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6.「マラソン大会」-2

 折り返し地点を撤収し、スタートとゴールを兼ねる広場に戻ってきたところで、丁度表彰式が始まった。

 

〈これより、表彰式を行います。まず、男子の入賞者は前に〉


 ジャージ姿の校長先生がメガホンを握り、彼の合図と共に八人の生徒たちが並んだ。

 俺が目を付けていたのも二人入っている。俺の勘もそこまで間違ってはいなかったらしい。


 一位はサッカー部の元主将だった。彼は一位を獲ったことに特に何の感慨も抱いていないのか、終始真顔のままで表彰状を受け取っていた。給水担当の間でも相当の人気株だったそいつは、確か自分の部活の副顧問から水を受け取っていたはずだ。

 視界の片隅に意識を向けると、少し年上の先生が小さく手を握っているのが見えた。


〈続いて、女子の入賞者は前に〉


 次いで、女子が八人整列する。

 当然、その中の一番後ろに木原の姿もあった。


 先頭から八位、七位と表彰状を受け取っていき、そして最後に木原が歩み出た。

 俺は盛大に拍手をする準備を整えて、校長の宣言を待ち構えた。


〈女子一位、かつ総合優勝、木原香織! 素晴らしい走りだった!〉


 広場中がどよめいた。

 俺は思い切り手を叩きかけて、違和感を感じてその手を止めた。


「……ん?」


 総合優勝?


 表彰状を受け取った木原は綺麗な礼をした後に、俺の方を見て、誇らしげにピースサインを作って手を振ってきた。


 あ、ああ、そうだ、拍手、拍手だ。

 

 俺は辛うじて我に返って手を叩き、それで思い出したかのように、凍り付いていた辺りの人々も拍手を始めた。

 

「マジかよ」


 こうして、俺は忘年会のタダ券を手に入れた。




       ☆ ★ ☆




 表彰式が終わってから、俺は木原を労うために彼女のもとを訪れた。

 俺の姿を認めるなり木原は駆け寄ってきて、俺に向かって賞状を誇らしげに掲げた。


「ほらみて先生、優勝です!」

「すげえよ。よもやあそこから総合優勝まで持って行くとはなぁ」


 総合優勝という文字列が意味するのは、つまり、木原は男子をも含めた全員を抑えて最初にゴールしたということである。

 確かに「優勝しろ」と言ったのは俺だ。だが、流石に男子も含めてとまでの意味は込めていない。

 俺は改めて目の前で盛り上がるまだあどけない顔をした女子生徒の底知れなさを思い知っていた。


「いやー久々に頑張っちゃいました」

「頑張っちゃいましたってお前、どんだけ頑張ったらそうなるんだ。折り返し地点で男子の先頭と十分弱は差あったろ」

「ちょっと五千メートルの世界記録超えてきました」

「今からでもオリンピック出てこいって」

「もう大体の種目は制覇してますよ。私の作った記録は歴史から消してあるので先生は覚えてないと思いますけど」

「……そうだったお前はそういう奴だった」


 思わず崩れ落ちた俺の前に木原がかがみ込んで、視線の高さを合わせてきた。


「それで、先生、私言われたとおり優勝しましたよ!」

「ああ、そうだな」


 木原はずいっと俺の方に顔を突き出した。


「褒めて下さい!」


 満面の笑みでそう言い放った木原を見て、俺は功労者を労うためにここに来たことをようやく思い出した。


「よくやった。俺の飲み代になってくれてマジでありがとう。木原ならできるって信じた甲斐があった」


 俺は木原の肩を叩きながら心からの感謝を改めて伝え直した。


「いえいえそれほどでも……飲み代?」

「ああ。実はな、優勝者に給水したら忘年会がタダっていう賭け事をやっててさ。俺は木原に全ベットしたんだ。そりゃ木原が負けるわけがないよな」

「……へえ」


 木原はむすっとした顔でぽつりと呟いた。

 怒らせただろうか。


 直後。

 キーン、と俺の頭を衝撃が貫いた。

 心なしか普段よりも痛みが激しい。

 

「いっつぅ……」

「私が一位を獲ったこととかの違和感を消しときました」


 まずい、声が完全に怒りムードだ。


「……すまんって」

「いえ、別に先生に利用されたなーとか、頑張って損したなーとか、そんなこと何も思ってないです」

「すまんかったって」

「はあ」


 木原は深くため息をついた。

 完全にキレている。

 流石に私的な都合を押しつけすぎたか。


 しばらく気まずい沈黙があって、「じゃあ」と木原が呟いた。


「一つ私にも報酬を下さい。それでおあいこにしましょう」

「……それで木原の気が収まるなら」


 おそるおそる表情を窺いながら答えると、木原は感情の読めない顔でこう告げた。


「私におねだり一回の権利を下さい」

「お、おねだり?」

「私の言うことを何でも聞く、的なやつです」


 提示された赦しの条件は、おねだりという可愛げな言葉でくるまれてこそいたが、木原の裁量次第ではいかようにも化けうる恐ろしいものだった。

 しかしこうまでも木原を怒らせてしまった原因が俺の方にある以上、俺に否定の権利は残されていない。


「……分かった。おねだり一回で手を打ってくれ。その、一応、俺の持ってる常識に照らして問題ない範囲で、って縛りを付けても良いか?」

「まあそれでいいです。じゃあこれで失礼します」

「お、おう」


 木原は淡泊に別れの言葉を告げて、足早に去って行った。

 

 俺は果たして何をされてしまうのだろう。

 超能力など使えるわけないただの人間でしかない俺に、想像が付くはずもなかった。

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