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25話 考えない日がない

 



 洗濯を約二時間で終え、途中加わったスザンナと共にタオルから水気を搾り取り、カゴに入れるとスザンナは軽々と持ち上げた。今日は少ない量に入るがそれでも中々の重量。フィービーだと持ち上げた際よろけるのにスザンナの身体は動じず、しっかりと立てている。作業に慣れてきたと言えど、生粋の令嬢として育ったフィービーの腕力と長年力仕事もしているスザンナの腕力には大きな差がある。



「フィービーは休憩しておいで。一人でタオルを洗って疲れただろう」

「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」



 うんうん、と満足げに頷いたスザンナは「休める時は休んだって良いんだ」と言うとカゴを持って厨房を出て行った。



「休める時は休んでいい……」



 北の教会支部に来てこの言葉を掛けられた回数は数え切れていない。ウェリタース家にいた頃、ハンナやダイソンがフィービーに休息を提案しても父や兄は許さなかった。



「あの人達にとって私って本当に何だったのかしらね……」



 母に似ただけの劣化品? 母の代わりにさせる為に完璧な淑女にしようとした? 兄は分からない。でも父は……。



「……」



 フィデスやオルドーと話した際、ミゲルとデートをしようとすると必ずダイアナが体調を悪くし、ミゲルをフィービーの許へ行かせないようにされていた。アリアージュ家にローウェル家の密偵がいるものだと思っていたら、まさかの自身の父の可能性が浮上した時、驚愕と共に恐怖を覚えた。



『フィービー! ダイアナ様はミゲル様の幼馴染。お前が思うような不埒な関係ではない!』

『ダイは子供の頃既に出来ていたことを娘のお前は何故出来んのだ!?』



 フィービーはフィービー。ダイアナ()じゃない。

 もしも、もしも、フィービーがミゲルと婚約破棄をしたいと願ったら父はどうしていただろう。フィービーを結婚させる気がなかったのなら、執拗に嫌味を浴びせながらも婚約破棄には同意するのだろうか。



「……」



 ただ一つ言えることは、今後ウェリタース家に戻る日が来ようと——一人で父や兄と会いたくない。


 


 ●○●○●○



 昼食の時間になると孤児院の食堂には、子供達とスザンナ、ウォレス、フィービーが集まっていた。今日の昼食は町の主婦達が作ってくれたシチュー。焼き立てのパンもあり、カリカリに焼かれたパンをシチューにつけて食べるエペルやナナリーを微笑ましく思いながら、フィービーも熱々のシチューに口を付けた。

 野菜の出汁もしっかりと出ており、とろみのある濃厚なシチューが美味しく、あっという間に半分を食べてしまっていた。



「美味しいねフィービー!」



 にかっと歯を見せて笑うエペルに「はい! とっても」と同意し、その横でパンをシチューにつけて食べるナナリーに目がいく。口元にシチューがべったりと付着しており、スプーンを置いたフィービーは自身のハンカチでナナリーの口元を拭いた。



「綺麗になりましたよ」

「ありがとうフィービー!」



 周りに小花を咲かせる喜色満面の笑みは心癒される。ナナリーだけじゃない、他の子供達の笑顔もそう。子供の純粋な笑顔に癒されるとはダイアナの台詞。最初は分かりにくかったが今ではちゃんと分かる。彼等が孤児院を卒業するまで笑顔でいられる環境を維持するのが職員の仕事。改めて仕事に意義を見出し、シチューを食べる手を再開した。

 昼食が終わると子供達はお昼寝に入る。フィービーは食べ終わると食器を返却トレーに置き、食堂を出て三つ隣にある子供達の寝室に入った。此処は日当たりがよく、朝は朝日が差し込むので子供達を起こす時カーテンを全開にして起こすのが定番。暖炉によって室内は温められ、乱れたベッドシーツや布団を整え、枕を定位置に置いた。


 後は昼食を食べ終えた子供達が寝るだけ。

 その後やることを全て終えたフィービーは子供達が起きるまでの間、部屋に戻った。手に持っている珈琲入りのマグカップをテーブルに置き、読んでいる最中の本を手に取ると椅子に座り、栞を挟んでいるページを開いた。青い小鳥が描かれた栞は、昔ミゲルに貰った。前の栞を失くしてしまったとフィービーが話したら、次に会った時栞を贈られた。



「……ミゲルは私もお父様と同じでこの婚約を解消するつもりだと思っていたのかしら」



 ダイアナと父の件があってミゲルに冷たくされていたとしても、ミゲル自身はきっとフィービーも婚約解消に賛成していたと思われていたのか。フィービーにとって初恋の人はミゲル。ミゲルはどうなのだろうか。ダイアナなのか、それとも別の誰かなのか。



「駄目ね」



 考えないようにと心掛けても一番多く考えてしまうのはミゲルのこと。オルドーが言っていたように北の町に住み続けていれば、軈て苦い恋の思い出になってくれることを祈るばかり。


 栞を持って来たのは他に予備がなかったからじゃない。フィービーにとって母の形見と同じくらい大切な宝物。




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