表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/10

5話 秘密に行動を

 



 フィービーの希望した温かい紅茶を持って戻ったハンナは言われた通りダイソンを連れていた。二人に部屋に入ってもらい、紅茶を受け取ったフィービーは家出の決行日を四日後の夜にしたと告げた。沈痛な面持ちをするハンナは涙目になってフィービーを見つめ、心を痛めながらもフィービーの決意を尊重するとダイソンは口にした。




「お嬢様……私がもっと旦那様や坊ちゃまにお嬢様のことを話していたら……」

「気にしないで。寧ろ、ずっとこのままでいい」



 気に掛けられてもフィービーにとっては迷惑なだけ。琥珀色の水面を見つめながら、冷める前にと紅茶に口をつけた。フィービー好みの少しだけ砂糖の入った紅茶も飲めなくなる。家を出たら自分で淹れないとならない。今まで世話をされて当たり前の生活もなくなる。不便を強いられるだろうが後悔も不安もない。この家に居続け、何れミゲルと結婚するよりもずっとマシだ。心を殺して生きるより、自分の思うが儘生きてみたい。



「お嬢様。四日後の夕食前にお嬢様を誰の目にも触れさせず屋敷から出します。馬車の手配も私に任せてください」

「いいの?」

「はい。私に出来るのはこれくらいです」

「ありがとう……」



 お前が死ねば良かった。

 この発言以降、フィービーにとってダイソンは父親代わりの存在だった。父や兄に言えない悩みをダイソンに相談してきた。家出を止めたい筈なのに、最後まで味方でいてくれるダイソンに胸が苦しくなった。



「私もです! 私もお嬢様が無事家を出られるようサポートします」

「ハンナ……でも、真っ先に疑われるのはハンナよ?」



 フィービーの侍女で母が生きていた頃から仕える古株。フィービーの家出に手を貸したと真っ先に疑われるのはハンナ自身覚悟している。



「平気です。私はお嬢様が家を出る計画を練っていることすら気付けない侍女を演じます」



 それだとハンナの仕事の素質が疑われてしまうと危惧したフィービーだが、知っているのはハンナとダイソンの二人だけなので用意周到な計画と思わせる方向に持って行くと意見を一致させた。



「落ち着いたらダイソンさん宛に手紙を出すわ。それ以降は月一程度に生存報告をする」

「週に一度でしてください! お嬢様!」

「それだと頻度が多いような……」



 ハンナの強い訴えにフィービーが折れ、譲歩した結果半月に一度手紙を出すと決まった。


 その後、一人になったフィービーは紅茶を飲み終えたティーカップをサイドテーブルに置き、寝台の端に座った。

 四日間は何事もなく終わると妙な確信を得ていた。ミゲルを強く拒絶した、父が忘れていたフィービーへの心無い暴言を思い出させた。フィービーに接触するならそれはそれで滑稽だ。強く言われないと気付けない愚か者達の抵抗等、フィービーの心には何一つ届かないというのに。



 ――四日後。

 予想した通り、この四日間本当に何も起きなかった。しつこくデートの埋め合わせを求めていたミゲルの突撃や手紙は無くなり、父とも顔を合わせなくなった。正確にはフィービーが体調不良を理由にして皆のいる場に顔を出さなくなったのだ。何度か心配した義母やジゼルがお見舞いに来てくれたが扉越しで会話をして終わらせた。顔を見たら名残惜しくなってしまう。父は来ていない、兄は……一度だけ来た。



『フィービー、一度でいい、部屋に入れてくれないか』

『父上に言われた……ダイソンにも言われて思い出した。頼む、お前に謝りたい、きちんと話をしたい。フィービー頼むっ』



 顔を見たくない相手の懇願を聞き入れるつもりはなく、一言会いたくないと言えば兄は何も言わず去って行き、それ以降来ていない。



「今日の夕食の時に決行ね……」



 失敗の不安はあれどハンナやダイソンが味方に付いているという現実がフィービーを安心させた。今は昼になる少し前。最後の荷物確認をしようと寝台の下に隠してある旅行鞄を引っ張り出すと扉がノックされた。訪問者はハンナで中に入ってもらうとミゲルの手紙を渡された。



「お嬢様如何なさいますか?」

「……」



 丁寧に封蝋がされた手紙を暫し見つめた後、手紙を持ったままゴミ箱に近付き、封も切らず捨てた。



「手紙を渡した人は何か言っていた?」

「お嬢様に絶対に渡してほしい、とアリアージュ公爵令息様の伝言を受け取りました」

「ありがとう。ハンナは確りと私に渡した。渡された手紙を捨てたのは私の意思だったと、確認されることがあったら話して」



 侯爵家の長女であり、アリアージュ公爵令息の婚約者が今夜行方不明になる。必ず原因を探られる。前日のことだって深く調べられる。その時、ミゲルの手紙は捨てたと話したらいいとフィービーは薄く微笑んだ。


 母との思い出が詰まった家を出るのは正直悲しい。

 昔、家族四人で庭にいたら、誰が一番早く屋敷に戻るか競って走った。フィービーと兄が先に走り、その後ろを父が追い掛け、母は笑いながらゆっくりと歩いていた。あの頃の幸せな家族は二度と戻らない。これからもフィービーの思い出の中で生き続ける。


 時刻は夕餉の時になった。

 旅行鞄の最終確認を終えたフィービーはやって来たダイソンとハンナに振り向いた。ハンナの手には洗濯物を入れる際に使う大きなカートが握られていた。



「お嬢様にはこの中に入っていただきます。お嬢様の身体なら入るかと」

「ありがとうダイソンさん、ハンナ。落ち着いたら絶対に手紙を書くわ」

「はい。お嬢様、……どうかお元気で」



 少し瞳を潤ませ、涙声のダイソンと既に泣いているハンナにお別れの言葉を述べたフィービーは一つだけ伝えておきたいとしてアイについて切り出した。



「アイに宛てた手紙は出してくれた?」

「はい」



 家出決行日前日に手紙を送ってほしいと頼まれた通り、信頼するダイソンに手紙を託した。無事手紙がアイに届けられていると知ったフィービーは安堵する。

 フィービー以外の家族が夕食を食べている今がチャンス。旅行鞄を持ってカートに入ったフィービーはシーツを被った。これでフィービーが入っているとはバレない。



「ハンナ、私は先に裏口に行っています」

「はい! 必ずお嬢様をお届けします」



 自分に課せられた使命だと燃えるハンナに苦笑しつつも頼もしいとフィービーは感じ、カートが動き出すと息を殺した。自分の部屋から裏庭へはそう遠くない。誰にも気付かれないで、と願っていると使用人の誰かがハンナに声を掛けた。



「それフィービーお嬢様の?」

「ええ。シーツを換えたのよ」

「お嬢様の具合はどうだった?」

「まだ部屋を出たくないって……。お嬢様自身が外に出たいと思わない限りは見守っていようってダイソンさんと相談したわ」

「そっか。お嬢様、早く元気になったらいいね」

「うん」



 冷たいのは父と兄だけで屋敷に仕える人達は皆フィービーを気に掛け、優しく接する。そんな人達を騙すようで瞳が潤むもそっとシーツで目元を抑えた。

 途中何度か声を掛けられながらも怪しまれず、無事裏庭に出て来れるとハンナにシーツを取られ、カートを出た。



「お嬢様、此方です」



 先回りをしていたダイソンが既に裏口の門を開け、小さな馬車が停まっていた。



「この馬車なら怪しまれずに行けるかと。お嬢様、早く乗ってください」

「ありがとうダイソンさん。ハンナもありがとう」

「お嬢様っ、本当はお嬢様と一緒に行きたいです」

「絶対に駄目よ」



 ハンナには養う家族がいる。まだ小さな弟や妹のいるハンナを辞めさせることだけは絶対にさせられない。強く此処に留まるようハンナに言い、涙ぐむ彼女を抱き締めた。



「地方へ行って落ち着いたら、必ず手紙を出す。それまで待っていて」

「は、はいっ。絶対ですよ、お嬢様」

「ええ、絶対」



 ハンナと交わした絶対の約束は果たせる。

 ……ジゼルと交わした絶対の約束は果たせない。

 心の中でジゼルに謝り、旅行鞄を両手にフィービーは馬車に乗り込んだ。

 屋敷が遠く離れていく。今日でフィービー=ウェリタース侯爵令嬢はいなくなり、ただのフィービーとなる。



「……」



 一応、置手紙を残している。部屋には父と兄宛。ダイソンには内密に義母宛の手紙を預けている。せめて、義母やジゼルには無事でいられる場所にいると知っていてほしい。状況を確認次第、義母への手紙をダイソンに送ろう。


 ミゲルには――



「……要らない、か」



 フィービーがいなくたってミゲルにはダイアナがいる。



「ミゲル、ダイアナ様とどうか末永くお幸せに」



 本人の前で言えたらどれだけ良かったか。

 ……本人を前にしたら、恋心が消えてしまいそうで言えなかったのだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ