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知らぬ神よりポケットの端末 〜寄り道ばかりの日本旅〜  作者: こむぎ
第一章 知らぬ神と旅に出るまで
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第八話 花粉と桜

くしゃみが止まらない。朝から三回目くらいのくしゃみをしたところで、さすがに私は顔をしかめた。鼻も少しむずむずするし、目もなんとなく痒い。旅に出てから空気がきれいな場所ばかりだったせいか油断していたけれど、どうやら季節はちゃんと進んでいたらしい。


「……花粉だこれ」


『春じゃな』


隣でしろが当たり前のように言う。


「他人事みたいに言うなよ」


『神に花粉症はない』


それはずるい。


みこは少し離れたところでのんびりしていたが、こちらの会話を聞いて首をかしげた。


「花粉ってなんニャ」


「春になると飛ぶやつ」


「飛ぶ?」


「木の粉みたいなやつ」


みこは少し考えてから言った。


「敵ニャ?」


「違う」


神と猫神に花粉の説明をするのはなかなか難しい。


私はポケットからスマホを出して天気を見るついでに、近くの観光地をなんとなく検索する。せっかく宮城にいるのにこのまま帰るのも少しもったいない気がした。


画面をスクロールしていると、写真が目に入る。川沿いにずっと続く桜の並木。しかもかなり長い。


「あ」


『どうした』


「桜」


『桜?』


「白石川堤一目千本桜」


写真を拡大する。川の両側に桜が並んでいて、その向こうに山が見えている。かなりきれいな写真だった。


「今ちょうど咲いてるっぽい」


みこが覗き込む。


「花ニャ?」


「花」


『人間は桜好きじゃな』


「日本人は特に」


みこは写真を見ながら尻尾をゆらゆら動かした。


「行くニャ」


決定が早い。


そういうわけで、私たちは白石川へ向かうことになった。


電車を降りて歩くと、すぐにそれは見えてきた。川の向こうまで続く桜の並木。遠くからでも分かるくらいの量で、近づくにつれて景色がどんどん白っぽくなっていく。


「うわ」


思わず声が出た。


川の両側に桜がずっと並んでいる。思っていたよりも長い。歩いても歩いても桜が続いている。


「これ全部桜?」


『そう書いてあったの』


「すごいニャ」


みこはすでに花びらを拾っていた。


川の流れはゆっくりで、水の音も静かだ。風が吹くと桜の花びらがふわっと動く。満開に近いみたいで、枝がかなり白く見える。


「これは確かにすごいな」


『一目千本という名前は大げさではなさそうじゃ』


川沿いの道を歩く。桜のトンネルみたいになっている場所もあって、上を見上げるとほとんど空が見えない。道の端ではシートを広げて花見をしている人たちがいて、笑い声が風に混ざっていた。


みこが急に言った。


「食べられるニャ?」


「食べない」


「花なのに」


「食べる花もあるけどこれは違う」


みこは少し残念そうだった。


少し歩くと、川の向こうの桜と山がちょうどいい感じに見える場所があった。写真を撮っている人も多い。


私はスマホを出した。


「写真撮るか」


『任せよ』


しろが自信ありげに言った。


「え」


『神の視点で撮ってやろう』


「意味が分からない」


とりあえずスマホを渡してみる。しろは少し腕を伸ばして、画面をじっと見ながら撮影ボタンを押した。


『撮れたぞ』


スマホを返してくる。


私は画面を確認した。


「……」


『どうじゃ』


「全然だめじゃん」


『なぜじゃ』


画面には、桜の枝のドアップと空しか写っていなかった。しかも角度が微妙に傾いている。


「桜の量が伝わらない」


『ちゃんと桜は写っておる』


「そういう問題じゃない」


もう一枚撮らせてみる。


今度は川がほとんど写っていない。三枚目はなぜか地面が半分入っている。


「写真下手すぎない?」


『難しいのう』


「なんで神なのに写真下手なんだ」


『神は写真文化の存在せぬ時代からおる』


それはそうかもしれない。


結局、自分で撮り直した。


「こうやって川と桜と山を入れる」


『なるほど』


「構図っていうのがある」


『人間は大変じゃな』


みこはその横で花びらを追いかけていた。


「待てニャ」


風に流れていく花びらを捕まえようとしている。もちろん捕まえられない。


「猫だな」


『猫神じゃ』


「猫要素強い」


桜並木の近くには屋台も出ていた。花見の季節だからか、人もそれなりに多い。焼きそばの匂いとか、甘い匂いとか、いろんな匂いが混ざっている。


「屋台だ」


みこが反応した。


「屋台ニャ」


「反応早いな」


『食べ物の気配には敏感じゃ』


屋台を見て回る。たこ焼き、焼きそば、団子、唐揚げ。どれも定番のものばかりだけど、外で食べるとなんとなく美味しそうに見える。


みこがある屋台の前で止まった。


「これ」


指差しているのは串に刺さった団子だった。


「みたらし団子」


「食べるニャ」


「即決だな」


団子を三本買う。屋台のおじさんが紙皿に乗せてくれた。甘いタレの匂いがする。


みこは一口食べて、目を丸くした。


「うまいニャ」


「よかったな」


『甘いのう』


「神様も食べるんだ」


『たまには』


団子を食べながら桜を見る。風が吹いて花びらが少し落ちてきた。肩に一枚乗ったので、手で払う。


「春って感じだな」


『人間はこういう季節を楽しむのが上手じゃ』


「冬は寒いって言うし、夏は暑いって言うけどな」


『それでも季節ごとに楽しみを見つける』


みこは団子をもう一本食べながら、桜を見上げていた。


「花いっぱいニャ」


少し歩くと別の屋台があった。今度は焼き牡蠣の屋台だった。網の上で牡蠣が焼かれていて、殻がパチパチ音を立てている。


匂いがすごい。


「牡蠣だ」


みこがこちらを見る。


「食べるニャ」


「また?」


『食欲旺盛じゃな』


試しに二つ買ってみる。殻を開けてもらうと、中にぷりっとした身が入っている。


みこは一口食べて固まった。


「どうした」


「海の味ニャ」


「牡蠣だからな」


少し歩くと、川の向こうに山が見えた。桜と山の組み合わせがきれいだった。


私はもう一度スマホを構えた。


『今度はわしが撮ろう』


「もういい」


『今度はうまく撮る』


「信用できない」


しろは少し不満そうだった。


川の流れは相変わらず静かだった。桜の並木はまだずっと続いている。歩けばまだまだ桜が見られそうだ。


私は立ち上がった。


「もう少し歩くか」


「行くニャ」


『よいの』


桜の道をまた歩き出す。花びらが少しずつ落ちてきて、足元に白い色が増えていく。


春はまだしばらく続きそうだった。

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