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知らぬ神よりポケットの端末 〜寄り道ばかりの日本旅〜  作者: こむぎ
第一章 知らぬ神と旅に出るまで
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第一話 知らぬ神との出会い

「はぁ……」


真水めぐは小さく息を吐いた。ちょうどその瞬間、ポケットの中でスマホが震える。え、今? 取り出すと、嫌な予感が頭をよぎった。


——課長だ。知ってた。いや、知りたくなかったけど。


電波の届かない山奥に逃げたい。スマホを川に投げたい。でも、そんなことしたらニュースになるかな。自分のだから大丈夫かな。どうでもいいことばかり考えながら通知を開く。


『真水さん、今日の資料まだ? 午前中の会議で使うから至急』


心臓が一瞬大きく跳ねる。昨日の二十三時に修正指示が出ていた。二十三時って、真夜中だよ。もう日付変わるよね。この会社、労働基準法がほぼ適用外だから考えても仕方ないけど。いっそ、不正労働バレて倒産してしまえばいいのに。


ベッドに入ったのは日付が変わってからだけど、その前に資料を直す気力なんて残っていなかった。会社は知らないし、知ってもどうもしない。わかってる、わかってるけど。


ふと、思考が飛ぶ。小学生のころ、両親に連れられて旅した記憶。知らない町の匂い、電車の窓から見た夕焼け、神社の少し冷たい空気。あの頃は世界が広くて、会社もなかった。


京都、行こうかな……。


高校の修学旅行は風邪で行けなかったんだっけ。クラス写真にいない自分を思い出すと、少し寂しい気持ちになる。でも、有給は余ってる。余ってるけど取れるのかな。会社は私一人いなくても回る。だったら……行こう。


「よし」


勢いで有給申請を出す。怒られるかもしれないけど、今はもう仕事のことなんて考えられない。翌日、私は本当に京都にいた。昨日の自分の行動力、どこから来たんだろう。


「人、多……」


朱色の鳥居がずらりと並ぶ参道。観光客でいっぱいだ。甘い線香の匂い、遠くから聞こえる外国語。情報が多すぎて、少し圧を感じる。画面で何度も見た場所なのに、実際に立つと空気が違う。


ここが伏見稲荷大社。ずっと来たかった場所。しかもここは千本鳥居を通りながら願い事をすれば、なんでも叶うというご利益があったはず。ここで不正労働バレて倒産させる願いを叶えてやる。でも今日は色々回りたいから奥社奉拝所まで行ったら別のところ回ろうかな。


千本鳥居の入口に足を踏み入れると、ざわざわした気配が少し遠のく。空気が少し静かだ。


「綺麗……」


朱色の鳥居がきれい。反射でスマホを取り出す。イソスタ映えしそうな景色。でも、この鳥居をうまく撮るのは難しい。写真全般、うまく撮れる人は尊敬する。

本当に千本あるのかな。数えてみよう。一、二、三……二十……五十


七十本くらいかな。道がが二つに別れている。どっちも鳥居は続くみたい。よし、右にしよう。


やっと着いた。せっかく鳥居の数を数えていたけど途中からわからなくなった。奥社奉拝所まで約十分って書いてあったけど、運動せずいつも寝不足な私には二倍、三倍に感じた。


おもかる石にチャレンジしよう。願い事を思い浮かべる。石灯籠の上の石を持ち上げる。そして予想より石が軽かったら願いが叶う。


……うっ。予想より全然重い。これじゃ願い叶わないじゃん。いや待って、予想をもっと重く設定してればセーフだった? そういう抜け道ない?何度持っても結果は変わらない。流石にもう諦めるか。


せっかくだし、この鍵を加えてる狐像の写真取っておく。画面に収めて、パシャリと撮る。


そのとき。


「……む?」


近くから変な声。え、今の何? スタッフ? って一瞬思う。


振り向いて、固まる。


白い髪。狐耳。浮いてる。


まって、浮いてるってどうゆうこと?


「……え?」

声が出た。たぶん間抜け。


少女は首をかしげて、こっちを見る。理由がわからないみたいにこっちを見ないでほしい。


「そなた、今、わしを写したのか?」


「…………」


頭が止まる。フリーズ。再起動できない。


とりあえず、今頭で考えついた答えがこれ。


「コスプレ?」


「こすぷれ、とは何じゃ?」


こすぷれ、とは何じゃ。って正気?流石にコスプレ知らない人はいないよね。


少女は胸を張りながら神だと言い張る始末


ああ、なるほど神。見た目が可愛いだけの中二病なのかな。

一回、空を見る。京都の空は普通。青い。異常なし。


「……疲れてるのかな、私」


「無視するでない!」


ぷんすか怒る。浮いたまま。マジックでも証明できないよね。物理どうなってるの。


深呼吸。落ち着け。狐耳。浮遊。神自称。


いや無理。絶対夢だよね、でもスマホは震えてる。前に両親と旅した時も、こんな変なこと起きなかったのに、いや、そんなこと関係ない!


もう一度見る。白い髪さらさら。狐耳ぴくぴく。精巧なコスプレ。いやでも浮いてる。どうやって?ワイヤー見えないけど。


「……あの」


「なんじゃ、ようやく信じる気になったか」


「いや全然」


即答したら本気で驚かれた。


「えっと、とりあえず、足つけてみて」


「む? こうか?」


すとん、と地面に降りる。なんで飛べるて降りれるの?今考えるべきなのはそこじゃない気もするけど、そこが一番気になる。そのとき、少女の体がぶれた。ノイズみたいに揺れる。透ける。


「お、おい?」


「む、なんじゃこれは……」


ぐらり、と傾く。反射で手を伸ばす。観光客に見られてないかな、と一瞬どうでもいい心配もする。


「ちょっと!?」


触れた、と思ったらすり抜けた。


「は!?」


「ぬわあああ待つのじゃああーー!」


叫びながら、体が光の粒みたいにほどける。ちょっと綺麗とか思ってしまった自分が嫌だ。そのまま、すうっとスマホに吸い込まれていった。静かになる。いや静かじゃない。周りは普通にざわざわしてる。でも自分だけ静か。


今までに無いくらい、スマホが震える。


『聞こえるか!? 出られんのじゃが!?』


画面いっぱいの声。


「なんで?」


ほんとに。


神様(自称)がスマホに入った。今令和だよね? とかどうでもいい確認を頭がしてくる。


スマホの画面が、また小さく震える。


『のう』


少し間を置いてから、続く。


『外を、見てみたい』


さっきまでの騒がしさとは違う、静かな声だった。強がりもなくて、ただぽつりと落ちてくるみたいな言い方。


ずるい。


なんでそんな言い方するの。


少しだけため息をついて、画面を見る。


「……ねえ」


『なんじゃ』


「名前は?」


一瞬、間があく。


さっきまであんなに勢いよく喋ってたのに、その沈黙だけが妙に長く感じた。


『名、か』


小さく繰り返す。


白音しろねと呼ばれておった』


「しろね」


口に出してみる。少しだけ、柔らかい響き。


画面の中の気配が、わずかに動いた気がした。


「じゃあ、しろでいい?」


少し省略しただけなのに、急に距離が近くなる感じがする。


『……しろ?』


「うん。そっちのほうが呼びやすいし」


ほんの軽い理由。でも、それくらいで決めたかった。


また、少しの間。


『……好きに呼べ』


ぶっきらぼうな言い方。


でも、さっきより少しだけ、拒んでいない感じがあった。


「じゃあ、しろ」


小さく呼んでみる。


『なんじゃ』


すぐ返ってくる。


それが、少しだけおかしくて、私は小さく笑った。


「とりあえず、そこから出る方法、一緒に考えよっか」


『うむ』


即答だった。


神様(自称)がスマホに入っている。


意味はわからないけど、とりあえず現実。


でも、たぶん。


ちょっとだけ、面白いかもしれない。


そう思っている自分もいる。


こうして、真水めぐと白音――しろの、予定外すぎる京都旅行が始まった。

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