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28話 警告

 



 勝手に城を飛び出したなら、戻って来るのもまた勝手。城に戻ったアルドルは駆け付けた騎士に皇帝が謁見の間で待っていると告げられた。朝早く、何も言わず勝手に何処かへと行ったアルドルに大層ご立腹だと。従者が心配げに見つめるのを余所にアルドルは気にしない風を装い、従者のロードを連れて謁見の間へと足を進めた。



「殿下、大丈夫なんですか? 絶対怒ってますよ皇帝陛下」

「知ったことじゃない。怖いなら付いて来なくていいぞ」

「い、いえ! 行きます! 殿下ってば、何を口走るか分かったものじゃないですから」

「そう言ったってお前がおれを止められた回数なんてたかが知れてるじゃないか」

「うぐっ」



 関係が悪いアルドルと皇帝リーンハルトの仲裁にロードが回った回数は片手で足りる程。両者の険悪で威圧的な雰囲気に呑まれ発言が困難になるのが毎回のこと。迷いなく謁見の間に到着したアルドルは見張りに扉を開けさせ、赤い絨毯の先にある玉座に座る父を見据えた。瞳の色と髪の色は間違いなくリーンハルトと同じ。だが、リーンハルトが我が子のように愛しているのはアルドルではなく、姪のダイアナだ。

 理由は至って簡単。

 母ビアトリスとレティーシャは姉妹だけあって似ている。ダイアナはレティーシャにそっくり。要するに、愛する妻に似た姪が可愛くて仕方ないだけ。


 真っ直ぐ進んだアルドルは一定の距離を保ってリーンハルトの前に立った。



「お呼びだと聞き参上しました、父上」



 敢えて呼び出しの心当たりがない体を装うと案の定リーンハルトの眉間に険しい皺が寄った。



「白々しい。アルドル、私に何の許可もなくオルドーに会いに行ったな。あれと関わるなと何度言わせれば気が済む」



 敬愛する人と同じ髪の色を受け継いだというだけで徹底的に異母弟を敵視するリーンハルトは、はっきり言って異質だとアルドルは抱いている。たった一人しかいない子供というだけで大層甘やかされた父にとって祖父は絶対的支配者であり、絶対に自分を愛する父親だった。それを身分の低い侍女が産んだ異母弟によって全て覆ったと思い込んでいる。



「何故です。おれにとって叔父上は叔父上。それ以上も以下もありません」

「貴様」

「大体、おれは父上と違って叔父上に劣等感(コンプレックス)は持っておりません。叔父上は面倒くさがりなのが玉に瑕ですが、父上と違っておれの世話をよく焼いてくれました」



 皇帝という立場上、多忙極まる日々を送る父に不満がなかった訳じゃない。隙間時間を見ては会いに来る母については多少の愛情は持ち合わせている。皇帝として帝国の為に尽くす姿勢はアルドルとて尊敬しているが、息子ではなく妻の妹の娘を我が子のように愛する父を一目見た瞬間からアルドルにとってリーンハルトは父ではなくなった。



「おれは叔父上を慕っております。今後もその姿勢を崩す気は一切ありません。おれが叔父上と仲良くしているからって皇太子の地位にどの様な影響があるのですか」

「卑しい身分の低い女が産んだ皇族など私は認めん」

「その卑しい身分の低い女に手を付けたお祖父様はどうなのですか」



 ああ言えばこう言うアルドルに今にも飛び掛かって来そうな気配を纏うリーンハルト。眼光を鋭くさせ、大きく目を見開いている。脚の上に置いている拳は強く握られ、肩も湧き出る怒りによって震えている。激昂すればアルドルの勝ち。リーンハルトが口を開きかけるとアルドルは勝ちを予想するも——



「まあまあ陛下」



 鈴の音を転がした嫋やかな声が激昂間近だったリーンハルトを止めた。内心舌打ちをしたアルドルは困ったような笑みでビアトリスに視線を移した。



「母上」

「アルドルも落ち着きなさい」



 ふわりと笑み、余裕の態度を保ったままビアトリスは純白の羽毛とサファイアの装飾が目立つ扇子を開いた。



「陛下。オルドー殿下が来ないといつも拗ねてしまうのは陛下ではないですか。アルドルが先んじて様子を見に行くのは陛下を気にしてのこと。そうよね?」



 優しい口調ではあるが否定を許さないと暗に示しており、ここは従った方が無難だと判断したアルドルは人当たりの好い笑みを浮かべ頷いた。一目惚れをし、今も尚ビアトリスを愛し続けるリーンハルトはまだ納得していない様子ではあったが気持ちを落ち着かせ始めた。争いを好まない優しき国母とビアトリスは評されているが身内への甘さを指摘されるとレティーシャ顔負けの激昂ぶりを見せるとアルドルは知っている。姉妹仲が宜しいのは結構なことだが、それによって不幸に落とされた人は数え切れない。無論その中にクリストファー=ローウェルとダイアナ=サンディスも数えられる。


 リーンハルトの頬を上下に撫でるビアトリスを呼ぶ。



「母上。熱砂の国の国王にフィービー=ウェリタース嬢を側に置くと小耳に挟みましたが正気ですか?」

「あら、聞いちゃったの」



 悪戯がバレて開き直る子供のようにお茶目に笑うビアトリスに軽蔑を抱きつつ、感情を抑え微笑を浮かべ、アルドルは反対の意を示した。



「おれは反対です。そんなことをしたらアリアージュ家を敵に回します」

「私達がフィービー嬢を熱砂の国王に勧めるのではないわ。彼の国王からフィービー嬢に近付いてもらうのよ」



 熱砂の国の国王が帝都に到着するのは明日。好みの女性がいれば、婚約者や恋人がいようと自身の権力と金に物を言わせて必ず連れ帰る。現在フィービーは北の教会支部にいる。エイヴァが生家の力を使ってフィービーを病欠扱いにするがまだ報せは届けられていない。既に策はエイヴァと練っているとフィデスは語っていた。



「フィービー嬢は、亡きダイアナ夫人と同じ珍しい髪の色を持つ上に瓜二つときた。そんな彼女を勧めてしまえば、彼の国王が気に入って連れて帰ってしまうのですよ」

「そうなったらそうなったで仕方ないわ。両国の関係の為に、フィービー嬢には熱砂の国に行ってもらいます。勿論、ウェリタース家とアリアージュ家の婚約は自動的に解消となるわね」



 嘗てクリストファーとダイアナが婚約寸前だったのを皇家の力を使って破断にさせ、貴族達に強く非難されたのを忘れたのかと思わせる発言をアルドルは看過しなかった。



「本当にそうなったら、また皇家は身内贔屓によって二人の人間を不幸に追い込んだと非難されますね」

「え?」

「フィービー嬢が熱砂の国に連れて行かれれば、誰が得をしますか?」



 アルドルに問われたビアトリスやリーンハルトは顔に疑問符を出し、心当たりがないと言いたげにされ、失望を覚えながら正解を出した。



「ダイアナですよ。フィービー嬢とミゲルが婚約解消になれば、ダイアナは我先にとミゲルの婚約者に名乗りを挙げます。貴族達はこう思うでしょうね」



 ビアトリスが身内可愛さにフィービーを彼の国王に気に入られるように暗躍し、二人を婚約解消に追い込んだ挙句ダイアナと婚約させた、と。顔を青褪めたビアトリスに否定されるが嘗ての暴挙を知っている貴族達は当然そう思うと断言する。



「叔母上やダイアナがフィービー嬢に嫌がらせをしていたのだって貴族達は知っています。母上、フィービー嬢とミゲルが婚約解消になってしまえば、間違いなく貴族達に再び糾弾されます。ここは冷静な判断をしましょうよ」

「わ……分かったわ。レティには悪いけれど、私達の面子の為に諦めてもらう」

「……」



 フィービーとミゲルの為でも、レティーシャやダイアナの為でもない、結局自分達の保身に走る。溜め息を吐きたくなったのをぐっと堪え、取り敢えずフィービーを生贄にする話は無くなったことに安堵する。泣き出したビアトリスを慰めるリーンハルトへ興味を失せた視線を送り、アルドルは二人の気が向かない内に謁見の間を出て行った。

 黙って道を歩くアルドルは不意に足を止めた。



「ロード」

「はい!」



 振り向いたアルドルは後ろにいる従者ロードに振り向いた。



「お前はおれが何をしようと味方でいるか?」

「勿論です! 私は何が起きても殿下の味方です」

「よし。ならいい」



 予想通りと言えど、全面的な信頼を寄せる姿を見せられると悪い気はしない。この後ビアトリスはレティーシャを呼び出し、熱砂の国の国王にフィービーを勧める件はないことにすると話すだろう。可愛い妹と言えどビアトリスにとって大事なのは皇族の面子。ミゲルに会おうか、と足を外へ向けるアルドルが考えるのは作戦が駄目になったレティーシャがどう動くかについて。

 断られたレティーシャは独断でフィービーを熱砂の国の国王に近付けようとするだろう。リーンハルトやビアトリスが勧めなければいいと思い込んで。



「ふむ……」



 ミゲルに会おうと考えていたが止めた。アルドルは再び大教会に行くとロードに伝えた。



「また大教会に? オルドー様に会うのですか?」

「いや。叔父上じゃない。ウェリタース侯爵夫人だ」



 アルドルが大教会を出る時、まだエイヴァは来ていなかった。時間的にもうフィデスを訪ねていてもおかしくない。馬車をそのまま待機させていて良かったと内心呟き、アルドルはロードを連れて大教会へと向かうのだった。


 


 

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― 新着の感想 ―
パーティーで熱砂の国の国王がダイアナ選ばないかな〜。 ダイアナも熱砂の国に行って物理的にレティーシャと離れられたら、ちゃんとした治療受けれるのでは。
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