表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/10

9話 代わりはいる

 


 フィービーが姿を消して三日後。屋敷の中は初日よりマシになったと言えど、依然重苦しい空気は消えない。朝も昼も夜もフィービーを捜索するウェリタース侯爵とミリアンの目元には隈が浮かび、頬も少し窶れていた。フィービーの行きそうな場所には全て訪れ、どれも外れだった。



「お母様……」

「ジゼル……」



 片手に犬のぬいぐるみを持ったジゼルがいつの間にか部屋へと来ていた。考え事をしていたエイヴァは声を掛けられるまで全く気付けず、瞳に涙を溜めて鼻を啜る娘がフィービーを恋しがってまた泣いたのだと見て分かった。ジゼルに近寄り、目線を合わせて抱き締めた。



「ジゼル。泣かないで、ねえ様は必ず見つかるわ。お父様達が今一生懸命探しているもの」

「ほんとう? 本当に、ねえ様帰って来ますか?」

「ええ、きっと」



 母の言葉に少しは安心したらしく、お付きの侍女にジゼルを託し部屋に返した。

 再び一人になったエイヴァは心の中でジゼルに謝った。きっとフィービーは二度と屋敷に戻って来ない。戻らない覚悟を持って出て行った。

 フィービーがいなくなっても時間は変わらず過ぎていく。幸い、彼女が事前に受けていた茶会の招待はなく、主催する予定もなかった為、方々に報せる時間稼ぎとなっているが一つ問題がある。ミゲルとの婚約についてだ。


 部屋を出たエイヴァが向かったのは執務室。夫が中にいる筈なのだがノックをしても応答がない。もう一度繰り返し、返答がないことを不審に感じたエイヴァが入ると夫は中で倒れていた。



「旦那様!」



 すぐさま駆け寄ったエイヴァは夫が生きていると分かると声を張り上げた。



「誰か、誰か来て!」



 エイヴァの声を聞いたダイソンや他数人の使用人達が駆け付けた。倒れている侯爵を見たダイソンに「すぐに医者の手配を!」と指示を飛ばし、他の使用人には夫を寝室に運ぶよう指示を出した。騒ぎを聞き付けたミリアンもやって来ると悲痛な叫び声を上げた。



「父上!」



 使用人達に担がれ運ばれる侯爵を見ているしかないミリアンは項垂れ、軈てフィービーへの恨み節を口に出した。



「こんなことになったのも全部フィービーのせいだっ……不満があるなら言えばいいものを」

「ミリアン」



 フィービーがいなくなったと判明した初日。彼女が侯爵やミリアンに宛てた書置きが部屋にあった。どんな内容が書かれていたかエイヴァも見せてもらった。とても血の繋がった父娘、兄妹とは思えない内容にエイヴァも言葉を失った。

 前妻が病によって亡くなったのも、フィービーが前妻に瓜二つなのもエイヴァは知っている。元々前妻と交流のあったエイヴァは、初めてフィービーを目にした時、彼女の生き写しとすら感動を覚えた。

 最初はぎこちなく笑うだけだったフィービーが初めて心の底から笑顔を見せお母様と呼ばれた時は本当に嬉しかった。どうして父や兄がいると表情を消し、最低限にしか話さないのかは疑問に思っていた。夫はエイヴァを快く思っていないんだと溜め息交じりに吐いていたが今なら違うと断言する。


 ダイソンに渡された手紙に書いてあった。私は母にそっくりなだけで母ではない、母ではない私が生きていることがあの二人は気に食わないのだと。

 嫌いな相手の前で笑顔を見せたくなかったのだ、フィービーは。



「貴方も休んでください。顔色が良くありません」

「母上……心配は不要です。私だけでもフィービーの捜索を続けないと」

「人間倒れたらお終いです。先ずは休息を取って。顔色が悪いままでは、旦那様と同じで何時か倒れますよ」

「……はい」



 説得を受け入れてくれたミリアンにホッとし、夫を寝室に運んだと報告をしに戻った使用人にミリアンを部屋へ戻すよう命じた。二人と入れ替わるようにダイソンが戻った。



「奥様。お医者様の手配が終わりました」

「ありがとう。旦那様を診てもらったら、ミリアンの診察もお願いしましょう。顔色がとても悪いわ」

「それがよろしいかと」

「それにしても……」



 先程のミリアンが発したフィービーへの恨み節。書置きを読んで一時的にフィービーへ懺悔をしていたが時間が経つと罪悪感が薄れてしまっている。



「勝手にいなくなったフィービーにも非はあるけれど……そこまでさせてしまう程追い詰めてしまったのは私達よ」

「少なくともフィービーお嬢様は奥様を恨んではおりませんでした。私やハンナに――」


『お義母様はいい人よ。昔、ジゼルと同時に風邪を引いてしまった時があったじゃない? お父様とお兄様はジゼルにかかりきりで、私には体調管理が出来ていないと叱り飛ばした。お母様は移ってしまうかもしれないのに、何度も様子を見に来てくれたわ』


「嬉しかったと話していました」

「……」



 あれはジゼルがまだ三歳くらいの時だった筈。フィービーだって心細かっただろうに……エイヴァの知らない場所で二人が心無い言葉をフィービーに浴びせていたと知って失望したのと同時に、捨てられたのは必然だったと思うようになった。



「奥様、アリアージュ様とお嬢様の婚約を如何しますか」

「旦那様はフィービーの捜索に頭が一杯で恐らくそれどころじゃないでしょう。私に決定権はないけれど、まずアリアージュ公爵夫妻と話します。フィービーが戻らない以上、婚約破棄になる可能性は高い」

「アリアージュ様は納得してくださるでしょうか」

「両家が合意すればミゲル様が異議を唱えようと婚約破棄は成立します。幸い、ミゲル様にはローウェル公爵家のダイアナ様がいらっしゃいます。次の婚約者になるのはダイアナ様でしょうね」



 幼馴染で病弱なダイアナを優先し続けるミゲルの態度もまたフィービーを追い詰めた。嫌だなんてきっと口にしないだろう。



「アリアージュ公爵に先触れの報せを出します。後で手紙を用意して」

「畏まりました」



 ――同じ頃。アシュフォード家の応接室でミゲルと会っているアイは、憤りをアイスブルーの瞳に宿し激情を表に出す寸前のミゲルを冷たく嗤った。



「何ですの? そう怒らないでください。私は事実を言っているまでですわ」

「事実、だと? 君はフィービーの友人ではなかったのか……!」

「友人ですわよ? でも、フィービー以外にも友人はおります。彼女達とは賭けていましたの。フィービーがアリアージュ様に捨てられるか、自分で姿を晦ませるか。どうやら賭けは私の勝ちのようですわ」

「っ!!」



 ウェリタース侯爵の親戚筋に当たるアシュフォード家を訪ね、フィービーの行先に心当たりがないか訊ねたミゲルの思惑は失敗した。友人と思っていたフィービーがアイのこんな言葉を聞いたらショックを受けてしまう。怒りを必死に抑え込もうと膝に置く手に力が込められ、手の平の筋が幾つも浮かび上がっていた。意地の悪い笑みを見せ、激しい怒りを込めた瞳に睨まれながらアイは腰を上げた。



「どうぞ、お帰りください。私に聞かれてもフィービーが何処へ行ったかなんて知りません」

「……ああ、そのようだな。時間を取らせてすまなかった」



 抑えて、抑え込んだ低い声は一歩間違えれば多量の怒気となって暴発していた。

 ミゲルが帰るとアイはどっと疲れが押し寄せ崩れるようにソファーに座り込んだ。

 怪しまれないよう態と悪女の振りをしてミゲルの対応をした。今後アイがフィービーの居場所を知っていると思われることはなくなった。但し、ミゲルからの印象は地に落ちた。

 一身に向けられていた殺気の量は尋常ではなかった。もしも言葉を間違えていたらどうなっていたか……。



「ふう……。でもこれで私がどう動こうとアリアージュ様が怪しむことはないわね」






 その頃、北の支部へ向かう道中にある村の宿で休憩を取るフィービーは豪快に寝台に倒れたアズエラに倣い、自身も豪快に倒れた。



「久しぶりにベッドで眠れる~」

「ふふ、そうね。今日はぐっすり眠れそう」

「フィービーは馬車の中でだってぐっすり寝てますよ」

「アズエラだってそうよ。寧ろ、よくむにゃむにゃ寝言を言っているわ」

「ええ!?」



 嘘、と飛び起きたアズエラが可笑しくて笑いが止まらないフィービーは久しぶりのベッドに安心してしまい、隣から飛んでくる声を聞きながら眠ってしまったのだった。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
うん。逃亡して正解だね。 全部捨てて修道女しよう。あんなストレスフルな生活なんて戻る必要なし。ざまあとかどうでもいいのでもう二度と関わらなくていいよ。
 野郎どもに反省の色が見えないなぁ。侯爵はしらんが。
ミゲルに殺気立つ資格あるんだろうか。 フィービーとちゃんと会話していればアイがそんな子じゃないって気付けたはずなのに八つ当たり同然で殺意向けるし。 仮にアイがそういう嫌なやつだったとしても、フィービー…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ