない。

と、そんな妄想を膨らませながらワンルームの家へ入り、ありえないと自虐して、いつも通りにパソコンを立ち上げた。


 

 あれから三時間くらいが経っただろうか。

 外は徐々に暗くなり始め、時刻は午後七時を過ぎていた。

 そういえば、腹がへったな。昼に食堂で食べてから、もう何も食べてない事に気づく。冷蔵庫や、棚を物色してみるが、自炊をしてないのだから何もあるはずはない。

 こうなると選択肢は限られてくる。外で食べるか何か買ってくるかだが、どっちにしろ外にでなければならない。

 クーラーの効いた部屋を出るのは名残惜しいが、仕方ないと言い聞かせ、部屋のドアノブを回した。

「あっ」

 ドアを開けると、そこにはどこかで見たことのある綺麗なお姉さん……。そうだ。隣に引っ越してきたお姉さん! という事は引越しの挨拶だろうか?

「失礼しました。今日隣に引っ越してきた春日野咲はるひのさきと申します。これからよろしくお願いします」

 そう言って優しく微笑んでくれたお姉さん。

 しかし僕は、そのまるで女神のような微笑みをみても、心奪われることなく、頭の中ではある一つの考えが渦巻いていた。


 側にいる二人の女の子は誰だ!?


 小学生、高学年くらいだろうか? お姉さんの右手を握っているのは綺麗なロングのストレート黒髪が特徴的な女の子。顔立ちもすごく整っていて、まるでお人形みたいだ。珍しいものを見るみたいに僕の事を目を輝かせながら見ている。

 もう一人はお姉さんの左手を握って恥ずかしそうにお姉さんの後ろに回ってこちらを見ている女の子。さっきの子とすごく似ているところをみるときっと双子なのだろう。しかし、もう一人の子とは違って髪は肩ほどまでのショートで、茶髪に染めている。少しクセッ毛のような気もする。目が合うとすぐに隠れてしまうあたりが、さっきの子とは違った感じに可愛いな。

 というか待てよ。

 ひょっとしたらこの二人は咲さんの子どもなんだろうか? そうしたらもうすでに既婚? 夫は何で挨拶に来ないんだろう。仕事かな? じゃあお姉さんとのラブラブな生活はやっぱただの妄想――。

「おにいちゃん名前は~?」

 いけない妄想の世界に入っていた。

 視界の外から聞こえてくる可愛らしい声。目線を下に向けると黒髪の子が満面の笑みを浮かべ、僕を見ていた。

「こらっ、まずは自分からご挨拶しなきゃだめでしょ?」

「は~い!」

 とても素直でいい子だ。きっとお咲さんの教育がいいせいだろう。

「わたしの名前は、さくら! よろしくね。おにいちゃん!」

「はい。よろしくね」

 さくらちゃんに僕も笑顔を返して、返事をする。おにいちゃんだなんて呼ばれるのは妹の僕には初めての事だ。おにいちゃん、とてもいい響きだ。

「じゃあ次はももの番」

 咲さんはそう言って、ずっと後ろに隠れてた茶髪の女の子に挨拶をするように促した。まあ名前は今ので分かってしまったんだけど。

「ほら、頑張って」

 よほど恥ずかしいのか、顔を少し見せてくれるだけで、一向に後ろから出てこようとはしない。

「……もも」

 とても小さく儚い声だったが、それは僕の耳にしっかりと届いた。

「よろしくね。ももちゃん」

 笑顔を見せながら、そう答えるとまた顔を隠して引っ込んでしまった。

「ごめんなさい。この子少し人見知りで」

「いえ、いいんですよ。ちゃんと聞こえましたし、よく頑張りましたよ」

 確かこの年の頃の僕は、どうしようもない悪ガキだったはずだ。それに比べるのも失礼なくらいこの二人は立派だろう。

 そして僕は咲さんの方を見つめ、二人にも聞こえるように、ゆっくりと話しかける。

「僕の名前は、御原真みはらまことです。どうぞこれからよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「よろしく~」

「……しく」

 こうして挨拶を終えると、自己紹介するのも久しぶりだなあと、しみじみ思ったりもしてしまう。

「そういえば、さくらとももって、もしかして桜桃さくらんぼから名前をとったんですか?」

「ええ、そうです! よく気が付きましたね」

「いや~、そんな」

 お姉さんからまるで尊敬されているような眼差しで見つめられ少し照れてしまう。

「あっ、いけない!」

 咲さんが突然、何かを思い出したように声を上げた。

「ど、どうしたんですか?」

「えっ? あ、いやぁ、その……挨拶の品を忘れてしまって……」

 徐々に小さくなる声と共に、赤く染まっていく咲さんの顔。恥じらう様子も何とも言えず可愛い!

「えっと、大丈夫ですよ。こうして挨拶に来てくれた事だけで嬉しいですし――」

「そういうわけにはいきません! ちょっと待っててください。すぐに持ってきますから!」

 そう言いながら足早に部屋へと戻って行く咲さん。妙なところで頑固なんだなと微笑ましく思ってしまう。

 そして残されたさくらちゃんとももちゃん。ももちゃんは咲さんがいなくなって不安になったのかさくらちゃんの後ろに隠れている。

 ここは少しでも安心出来るように何か話をしたほうがいいのかもしれないな。

「二人とも、今何年生かな?」

「気安く話かけんな」


 ……あ、あれ?

 

 今、気のせいかももちゃんからドスの利いた低い声が聞こえてきたような……。

「だめだよ。もも」

 僕への言葉遣いを聞いて、怒ってしまったのか、さくらちゃんはももちゃんの方を見て、険しい顔をしている。

「大丈夫だよ。さくらちゃ――」

「ちゃんと最後まで猫かぶってないと」


 ……はい?

 

 い、今のも聞き間違い? いや、これは違う……?

 さくらちゃんはさっきまでとは違い、まるで悪魔のような妖艶な笑みを浮かべ、ももちゃんはまるで鬼のような形相でこっちを睨んでいる。

 な、なんなんだこれは?

「お待たせしました!」

 勢いよくドアが開き、咲さんが再び現れた。

「これ、つまらない物ですが」

「あ、ありがとうございます」

 つまらない物といわれて差し出されたのは、豪華そうな包装紙に包まれた物。何が入っているか気になるが今はそれどころじゃない。

「じゃあ、二人とも最後にちゃんとご挨拶して」

 そう。今懸念すべきはこの二人だ。

「なっ……!」

 驚いた。いつからだ? 恐らく咲さんが戻ってきた時からだろう。

 二人の表情は咲さんがいた時と変わらない、可愛らしいものに戻っていた。

「バイバイ! おにいちゃん!」

「……さよなら」

「うん……さようなら」

 あれは夢だったんだろう。

 背中を向けた三人の姿を見ながらそう思った。

 しかし咲さんが扉を開け、再び部屋へと入ったところでふたごは僕の方を振り向いた。

 最後のとどめとばかりに睨んでくるももちゃん。

 そしてさくらちゃんは、拳を軽く握り、手首を前へ曲げ、その手を顔の側へと近づけ、まるで猫がじゃれているような仕草を僕に見せてこう言った。


「にゃあ」


 

 

 天使のような笑顔とは裏腹の腹黒さを持つ悪魔。春日野さくら。

 気弱で、思わず守ってあげたくなるような羊の皮を被った狼。春日野もも。


 

 こうして僕らは出会い、僕とふたごの壮絶な日常が幕を開けた。


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