表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
知らぬ神よりポケットの端末 〜寄り道ばかりの日本旅〜  作者: こむぎ
第一章 知らぬ神と旅に出るまで
6/16

第六話 迷い神と猫の島

しばらく天井を見上げたまま動けなかった。秋田から帰ってきたばかりで、まだ頭の中が旅の空気のままだったのに、目の前の現実が急に別の方向に飛んでいった感じがする。ソファには猫耳の少女。尻尾まである。しかも普通にジュースを飲んでいる。私の家で。


「……とりあえず」


私はゆっくり靴を脱いで部屋に入る。


「説明して」


少女はストローをくわえたまま首を傾げた。


「何を?」


「全部」


隣でしろが小さくため息をつく。


『迷い神じゃ』


「迷い神?」


『居場所を見失った神のことじゃ。人の世をふらふらする』


私はもう一度猫耳の少女を見る。少女はジュースを飲み終わると満足そうに息をついた。


「うん。迷った」


「軽いな」


「気づいたらここにいた」


それは迷うというより侵入ではないだろうか。


私は腕を組んだ。


「名前は?」


少女は胸を張った。


「吾輩に名前はまだニャイ」


どこかで聞いたことある言い方だ。


「猫だからニャイなの?」


「猫神だから」


なるほど。


私は少し考える。神様が一人増えた。しかも名前がない。放っておくのも変な感じがする。


「じゃあ名前つける」


猫耳の少女が目を丸くする。


「いいの?」


「ないよりいいでしょ」


しろが横で言う。


『適当につけるでないぞ』


「適当じゃない」


少し考える。猫神。猫耳。なんとなく頭に浮かんだ言葉を口にする。


「みこ」


少女が首を傾げる。


「みこ?」


「巫女の“みこ”。神様っぽいし」


しばらく沈黙があって、それから少女は嬉しそうに笑った。


「いいニャ」


「ニャ言うんだ」


「猫神だから」


そういう設定らしい。


みこはソファから立ち上がって尻尾を揺らした。


「じゃあよろしくニャ」


「よろしくされた」


しろが小さく言う。


『迷い神ならば居場所を探してやらねばな』


「居場所?」


『神にも帰る場所がある』


みこは少し考える顔をした。


「気づいたら、前にいた場所が分からなくなってたニャ」


「神様でも迷うんだ」


「山とか森とか、猫がいる場所を歩いてたら、いつの間にか知らない町だった」


それはかなり迷っている。


「覚えてることは?」


「猫が多いところが好きだった気がするニャ」


私はスマホを取り出す。猫が多い場所。日本。いくつか出てくる。


その中の一つを見せる。


「ここ」


『どこじゃ』


「田代島」


猫が多い島。猫神社もあるらしい。


みこが目を輝かせた。


「猫神社!」


『猫神には良さそうじゃ』


こうして私たちはまた旅に出ることになった。


数日後、フェリーに乗る。港を離れると海の風が強くて、潮の匂いがする。船の上から見る海は広くて、光が水面に細かく反射していた。


デッキに立つと風が強い。


「思ったより揺れる」


『船じゃからの』


みこは手すりから海を見ている。


「海もいいニャ」


「前は海にいた神なの?」


「うーん」


みこは首を傾げた。


「覚えてないニャ」


「神様ってそんな感じなの?」


『長く生きておると曖昧になることもある』


みこは少しだけ遠くを見る。


「でも猫が多いところは好きだった気がするニャ」


「猫神だしね」


「だからここ、いいかもしれないニャ」


まだ島も見えていないのに。


しばらくして、遠くに島が見えてくる。山の形の島で、港の近くに家が並んでいる。


「猫の島か」


フェリーが港に近づく。


みこが小さく言った。


「ここ、なんかいい感じするニャ」


島に降りる。


港は小さくて、静かな空気が流れていた。


歩き始めてすぐ、道の真ん中に猫が寝ていた。


「もういる」


みこが近づく。


「吾輩は猫神ニャ」


猫がゆっくり目を開ける。


そして。


「シャー」


「え」


私は思わず笑う。


「猫神なのに」


『威厳がないの』


「なんでニャ」


みこは納得いかない顔をしていた。


島の道を歩くと、あちこちに猫がいる。家の前、道路の端、日向の石の上。どの猫も自由に寝たり歩いたりしていて、人が近づいてもあまり逃げない。


「ほんとに多い」


『のんびりした島じゃ』


みこは周りを見回している。


「ここ、悪くないニャ」


「まだ来たばっかり」


『もう決める気か』


少し歩くと神社が見えてくる。


猫神社。


小さな鳥居と社。その周りにも猫が何匹かいる。静かな場所で、風の音と猫の動く音だけが聞こえる。


「ここか」


みこが社を見つめる。


「猫の神様の場所ニャ」


『落ち着くか?』


みこは少し考えてから言った。


「ちょっとだけ」


私は境内をゆっくり歩く。派手な神社ではないけど、島の空気とよく合っている気がする。


猫が一匹、社の前で丸くなって寝ていた。


みこがそっと近づく。


「仲間ニャ」


猫が目を開ける。


そして。


「シャー」


「また!」


私は思わず笑った。


「完全に嫌われてる」


『猫神の面目丸つぶれじゃ』


みこは落ち込んだ顔をしていた。


猫神社から少し南に歩くと、建物が見えてくる。木の看板に「島の駅」と書いてある。


店の前のベンチに座ると、猫がのんびり寝ている。観光客用の休憩所らしく、お土産や軽食も売っているみたいだ。


「いい場所だな」


猫が一匹、ゆっくり近づいてくる。


みこも座る。


「ここ、結構いいニャ」


「気に入りすぎ」


『猫は気まぐれじゃからな』


私はねこじゃらしを見つけて軽く振る。


すると猫が反応した。二匹、三匹と近づいてくる。


「おお」


『人気じゃ』


猫がじゃれついてくる。思ったより元気だ。


「癒やされる」


みこも参加しようとする。


「吾輩も」


猫たちが少し距離を取った。


「なんでニャ」


私は笑いながらねこじゃらしを振る。猫たちは自由気ままに遊んだり寝たりしている。


ふと猫用の餌が売られているのが目に入った。


「餌あげたくなるな」


でも横に注意書きがある。食べすぎは猫の体調を崩す原因になるので、餌はあげないでください。


「我慢」


『大事じゃ』


みこは猫に無視されながらも周りを見ていた。


「ここなら住めそうニャ」


「もう住む前提?」


『決めるのが早いの』


そのまま島を歩いて、海を見て、猫を見て、また休憩して。気づけばかなり時間が経っていた。


私は時計を見る。


「……あ」


『どうした』


「フェリー」


スマホを確認する。


「時間」


沈黙。


「過ぎてる」


『帰れぬの』


みこがのんびり言った。


「じゃあ泊まればいいニャ」


私はため息をついた。


「お前のせいだろ」


島の猫が静かにあくびをした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ