6話 訪問者
一人過ぎ行く景色を眺め続けていれば、帝都の第二の象徴たる大教会に到着した。時刻は夜に近いとあって参拝者はおらず、神官も外に出ていない。馬車を降りたフィービーは御者にお礼を言うと旅行鞄を持って大教会の右側へ沿って歩き、見慣れている花壇が並んだ道に入った。薄暗くても花々は瑞々しく咲いていて、自分もこんな風にいられたらと何度も思った。歩いていると見慣れた人を見つけた。
「フィデス司祭」
「やあ、フィービー」
フィービーを待っていたフィデスは質素な服装に旅行鞄を持つ姿を見つめ、何も言わず歩き出した。フィービーも何も言わず彼の後を追った。
横の出入り口を使って大教会へと入り、フィデスの後ろを付いて歩くと幾つか扉の並んだ場所で止まった。
「此処は客人を招く時に使う部屋なんだ。今夜は此処を使って。明日の朝、地方へ出向する女性神官と一緒に旅立ってもらう」
「はい。ありがとうございます」
「……ご家族やミゲルには何も言ってないの?」
「言ってません。ただ、お義母様やジゼルには執事に送る手紙とは別に渡してもらおうと」
ミゲルには……一切報せるつもりはない。名前を出さないことはそういうことだと暗に悟ったフィデスは敢えて聞かず、扉を開けてフィービーを室内へ招き入れた。
部屋はベッドとテーブル、小さなクローゼットがあるだけの簡素な部屋だった。
「不便だけれど今夜だけだから我慢してくれ」
「とんでもないです。ベッドで眠れるなら十分ですわ」
我慢など全くしていない、本心の台詞だ。
幾つかフィデスと言葉を交わしたフィービーは一人になると旅行鞄をテーブルに置き、椅子に腰かけた。
「……」
大教会に来たら後悔するかもと危惧していたが不思議とそんな気持ちはなかった。義母やジゼル、ダイソンやハンナに申し訳なさはあれど。
フィービーがいなくなることでミゲルとの婚約は破棄される。勝手に逃げたフィービーが有責となって侯爵家が慰謝料を払うだろう。父や兄を思うと溜飲が下がってしまう。嫌な女だと自嘲し、ミゲルはきっとダイアナと婚約し直すのだろうと考えると胸が重くなる。
いつもそうだった。フィービーには無表情で最低限の会話しかせず、ダイアナには温かみのある表情を見せ親し気にしていた。夜会だってそう……最初にダンスを踊った後はいつもダイアナが迎えに来てミゲルはフィービーを置いて行ってしまう。壁の花にならずに済んでいたのは、気を遣ったアイや友人が輪に入れてくれたからだ。
昔の記憶を思い出すだけで憂鬱となってこれからの生活にまで影響を及ぼしてしまうと振り払うよう頭を横に振ると扉がノックをされた。
フィデスが伝え忘れたことでもあったのかと訪問者の確認もせず扉を開けたフィービーは、訪ね人を目にして喜色満面となった。
「アイ……!」
「フィービー!」
抱き付いたアイを抱き留めたフィービーは側にフィデスがいることに気付いた。
「アシュフォード男爵令嬢がついさっき来てね。フィービーがいると知っているから会わせてくれと頼まれたんだ」
「ありがとうございます」
手紙をダイソンに託したのは今朝なのでアイがやって来るのは十分に可能だ。身体を離したアイは手に提げていた巾着をフィービーに渡した。
「フィービー、これ私からの餞別。自由に使って」
中身は全てお金だった。フィービーも要らない装飾品や貯めていたお小遣いを全て持って来ていると遠慮するものの、アイは強引に巾着を押し付けた。
「いいのいいの。毎月、使いきれないお小遣いを貰って貯まる一方だったもの。丁度いいわ」
「本当にいいの? 大金よ」
「いいわよ。来月同じ額が私のお小遣いとして戻ってくるもの」
さすが帝国一の大富豪の娘。大切に使うね、と巾着を受け取ったフィービーは改めてアイにお礼を言った。
「ありがとうアイ。これからは気安く会えなくなるけれど、偶には手紙を送るわ」
「ねえ、フィービーの家出を知っているのは侍女と執事の二人だけなんでしょう? その二人にも偶に報せを送るの?」
「二人には半月に一度。最初は月に一度と言ったのだけれど、ハンナに押し切られて半月にした」
「私も半月にしてちょうだいよ。偶にじゃなく」
もう貴族ではいられなくなるフィービーがアシュフォード男爵家のアイに気安く手紙を送るのはと躊躇すれば、拗ねた面持ちをされ押し切られてしまった。
嵐の如くやって来て嵐の如くアイは帰って行き、彼女が乗った馬車を見届けた。




