第二十二話 暑さと家の中のゆるやかな時間
「……暑すぎるニャ……」
めぐはリビングの窓から入る光を浴びながら小さくつぶやき、手で額の汗をぬぐってソファに深く沈み込む。外は真夏の太陽に照らされ、照り返しで道のアスファルトが白く光り、遠くで揺れる空気がゆらゆらと歪んで見えるが、家の中に入る光と風はほんのわずかにしか暑さを運ばず、静かで、ゆるやかな空気が広がっていた。
「やっぱり今日は無理じゃな」
しろは窓際に立ち、腕を組んだまま空を見上げる。青の中に白が溶けたような夏の空はどこまでも広がっていて、外に出る気を完全に削いでくる。
「冷たいものでも飲むニャ」
みこが冷蔵庫を開け、ジュースとアイスを取り出す。冷気が一瞬だけ広がり、それだけで少し救われた気がする。
氷の入ったグラスを手に、めぐはゆっくり口をつける。喉を通る冷たさと、氷が舌の上で転がる感触を確かめるように味わいながら、何も考えずに息をつく。
そのまま時間が流れる。
本を開いてはページをめくり、途中で止まり、気づけば同じところをもう一度読んでいる。扇風機の風が一定のリズムで当たり続け、カーテンがわずかに揺れる。
次の日も、ほとんど同じだった。
「……今日も無理ニャ」
外を見た瞬間に諦めがつく。昨日よりも少しだけ強い日差しに、出るという選択肢が最初から消える。
しろは何も言わずソファに寝転がり、みこは床に転がって天井を見ている。
「……動く気にならんな」
「なるわけないニャ……」
誰も反論しない。
冷蔵庫からアイスを取り出して、無言で食べる。溶けるのが少し早い気がして、気温の高さをなんとなく感じる。
テレビもつけず、音もなく、ただ時間だけが流れていく。
三日目。
めぐは窓の外を見ながら、少し長めにため息をつく。
「……さすがに、何もしてないな」
「何もしておらん」
「してないニャ」
三人とも同じ結論に至るが、それでも動かない。
本を開いても集中できず、氷を噛んでもすぐに飽きて、結局またソファに戻る。
扇風機の首振りの音だけが、ゆっくり部屋の中を回っている。
四日目。
みこが冷蔵庫を開けて、しばらく中を覗き込んだまま動かなくなる。
「……あれ?」
「どうした」
「アイス……ないニャ……?」
めぐも顔を上げる。
「え、昨日あっただろ」
「昨日ので最後じゃな」
しろが淡々と言う。
「……そんな……」
みこはしばらく固まったまま、ゆっくり冷蔵庫を閉める。
部屋の中が、ほんの少しだけ静かになる。
「……」
「……」
「……」
「……もう無理ニャ」
みこがぽつりとこぼす。
「このままだと、ただ暑いだけで終わるニャ」
めぐも天井を見上げたまま、小さく頷く。
「……さすがにどっか行きたいな」
「うむ」
しろも短く同意する。
少しだけ間が空く。
外の光は相変わらず強いが、風がほんの少しだけ動いた気がした。
「……じゃあ避暑地に行くニャ」
「避暑地……?」
「那須高原なら涼しい風と緑、川や湖もあるニャ!」
みこの声が少しだけ弾む。
めぐはゆっくり起き上がり、小さく笑う。
「いいな、それ」
「うむ、計画を立てるぞ」
さっきまでのだらけた空気が、ほんの少しだけ動く。何もしていなかった数日間、冷たい飲み物、溶けていくアイス、動かない時間。その全部が、外へ出る理由に変わる。
午後の光が少しだけ傾き始めた頃、三人の中にあった停滞が、ゆっくりとほどけていった。




