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知らぬ神よりポケットの端末 〜寄り道ばかりの日本旅〜  作者: こむぎ
第二章 寄り道から始まる日本旅
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第十八話 祈りの場所とほどけていく味

朝の空気は、昨日よりもほんの少しだけ軽かった。

湿り気はまだ残っているのに、肌に触れる風の中に、わずかに乾いた感触が混ざっている。


めぐは空を見上げて、目を細める。


「昨日より、空が明るいニャ……」


雲はあるけれど、重くない。薄く広がって、光をやわらかくしているだけだった。


三人はそのまま、斎場御嶽へ向かう。


入口に近づくにつれて、周りの空気が少しずつ変わっていく。

さっきまで聞こえていた車の音や人の話し声が、後ろに引いていくみたいに遠くなる。


石の道に足を乗せる。


ざらり、とした感触。

少し湿っていて、ところどころに苔がついている。


一歩進むごとに、足音がやわらかくなる。


「……なんか、音変わったニャ」


みこが小さく言う。


「吸われてる感じするニャ……」


しろがゆっくり頷く。「ここはそういう場所じゃ」


道の両側には背の高い木が並び、枝と葉が重なって空を細く切り取っている。

光は入ってくるのに、明るすぎない。影が濃すぎず、全体が少しだけぼやけて見える。


風が通る。


葉が擦れる音が、近いのに遠く聞こえる。


めぐは歩きながら、手のひらで空気をなぞるように動かす。


「空気、重いニャ……でも嫌じゃない。なんか、水の中歩いてるみたいニャ」


少し進むと、足元の石が大きくなる。

自然のままの岩がそのまま道になっていて、凹凸に合わせて歩く必要がある。


「ちょっと滑るニャ」


みこが足を乗せた瞬間、少しだけバランスを崩す。


「あっ」


ぐらっと体が傾く。


めぐが慌てて腕をつかむ。


「大丈夫ニャ?」


「びっくりしたニャ……ツルッていった」


しろが静かに言う。「足元見て歩くのじゃ。ここは気を抜く場所ではない」


その言葉の通り、周囲の空気は少しだけ張り詰めている。


奥へ進むにつれて、岩が大きくなる。

二つの巨岩が寄り添うように立ち、その間に道が通っている。


風がその隙間を抜けると、低い音が鳴る。


ごう、とも、すう、ともつかない音。


めぐは立ち止まる。


「……ここ、なんかいる感じするニャ」


「なんか、見られてるっていうか……ちょっとだけ居心地悪いニャ」


「おるじゃろうな」しろがあっさり言う。

「え、軽く言うニャ……」


みこはそっとめぐの袖をつかむ。


「見られてる気がするニャ……」


三人は少し距離を保ちながら、岩の間をゆっくり通る。


石に触れると、ひんやりしている。

でも氷みたいな冷たさじゃない。動かない温度。ずっとここにある温度。


言葉が自然と減っていく。


話さない方がいい気がする、そんな空気だった。


やがて視界が開ける。


木々の隙間から、遠くの海が見える。


青が、細く、でも確かにそこにある。


風が通る。


その風だけが、この場所で一番はっきりしていた。


めぐは小さく息を吐く。


「……なんか、終わった感じするニャ」


「区切りじゃな」しろが言う。


しばらくその場に立つ。

時間が進んでいるのか止まっているのか、よくわからない。


やがて三人は来た道を戻る。


外に出た瞬間、空気が軽くなる。


「うわ、戻ってきたニャ……」


みこが大きく息を吐く。


「さっきのとこ、ちょっとすごかったニャ」めぐも笑う。


現実に戻った感覚が、少しずつ体に馴染んでいく。


しばらく歩き、喉が乾いてきた頃。


「なんか飲みたいニャ……」


みこの一言で、近くのジューススタンドに入る。


店内は明るく、柑橘の香りがふわっと広がる。

壁にはシークヮーサーの商品が並び、ガラス瓶が光を反射してきらきらしている。


「これ、蛇口から出るやつニャ?」


「ほんとかの」


めぐが蛇口をひねる。


透明な液体が、細い流れになってコップに落ちていく。

ほんのり緑がかっていて、光に透ける。


一口飲む。


「……すっぱいニャ」


思わず顔が少しだけしかめる。


「でも、あとから甘いニャ……」


舌の奥に残る酸味が、ゆっくり丸くなっていく。


みこも飲む。


「うわ、一気に口の中リセットされるニャ」


しろも少し口にする。


「これは……目が覚める味じゃな」


飲み終わるころには、体の中がすっと軽くなる。


少し歩いて、今度は食事。


チャンプルーの店に入ると、鉄板の焼ける音と香ばしい匂いが広がる。

油のはじける音、鍋を振る音、店員の声。


全部が混ざって、活気のある空気を作っていた。


席に座ると、すぐに水が運ばれてくる。


「いい匂いニャ……」


みこが鼻をひくひくさせる。


やがて運ばれてきたチャンプルー。


皿の上には、豆腐、卵、野菜、肉が混ざり合い、湯気を立てている。

油が光を反射して、つやがある。


めぐは箸でひと口取る。


口に入れた瞬間、まず豆腐のやわらかさが広がる。

そのあとに野菜のシャキッとした歯ごたえ。

最後に、卵が全体を包んで、味を丸くする。


「……これ、ずっと食べられるニャ」


みこも食べる。


「シンプルなのに、なんか止まらないニャ」


しろはゆっくり噛みながら言う。


「余計なことをしておらん味じゃな」


もう一口。


今度は少し肉が多い部分を取る。

塩気と旨味が少し強くなり、ご飯が欲しくなる味。


「あ、ご飯ほしいニャこれ」


「わかるニャ」


三人は少し笑う。


気づけば、箸が止まらない。


でも急がない。


一口ごとに味を確かめながら、ゆっくり食べる。


途中で、めぐが箸を落とす。


「あっ」


床に軽く当たって、音が鳴る。


店員がすぐに新しい箸を持ってきてくれる。


「すみませんニャ……」


「大丈夫ですよー」


そのやり取りに、少しだけ空気が和らぐ。


再び食べる。


今度はさっきよりもゆっくり。


味がちゃんと残るように。


食べ終わって、外に出ると、空は少しだけ色が変わっていた。


光がやわらかくなり、影が長くなる。


「今日、なんか濃いニャ……」


めぐがぽつりと言う。


「場所ごとに違うニャ」

「うむ、それが沖縄じゃな」


風が吹く。


少しだけ涼しい。


三人はゆっくり歩き出す。


今日見た場所、感じた空気、食べた味。


全部が重なって、体の中に残っていた。


それがすぐに消えないことを、なんとなくわかっていた。


「……でもちょっと眠いニャ」

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