42話 また、答えはなかった
皇帝の誕生日パーティーから戻ったオルドーやアルドルに大体の話を聞き、今までフィービーが目にしてきたクリストファーの殆どが偽り塗れだったとは知っていた。実際彼に会って、フィービーが聞きたいことを答えられる限りで答える気持ちのクリストファーに応えるべく、本心で娘のダイアナとミゲルを婚約させたかったのかを訊ねた。
「フィービー嬢がオルドー様やフィデス様にある程度聞いている前提で話します。……正直に言うとどうでも良いのが本音です」
発せられた声色と言葉は恐ろしいまでに合致しており、誰もが見ていた子供思いなクリストファー=ローウェルはどこにもなかった。
「どうでも……いい、ですか」
「ええ。娘がミゲル様に懸想していたのは知っています。レティーシャが裏で手を回してフィービー嬢とミゲル様の邪魔をしていたのも」
「公爵夫人がどうやって私とミゲルの予定を把握していたか、ご存知ありませんか」
アリアージュ公爵家に密偵がいる可能性が浮上していたが、オルドーやフィデスの予想では父がレティーシャに情報を送っている可能性が高くなっている。クリストファーなら何か知っているという期待がフィービーにはあった。
「さて……私にも分かりません」
クリストファーでも分からない。言葉に嘘があるとは思えなかった。
「ただ」と続けられ視線を向け続けた。
「フィービー嬢の父君ゴーランド=ウェリタースである可能性は高いでしょう」
「公爵もお父様が情報を流していると見ますか」
「そう言うということは、フィービー嬢も疑っているのでしょう。あの男にダイとの婚約を強く推し進めたのは他でもない、レティーシャだ」
「え?」
皇帝の力を使って無理矢理クリストファーの婚約者の座に収まったレティーシャは、素早く次の行動に出た。ずっとダイアナに求愛し続けていたゴーランドを焚き付けたのだ。
「レティーシャは私に言いました。“あの女の心配はしないで。すぐに新しい婚約者を見つけてあげた”、と」
「……」
一日でも早く母に婚約者を作らなければクリストファーに婚約破棄をされるとレティーシャは分かっていて、母に片想いし続けていた父に強く勧めた。それを横恋慕された挙句、強制的に婚約を結ばされたクリストファーに伝える等、常軌を逸している。
「普通じゃない」
理解不能とばかりにオルドーが首を振ると「同感です」とクリストファーは肩を竦めた。
「あの女は自分が望むものは全て手に入ると過信している。ブルーメール公爵や皇后が母親のいないレティーシャを憐れんで甘やかし続けたのが最大の原因です」
「公爵。離縁を考えなかったのか。子供が生まれた後でも、理由なら幾らでも作れた筈だ」
「考えました。白い結婚を貫きたかった。それが駄目なら、私の不貞をでっち上げるか、レティーシャが実家に帰る様一年以上屋敷に戻らなかったこともしました。しましたが……」
「……」
結婚をしても白い結婚を三年貫けば離縁をする理由になれると、レティーシャの執拗な閨への誘惑を全て断ち切った。二年目に入った時、油断したクリストファーは薬を盛られてしまい、無理矢理レティーシャに犯された。この場にはフィービーとアルドルがいる為、かなり言葉を濁したクリストファーだが意味はしっかりと伝わっている。現にフィービーの方は顔を青褪めている。
「レティーシャ=ローウェルに薬を盛ることだって出来ただろう」
「レティーシャはローウェル家に仕える使用人を一切信用していません。生家から連れて来た使用人や侍女以外に渡された物は決して口にしなかった。当然、私が与えた物も」
「離縁する材料を集めたい公爵に与えられた食べ物や飲み物に仕掛けをされていると警戒したのか」
「まあ、事実ですがね」
避妊薬や妊娠がしにくくなる薬を交ぜたお菓子や飲み物を渡していた。無論、信頼する家令や侍女長に頼み内密に入手した代物。それらは全て警戒心の強いレティーシャが口にすることはなく、無駄となってしまった。
「ジェイドが生まれた時、私は安心してしまいました。男児が生まれれば、後継者の問題はなくなって、あの女が求めてくることはなくなると」
「……実際はそうではないな」
子供は多ければ多いほどクリストファーを縛れる道具になると知ったレティーシャによって再び薬を盛られてしまい、ダイアナが生まれた。
顔を青褪めていたフィービーはここでダイアナの名前について切り出した。
「どうしてダイアナという名前を付けたのですか。さっき、公爵はダイアナ様をどうとも思っていないと仰られていましたが」
「私が付けたのではありません。レティーシャが付けました」
ジェイドの名付けはクリストファーがしたにしても、ダイアナの名付けについてはレティーシャの独断。
「私が知った時には既に出生届は出されていました。改名をする気力もなかった」
「叔母上がダイアナ夫人と同じ名前を娘に付けたのは、公爵への当てつけでは?」とアルドル。
「何時まで経っても自分を愛するどころか、憎み続ける公爵へのね」
「単純ですよ、アルドル殿下。ダイアナという名前を付ければ、私が愛しているダイアナと同じ愛情を向けると本気で考えていたようです」
「嘘だろ」
生まれた娘に罪はなかろうと憎む女が産んだという時点でクリストファーにとっては好意を持つのに難儀する存在。あろうことか心の底から愛する女性の名前を付けられた娘をどうやって愛せるというのか。
「周りは……止めようとしたよな……」
「ええ。私の家令が私が戻るまではと止めました」
「叔母上の性格上、逆上して強行突破した感じか」
「その通りです」
相手は曲がりなりにも当主の妻。無理矢理でも止められなかった。子供に罪はないと己に言い聞かせても愛情を持つことは叶わなかった。当事者にならなくても心情を察せられるせいで何も言えない。
「公爵。ダイアナの病気は叔父上が子供の頃に罹っていた病気と同じだと見ているが、実際はどうなんだ」
「恐らく同じでしょう。先代ホワイトゴールド伯爵がそう診断し、嘗てオルドー殿下に使われていた特効薬を毎月処方してもらっています」
「叔母上はそれを知って?」
「知っている筈です。知っていて、特効薬を与えていない」
これでダイアナの病気が嘗てオルドーが罹っていたのと同じ病気だと断定された。特効薬を与えられていないのは、この間の誕生日パーティーでのひと悶着によって強い疑惑が持たれていて確定となった。
「ミゲルが会いに来れば、特効薬を渡していたなら。公爵夫人は……お母様に似た私が余程憎たらしかったのですね」
自分に似た愛する娘の恋路を邪魔するのが憎い恋敵の娘となれば、憎しみは何倍にも膨れ上がり苦しめたい思考に走る。娘の病を利用してまで憎しみに燃えるレティーシャの思考回路を読める人は誰一人としていない。
「ミゲルが会いに来なくなった現状、ダイアナに与えられているのはただの解熱剤と見ていいな。公爵がこうなら、ダイアナがこのまま死んでもジェイドや叔母上が嘆くだけで済みそうだ」
冷淡な物言いをするアルドルにピクリとも眉を動かさないクリストファー。愛情の一欠片も娘に抱いていないのがよく分かった。
「公爵」
フィービーは重苦しい空気を変えるべく、新しい話を切り出した。
「お母様と公爵は、結婚後も会っていたと聞きました。お母様は……お父様と結婚する前と変わっていましたか?」
「……ああ、変わっていた。帝都にいた頃のフィービー嬢と同じだった」
「私と?」
「サロンに入ってフィービー嬢を見て、帝都にいた頃より顔に丸みが出ていると分かった」
「!!」
似た台詞をオルドーを迎えに来たフィデスにも言われ、フィデスの場合は明るく健康になったフィービーを褒めてのもの。クリストファーには遠回しに太ったと指摘されたと思い、急激に顔を赤く染め、俯くと微かに慌てた声がフィービーを呼ぶ。
「嫌味で言った訳じゃない。帝都にいた頃のフィービー嬢は、ゴーランド=ウェリタースに嫁いだ頃のダイと同じだったんだ。淑女の仮面を着けた、青白い肌に痩せ細った姿。ありのままの自分を出せず、“完璧な淑女”という仮面を着けるしかなかったダイに」
「……」
「帝都を離れて“完璧な淑女”の仮面を脱ぎ捨てられた。北の教会支部には、フィービー嬢に完璧を求める人間はどこにもいない。そこで伸び伸びと暮らしていく内、フィービー嬢本来の姿を取り戻せたんだろう」
亡くなった母と同じ“完璧な淑女”を求める父や兄、婚約者よりも病弱な幼馴染を優先するミゲル、常に憎しみの籠った瞳で睨み続け隙あらば絡もうとするレティーシャ。ストレスの源が一つもなかったお陰でフィービーは肉付きが良くなり、本来の明るさを取り戻した。
「夜会で……公爵がいつも私に声を掛けたのはお母様に似ているからではなく、お母様と同じだったから……ですか?」
言葉にはされなかったが静かに頷かれた。クリストファーが気に掛けるとレティーシャの要らぬ嫉妬を買うと分かっていても気にしないのは無理だったと話される。
「お互い、密会がバレれば不貞だと糾弾される覚悟はしていた。その上で周りの協力を得て定期的に会っていた」
「ウェリタース家にいる公爵の密偵というのは、ミラージュという侍女ではありませんか?」
「何故分かった」
「お母様が嫁入りした時にウェリタース家に入り、専属を務めていたのはミラージュです。現在も他の使用人や侍女、私にとって良き侍女として務めてくれています」
「そうか」
まだ知りたいことがあるフィービーはもしもの話を出した。
「私とミゲルが婚約破棄や解消をしていたら、公爵はどうするつもりでしたか」
レティーシャとダイアナは嬉々としてミゲルに婚約を申し込んでいた。クリストファーはきっと止めなかった。
問われたクリストファーは口を開きかけるも、丁度ジークとヴァレリアがフィービーに見せたいダイアナの私物を持ってサロンに戻った。




