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知らぬ神よりポケットの端末 〜寄り道ばかりの日本旅〜  作者: こむぎ
第一章 知らぬ神と旅に出るまで
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第二話 名を知る神との旅路

朝よりは軽いけど、昨日よりは確実に重い足で、私は清水寺方面へ向かっていた。京都って平らなイメージあったのに、普通に坂だらけ。誰だよ平安京つくった人。いや平らだったのか昔は。知らないけど。


「……お腹すいた」


さっき伏見でそば食べるって決めたくせに、もう空腹が主張してくる。観光は体力勝負。向いてない。


ポケットの中でスマホが小さく震える。


『また腹か』


「人間は燃費悪いの」


『効率が悪い』


否定しようと思ったけどやめる。事実だし。


「清水寺行く前にしんそば食べよ」


『店なら任せよ』


自信満々。昨日スマホに吸い込まれた神様が。


「信用ないけど」


『庭のようなものじゃ』


庭、広いな。


言うだけ言わせてみるかと任せた結果、三分後には住宅街にいた。洗濯物が風に揺れている。どう見ても観光ルートじゃない。


「ねえ」


『なんじゃ』


「庭、どこ」


『……記憶が古い』


私は無言で検索した。文明の勝ち。


『それはずるいぞ』


「効率」


それ以上は何も言わない。拗ねた気配はあるけど、今回は放置する。お腹空いてると優しくなれない。


結局、評価の高い店に入って天ぷらそばを頼む。湯気。出汁の匂い。もうこれだけで正解。


一口すする。熱い。うまい。ちゃんと、うまい。


『どうじゃ』


「美味しい」


『……そうか』


間が空く。


『わしは味わえぬのか』


急にくるな。


「そのうち、なんとかなるかも」


根拠ゼロ。自分でもわかる。でも今はそれ以上言えない。しろは何も返さなかった。


店を出ると、坂。ひたすら坂。


参道は両側に店が並んでいて、抹茶、団子、扇子、八つ橋、ガラス細工、何でもある。甘い匂いと香水と線香が混ざって、観光地特有の浮ついた空気。嫌いじゃない。


着物をレンタルした外国の人が多くて、明らかに観光なのに本気でポーズ決めている。異国でのコスプレ体験、楽しそうだなと思う。堂々としている人は強い。


『派手じゃの』


「観光地だからね」


坂きつい。息上がる。


ようやく清水の舞台に出る。高い。思ってたより高い。下を見るとちょっと怖い。京の街がずっと向こうまで見える。絶景、と言われればそうなんだけど、ここから撮る写真だと自分がどれだけ高い場所にいるかはあまり伝わらないのが不思議だ。


案内に従って奥の院へ回る。そこで初めて舞台の全景が見える。あ、これか。さっき自分が立っていた場所が、横から見るとちゃんと凄い。柱多い。高い。どうやって建てたんだあれ。気合?


観光客が順番にポーズを決めて写真を撮っている。ここが正解スポットらしい。


「撮る?」


『わしは写らぬのか』


「無理じゃない?」


少し並んでから、音羽の滝へ。三筋の水が上から落ちていて、長い柄杓で受け止める。思ったよりアトラクション感ある。


左が学業、真ん中が恋愛、右が延命長寿。……たしか。でも混んでいるときに三つ全部いくのはなんか違う。空いたところの水をさっと受けて一口だけ飲む。冷たい。


『何を願った』


「秘密」


『教えよ』


「言わない」


別に大した願いじゃない。でも言うと軽くなりそうで嫌だった。


坂を下りる途中で八つ橋の店に入る。ガラスケースの中で、生地をセイロで蒸しているのが見える。昔ながらの製法、とか書いてあるけど、たしかに蒸気の上がり方がなんか真面目。


試食をひとつもらう。


持った瞬間、やわらかい。想像してたよりずっとやわらかい。折れない。むしろ指に吸いつく感じ。もちもち、というより、もち、すべ、みたいな不思議な感触。きめが細かいってこういうことかと、ちょっと納得する。


口に入れると、ごく薄くまぶされたきな粉が先にふわっときて、そのあとに水ニッキの香りが追いかけてくる。強すぎない。やさしい。上品、ってこういう味を言うのかもしれない。甘いけど、べたっとしない。


「……ちゃんと美味しい」


思わず小声になる。


『それも食うのか』


「食べる」


『ずるいの』


「うん」


でも今回は少しだけ胸が痛む。


「これ、たぶんしろ好きだよ」


『ほう』


「やわらかいし、変に主張しないし」


『わしは主張せぬぞ』


「するでしょ」


しろが何か言い返そうとして、やめた気配がする。


もう一口もらおうか一瞬迷って、やめる。きな粉の香りがまだ口の中に残っている。それくらいがちょうどいい気がした。


夕方、足が限界になった頃、電車に乗る。座れた。ありがたい。


窓に映る顔が少し疲れている。楽しかったはずなのに、思い出す順番が逆で、まず「明日仕事か」が来るの、ずるい。


「……明日、仕事か」


『嫌か』


「嫌」


間髪入れず。考えるまでもない。


しろは少し黙る。珍しい。電車の揺れとアナウンスの声だけが続く。


『他にも行きたい』


唐突。


「どこ」


『鹿』


「奈良ね。雑すぎない?」


『大阪はどうじゃ』


「なんで急に都会寄り」


『響きが強い』


意味が分からない。強いってなんだ。


電車がトンネルに入る。一瞬、窓が鏡みたいになる。


「……秋田は?」


自分で言ってから、なんで秋田?と思う。奈良でも大阪でもなく、いきなり北。地図の端っこ。雪のイメージしかない。


『あきた?』


「遠い」


『鹿は』


「知らない。たぶんいるけどメインじゃない」


『なぜ秋田』


「なんとなく。行ったことないし」


本当にそれだけ。理由にするには弱い。でも、弱いくらいがちょうどいい気もする。


しろはしばらく何も言わない。珍しく長い沈黙。


『……遠いの』


「うん」


『寒いのか』


「たぶん」


また沈黙。


『面白そうじゃ』


そこで決まるのかよ、と言いかけてやめる。


電車が駅に滑り込む。減速する音。


「次がいつかもわからないのに」


ぽつりと出る。


『明日ではないのか』


「明日は仕事」


『ではその次じゃ』


簡単に言う。


電車が駅に滑り込む。減速する音がやけに長い。


「次がいつかもわからないのに」


ぽつり。言うつもりなかったのに出た。


『明日ではないのか』


「明日は仕事」


『ではその次じゃ』


簡単に言う。ほんとに簡単に言う。


ドアが開く。人が流れる。私は流れない。


スマホの中に神様がいて、私は明日も会社に行く。資料も出す。たぶん怒られる。秋田は遠い。遠いけど、遠いってだけで、ちょっといい。


「寒いよ、たぶん」


『なら厚着をせい』


そこ?


少しだけ笑う。


次があるのかどうかなんて分からないけど、

秋田かもしれないどこかが、もう頭の片隅に居座っている。


とりあえず。


秋田。


……たぶん。

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