表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
知らぬ神よりポケットの端末 〜寄り道ばかりの日本旅〜  作者: こむぎ
第二章 寄り道から始まる日本旅
19/21

第十九話 静けさとまだ言わないこと

「ここ……なんか違うニャ」


めぐが小さく言う。


目の前に広がるのは、出雲大社へ続く長い参道だった。真っすぐに伸びた道の両側には松の木が並び、その枝がゆるやかに重なって、空を細く切り取っている。


砂利を踏む。


じゃり、と乾いた音が足元から広がる。その音が、思っていたよりも遠くまで伸びていく。


「音、響くニャ……」


みこが少し声を落として言う。


「ここは、そういう場所じゃ」しろが答える。


その声は、いつもより少しだけ低かった。


めぐは少しだけ視線を横に向ける。でも、何も言わない。そのまままた前を見る。


参道を歩く。砂利の感触は場所によって少しずつ違い、細かいところはさらさらと流れるようで、少し大きな石が混ざる場所では、足裏に確かな重みが伝わる。


空気が、少し乾いている。


沖縄の湿った空気とは違う。肌にまとわりつかない分、風がそのまま通り抜ける。


松の匂いがする。ほんのりとした青い香りと、土の匂いが混ざって、鼻の奥に静かに残る。


遠くから、鈴の音が聞こえる。


一定ではない。風に揺られて、時々、思い出したように鳴る。


めぐは歩く速度を少しだけ落とす。


「……落ち着くニャ」


「落ち着くというより、整う感じじゃな」しろが言う。


「なにそれ」


「そのままじゃ」


それ以上、しろは説明しなかった。


参道を進むにつれて、人の声が少しずつ減っていく。観光客はいるのに、どこか遠い。話し声も笑い声も、強く響かない。


まるでこの場所に合わせて、小さくなっているみたいだった。


大きな鳥居が見える。


その手前で、めぐは一度足を止める。


見上げると、木でできたその鳥居は思っていたよりもずっと大きく、空との境目をゆっくり区切っていた。


風が吹く。


鳥居の向こうから、空気が流れてくる。


「……行くニャ」


誰に言うでもなく、めぐが小さく言って、一歩踏み出す。


その瞬間、空気が少しだけ変わる。


重くはない。でも、はっきりと違う。


みこが小さく息を呑む。「あ、なんか……変わったニャ」


しろは何も言わない。


ただ、少しだけ目を細めていた。


境内に入る。


砂利の音が少しだけ柔らかくなる。木々の間から落ちる光は丸く、影もはっきりしすぎない。


正面に大きな社が見える。


しめ縄が、思っていたよりもずっと太い。


ねじれた縄が重なり合い、その下に垂れた紙垂が風に揺れるたび、かすかに音を立てる。


めぐはしばらく見上げたまま、動かない。


「……大きいニャ」


「うむ」


しろの返事は短い。


みこが少しだけ前に出て、手を合わせる。めぐもそれに倣う。


手を合わせた瞬間、周りの音が少し遠くなる。


風の音だけが残る。


何かを願う、というよりは、ただそこにいる感じだった。


手を下ろす。


「何もお願いしなかったニャ」


「それでよい場所じゃ」


しろが静かに言う。


めぐは少しだけ首を傾げる。


「しろ、ここ知ってるニャ?」


少し間が空く。


風が吹く。


しろはすぐには答えなかった。


「……まあ、知らんでもない」


「どっちニャ」


「さあな」


それ以上は言わない。


でも、さっきまでよりも、ほんの少しだけ距離を感じた。


めぐはそれをそのままにして、もう一度社を見上げた。


しばらくして、三人は境内を後にする。


参道を戻るとき、来たときと同じ道なのに、少しだけ違って見えた。


砂利の音、風の流れ、木の影。


どれも同じはずなのに、さっきよりも少しだけ軽い。


「さっきより普通ニャ」


みこが言う。


「出たからの」しろが短く答える。


そのまま歩いて、海へ向かう。


しばらく進むと、視界が開ける。


目の前に広がるのは、稲佐の浜だった。


砂浜は広く、色は少し暗い。細かい砂と、小さな石が混ざっている。


波は穏やかで、規則的に寄せては返す。


音が一定で、変化が少ない。


「……静かニャ」


めぐが言う。


「海なのに、あんまり騒がしくないニャ」


みこも頷く。


風が吹く。


砂が少しだけ動く。足元でさらさらと音を立てる。


めぐは靴を少しだけ脱いで、砂に足を乗せる。


ざらりとした感触。


温かいところと、少し冷たいところが混ざっている。


歩くと、砂が沈む。足が少しだけ取られる。


「歩きにくいニャこれ」


「気を抜くと転ぶぞ」


しろが言った直後、めぐの足が少し沈みすぎて、バランスを崩す。


「うわっ」


一歩大きく踏み出して、なんとか踏みとどまる。


「……危なかったニャ」


みこが笑う。「言ったそばからニャ」


波打ち際まで行く。


水は透明に近いけど、沖縄みたいな明るさじゃない。少し落ち着いた色をしている。


足先だけ、水に触れる。


ひやり、とした感触がゆっくり上がってくる。


「冷たいニャ……でも優しいニャ」


波が足に当たって、すぐに引く。


その繰り返し。


一定のリズム。


しろは少し離れたところで、海を見ている。


いつもより、動かない。


めぐはその背中を見る。


「……しろ」


呼ぶと、少し遅れて振り向く。


「なんじゃ」


「ここも知ってるニャ?」


また、少しだけ間が空く。


風が強くなる。


しろの髪が揺れる。


「……ここは、来る場所じゃ」


「来るべき場所、かもしれんがの」


「来る?」


「そういう場所じゃ」


答えになっているようで、なっていない。


でも、それ以上聞く気にはならなかった。


めぐはそのまま海を見る。


波が寄せて、返す。


その繰り返しが、ずっと続いている。


時間が進んでいるのか、止まっているのか、少しだけわからなくなる。


みこが小さくあくびをする。


「なんか、ぼーっとするニャ」


「ええ場所じゃな」しろが言う。


さっきよりも少しだけ、いつもの声に戻っていた。


しばらく三人は何も話さずに立っていた。


風と波の音だけが続く。


それだけで、時間が流れていく。


めぐはゆっくり息を吐く。


「……今日、静かすぎるニャ」


「そういう日もある」しろが言う。


その言葉は、いつもと同じなのに、少しだけ違って聞こえた。


何かを知っていて、まだ言っていない。


そんな感じが、少しだけ残っていた。


三人はゆっくりと浜を後にする。


砂の感触が足から離れていく。


波の音も、少しずつ遠くなる。


体の奥に、少しだけ残っている。


「……なんかお腹すいてきたニャ」


めぐは少しだけ考える。


風が吹く。


「……まあ、適当に」


しろが小さく笑う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ