表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/18

1.「空飛ぶ絨毯」-4

 木原の能力の発動に伴っていつも通り襲ってきた頭痛に耐え、頭の芯に残る閃光を振り払うようにして顔を上げると、真面目な顔をした木原は既に元いた場所から二三歩離れた場所に座り込んで何かを確かめていた。


「済んだのか?」

「はい、多分」


 そう言って木原は俺の方に向き直り、にかっと笑って人差し指を立てた。


「もう一個お願いなんですけど、椅子とか机とか一旦横によけるので手伝ってください」

「おうとも」


 木原の願いに従い、彼女の細腕には重いであろう教卓に俺は手をかけた。


 横で机の上の本を運んでいる木原はかなり明るい雰囲気を醸し出している。これから起こることは、きっと彼女にとって相当に楽しみなものなんだろう。


 思えば、木原が俺のために何かをしてくれるというのは初めてのことかもしれない。今まで散々彼女の能力のせいで苦しい目に遭ってきたが、ついに苦労が報われる時が来たのだと思うと、感動で既に泣けてしまいそうだ。


「あ、床のマットの外まで運んでくれたらオッケーです」

「はいよ」




 そして、片付けはものの数分で終了し、木原は俺を準備室の中心に誘導した。

 今のところ、特に大きな変化は起こっていないように思える。


「で、これからどうするんだ?」

「まあまあ焦らないでくださいよ、今からが楽しいところなんですから」


 明るい声色で言った木原は俺の一歩前に踏み出し、くるっとターンをした。そして、んんっとかわいらしい咳払いをして、柔らかく腰を折り曲げた。


「榊原誠様、本日は香織旅行社のツアーにご参加頂きありがとうございます」


 何かのロールプレイだろう、口調がまるでCAかバスガイドのようだ。面白い。

 ツアーということは、これから木原はどこかに俺を連れて回るのだろうか。


「さて、本日先生には突然ですが行程の全部を私が勝手に決めた旅行に参加してもらいます。拒否権はもうありません……あ、先生酔いやすいタイプじゃないですよね?」

「おう、大丈夫だ。生まれてこの方乗り物酔いしたことないぜ」

「え、羨ましいなそれ……それでは早速ですが、本日私たちの足となる乗り物をご紹介しましょう」


 一瞬だけロールプレイを崩したものの、木原はまたキリッとした表情に戻ってやおらに両手を広げ、そのまま掌を上に向けてゆっくりと指を握り込んだ。すると、それに応えるように足元で急に蠢きが発生した。


「お!? お!?」


 俺が驚き、それを木原は満足そうに眺める。蠢きはあれよあれよという間にマット全体に広がっていく。そして、木原は握りしめた両の拳を顔の隣まで持ち上げ、力を解放するように再び手を開いた。それを合図に、俺と木原を乗せたまま空中にマットが浮き上がった。


 ここまできたら流石に分かる。


「空飛ぶ絨毯ってことか!」


 中央にすっと立った木原は笑ってこくりと頷いた。


「その通りです」


 準備室の中で合成素材のマットもとい絨毯がゆっくりと回り出し、木原がさっと手を動かしたタイミングでひとりでに開いた窓から外に滑り出した。絨毯の飛行高度を上げながら、木原は俺に座るように合図した。


「絨毯じゃなくてマットですけどね。一応さっき表面を殺菌しておきました。あと、他の人には見えないようにしてるんで、好きなだけはしゃいじゃってください」


 そう彼女が話す間にも、どんどんと校舎が視界の中で小さくなって、街の風景の一部となっていく。


「いやあすげえな! こんなこともできんのか!」

「えへへ、本当はこうやって使う力なんですよ。いつも苦労かけてる先生にも味わって欲しくて」


 興奮のあまりマットの端から身を乗り出しては引っ込み、反対から顔を突き出しては感嘆し、とまるで電車の先頭に張り付く子供のような振る舞いをしてしまう。


 いつの間にか隣に体を寄せていた木原に何度かすげえ、ありがとう、と連呼してその顔が赤くなった頃に、ようやく俺は落ち着きを取り戻した。


「それで、どこに連れてってくれるんだ?」

「とりあえず東京の中心を回って、それからどこか丁度良い山に飛んでくつもりです。行きたい場所は大体決まってますけど、先生もなにかあれば言ってください」

「分かった、大体は任せるわ」

「そういえばなんですけど、さっき私かっこよくなかったですか?」

「超かっこよかった。なんか男心をくすぐる動きだった」

「やった! ちょっとアニメとか見て考えたんですよ」

「よくキマってたなぁ。あのバスガイドみたいなのもアニメから取ってきたのか?」

「あ、あれはなんか素の状態でやるのが恥ずかしかっただけなので……」

「ははは、そうかそうか。面白かった、ありがとな」

「えへへへぇ」


 褒め殺しが行きすぎたか、木原はふにゃふにゃと頬を歪めてしばらく正気に帰ってこられなさそうだ。

 ただ、今なら何を言われてもありがとうで返してしまうだろう。それくらい、この状況に対して俺は興奮している。

 高圧電線すら遙か下に見え、晩夏の太陽の照りつける日差しを遮る雲も建物も何もない。俺と木原の周囲にはただ広い空が広がっていて、そして遠くに見える最初の目的地の東京ビル群が段々と大きくなってきていた。


 空を自由に飛びたいな、とは全ての日本人に植え付けられた永遠の憧れだ。そして、憧れはたった今、現実の物となってしまった。



「なあ、逆に高度下げて電車と併走するとかできたりするか?」

「はい、できます」



「あと、ビルの間をス〇イダーマンみたいにビュンビュンしてみたいんだけども、できるか?」

「お安いご用です。東京タワーの鉄骨くぐりとか、昔私のお気に入りだったんですけど、どうですか?」

「お、いいね!」

「任されました」



「飛行機の横飛べるか?」

「はい、どんと来いです。速度は結構上げられますし、乗ってる私たちには影響が出ないようにしてるんで、安心してください」

「すげえ! じゃあ羽田行こうぜ!」

「分かりました、ちょっと待っててください」



 元々の予定だった一時間を大きくオーバーした頃に、ようやく俺は東京飛行に満足した。

 少し遠くの山に向かうということで西の方に飛びながら、マットを安定させた木原はふうと一息ついた。


「潰れたゴルフコースがあって、上手いこと草地になっててだべるのに丁度良い感じなんですよね」

「なるほど、ピクニックか」

「まあ、そんな感じです。実はお菓子と飲み物持ってきたんですよ」

「お、良いね。……お前どこから1.5リットルのペットボトル出してきたんだよ、そんなん入る鞄持ってたか?」

「実は透明にしてずっと周りに浮かべてます。授業中も喉渇いたなって思ったらこっそり飲んでたりします、500ミリの小さいやつですけど」

「器用なこともできんだなお前の改変能力……つか授業中の飲食は明らかな校則違反だよな。罰代わりにテストの反省会だなこれは」

「え、なんでこんな所まできてまで勉強のこと話すんですか。もっと普通の話をしましょうよ」

「はは、冗談だって。おいしく頂こうか」




 高速道路を目印にしばらく進み、木が綺麗に刈り取られた山を遠くに見つけて着陸するまでにおそらく十分もかからなかった。


 林に囲まれた静かな環境の中にある、かつてはグリーンだったであろうひょうたん型の草地は、息抜きをするのには最適な場所に思えた。


 着地したマットをそのままレジャーシートにして、木原の持ってきたスナック菓子を口に放り込む。


「いやー、さっきの東京も良かったけど、ここも良い景色だな」

「大自然、って感じですよね。人の気配もないですし」


 並んで座る俺たち二人の間を緑の匂いを漂わせる涼しい風がそよそよと吹きぬけ、さっきまで飛び回っていた空が俺たちの周りで遊んでいるようだった。


 会話が切れて少し無言の時間になったタイミングで、俺は改めて木原に感謝の気持ちを伝えることにした。


「本当にありがとうな、一生の思い出になるわ」


 木原は肩をピクリと震わせて、遠慮するようにはにかんだ。


「一生だなんて、そんな」

「いや、マジ。ほんとにすげえんだもん」

「ふふ、なんだか先生子供みたいですね」

「そりゃ子供みたくもなるさ、お前はもう慣れっこかもしんないけど俺は初めてだかんなこれ」

「そういえばそうですよね」


 そこで木原は俺と一瞬目を合わせ、あの、とだけ言ってすぐに恥ずかしがるように斜め下を向いた。何かを口にしようとして躊躇っている感じだった。


 流石に、俺にも何か感じられる物があった。

 ……これは、俺が聞かなくてはならないのだろう。


 もじもじしている木原と顔の高さを合わせるように背を曲げ、そっと質問を風に乗せる。


「どうした?」


 おそるおそる、といった具合で顔を上げた木原は、小さく息を吸って覚悟を決めたのか、今度はしっかりと俺と目を合わせた。


「一生の思い出なんて言わずに、これからたまにこんな感じのことしても良いですか? 私、先生が喜んでくれるの凄く嬉しいんです」

「え、マジで!?」

「はい。えっと、他にも色々楽しめることはあると思います。宇宙行っても良いですし、外国行っても良いですし。誰も居ない遊園地とかもつくれますし、あと───」


 そうやって木原は上目遣いで俺の顔をのぞき込んで、色々と実例を重ねた。どれもがとても魅力的に思えた。



 その時だった。

 俺の耳が遠くから響くガサゴソという音を捉えた。


(───何だ)


 目だけを動かして音の源を探すと、すぐにそれは見つかった。俺から見て正面、木原の背後に位置する木の中に、両目を爛々と光らせた鳥が一匹。猛禽類に見える。体長は50センチほどもあるだろうか。


 熱に浮かされたように話し続ける木原は背後に潜むうごめく影に気が付いた様子はなく、迫る脅威に対しあまりにも無防備だった。


 そして、俺たちの方に完全に狙いを定めた鳥は、一瞬の後に木からその身を躍らせ、こちらに真っ直ぐに飛んできた。


 まずい、直撃コースだ。


「……だから、えっと、もし先生が困らなければ、これからもふた」

「伏せろッ!!!」


 俺の腕の中で「りゅべっ!?」と苦しそうに肺から息を絞り出すことになってしまった木原に心で詫びつつ、二人の体を思い切り地面に叩きつける。木原の背中と後頭部を守るために回した腕に鈍い衝撃が走った。


 直後、俺の頭のすぐ上を空気の圧が鋭く過ぎ去っていった。咄嗟の回避行動はギリギリのところで上手くいったらしい。頭を触って確認しても、どうやら今のところはハゲを心配しなくても良さそうだった。


 腕の中でもがく木原をそっと解放し、上体を起こす。


「ちょ、せんせい、どうしたんですか!」

「鳥に襲われてる! まだどっか近くに居るはずだ!」

「え!」


 真っ赤に茹で上がった顔をした木原はそれを聞いてすぐに青ざめた。

 周囲を見回しても、さっき俺たちを襲ってきた鳥の姿は見当たらなかった。既に飛び去ったのか、それとも隠れて奇襲の機会を窺っているのか。分からない。


「木原、すぐに飛んでくれ。逃げよう」

「は、はいっ」


 慌てて集中を始めた木原のことを庇うように膝立ちで体を広げ、せめてもの武器にしようと薄手のジャケットを脱いで右手に握る。


「飛びます!」


 木原の声を合図に、マットは一瞬風もない中はためき、そして宙に浮かび上がった。操縦者の焦りが表れたのか、座っていても姿勢が崩れそうになるくらいの荒い動きだった。


 そのまま高度を上げていくと、近くの木の中からバサバサと音がして茶色い影が飛び出した。鳥はまだスピードの上がりきらない絨毯を一瞬で捉え、すぐに俺たちの横に陣取った。


「急げ!」

「これ以上早くしたら先生振り落としちゃいます!」

「くっそ!」


 不安定な足場の上で必死にもがき、悲痛な声で限界を伝えてきた木原と鳥の間になんとか体を持って行く。

 こうなったら、直接やるしかない。


 大きく見開いた目でこちらを舐めるように観察した後、すっ、と鳥は体を横に倒した。

 一瞬遅れて、俺は右手のジャケットを振り回した。


「!」


 手に確かな感触があって、そして一瞬の後に俺の手からジャケットはなくなっていた。斜め下に風に揉まれながら落ちていく布が見えて、その中から再び鳥が姿を現した。


「無傷かよ……!」


 羽ばたきには一切の陰りがない。つまり、さっきの交錯の結果は武器を失った俺の完敗ということになる。


「ご、ごめんなさい!」

「いいから、リユースショップで千円ちょっとで買っただけだ! 今は逃げるんだ!」


 二人分の悲鳴を乗せてマットは更に速度を速める。ただ、敵から逃げ切るにはまだ全く以て足りないらしく、再び一瞬で横に並ばれてしまった。


 汗にまみれた両手を握る。

 今度は、素手で戦うしかない。


「来るなら来いよ!」


 なんとなく鳥と目が合った気がしたので無我夢中で威嚇した。


 すると、ふっとその目が逸らされた。

 

「え?」


 何故か羽ばたきを止めた鳥は、一気に高度を落とし始めた。空中で体を捻ったかと思うと、みるみるうちにその大きな体は遙か彼方へと消えていく。


 マットから体を乗り出し、ジャケットと一緒に見えなくなったのを確認する。


「逃げた、のか……?」


 その時、背後から木原の「あっ」という声が聞こえた。


「どうした?」

「あ、いや、多分なんですけど、あの鳥の狙いはお菓子だったんだと思います」

「お菓子?」

「さっき先生がジャケットを振り回した時に、お菓子の残りが入った袋も一緒に落ちてったんです。で、それに気付いて、お菓子を探しに行くことにしたんじゃないかなって」

「……なるほど、結構ありそうだな」


 納得のいった俺が返事をすると、木原はしょんぼりとした顔で俯いた。


「ごめんなさい、最初から分かってれば先生のジャケットまでなくすことはなかったのに」

「ああ、だから良いって。あんなのすぐまた買えるさ。それより木原こそ、何かなくしたり怪我とかしてないか?」

「えと、特にありません……」

「そうか。良かった」


 俺のフォローはあまり響かなかったようで、あまり話したくないのか、木原は顔を膝にうずめて動かなくなってしまった。


 こういう風になった生徒にすっきりと心を開いてもらうだけの話術は、俺の中にはまだない。


(参ったなぁ)


 何度か話しかけてみようとして、上手い言葉が思いつかなかったので止めた。


 マットは俺たちの高校に向かって真っ直ぐ飛んでいる。この調子なら、二十分くらいで準備室の中に戻れそうだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ