23話 誕生日パーティーが終わり次第
サンディス家にもフィービーの家出の報せが届いている可能性はある。下手に親族に会うのは危険だとフィービーとて承知している。
「お母様やローウェル公爵の子供の頃の話を聞いてみたくなりました。お父様達がサンディス家に私の家出を報せている可能性は十分にあります。それでも、会って聞いてみたいです」
身内で当時の二人の関係をよく知る人はサンディスの祖父母のみ。母やクリストファーだけではなく、フィービーは父についても祖父母の話を聞きたくなった。
「お父様がお母様を愛していたのは二人もよく知っています。お母様がローウェル公爵との婚約が叶わず、お父様と婚約をした状況も詳しく知りたい」
「ウェリタース家は今フィービーがいなくなったことによって混乱している。サンディス家が匿っているという頭まで回らないか」
憔悴しているゴーランドや勝手に家出したフィービーに怒りを見せているミリアンは兎も角、義母エイヴァはフィービーの好きなようにさせる方針。使者を送っている率は恐らく低い。また、サンディス家を訪れる前提であれど、祖父母にはフィービーが訪問したことは伏せてもらうつもりでいる。居場所を話す気もない。
「フィービーがサンディス家に行くなら、僕も同行して構わないか?」
「オルドー様が? 私は構いませんが……」
チラリとフィデスを見やったフィービー。肝心のフィデスはと言うと肯定するように頷いた。
「私も構わない。オルドーが知れば私のところに情報が来やすくなる」
「分かりました。それで、サンディス家に行く日取りですが」
今日フィデスが来ているのは、近日開催される皇帝の誕生日パーティーにオルドーを連れて行く為。今日は北の教会支部に泊まり、明日の朝帝都へ向けて出発する。教会に在籍する神官や職員で貴族出身者も出席となる為、アズエラやイーサン、ダイアナやトレイシーも帝都へ行く。残るのは平民出身者のみ。
「皇帝の誕生日パーティーが終わって以降だね」
「それでしたら、オルドー様が戻った以降の日取りでサンディス家に打診をしてみます」
「お願いね」
北の教会支部がある町からサンディス家へは、馬車で凡そ三日掛かる。手紙は速達なら一日中で着く。フィービーは早速手紙を書いてきますと言って席を立った。残ったのはフィデスとオルドー。
「オルドー。フィービーが退室したから言うのだけどね」と前置きしたフィデスは、此処に来る前アルドルにとある話をしたと語った。
「私は皇帝を失脚させる。先帝の唯一の皇子ということでリーンハルトは非常に甘やかされ、皇族は国にとって絶対の存在であると過信し、傲慢に育った」
傲慢が故に両想いのダイアナ=サンディスとクリストファーを当時皇太子妃であったビアトリスのお願いによって引き裂いた挙句、お願いの元凶たるレティーシャと婚約させてしまった。
「リーンハルトもビアトリスも心の底から反省していない。兄上に叱られたから、で後悔しているだけ」
「クリストファー=ローウェルは、二人の子供や妻を放置している分にはどうしようもないが、皇族の干渉によって彼の幸福を壊してしまったことについては何の言い訳もできない」
一つ気になることがあるとオルドーは切り出した。
「仮にゴーランド=ウェリタースがフィービー達の予定をレティーシャ=ローウェルに密告していたとして、だ。あの二人に個人的接点等あるのか?」
ダイアナが存命の頃、夜会等で顔を合わせるとレティーシャにダイアナを侮辱され、怒りを露にしていた。大切な妻を侮辱した女と協力する利益があるのかと甚だ疑問である。
「どうだろう。ただ、ウェリタース侯爵からすれば、レティーシャがクリストファー君と婚約したお陰でダイアナと婚約出来た」
皇太子妃だったビアトリスに泣いて縋ったレティーシャの凶行のお陰でもある。その辺りについて調査してみようとはフィデスの言葉だった。
「異母兄を失脚させるのは構わないがアルドルは叔父上の目から見て皇帝の器に相応しいですか?」
「アルドルには素質がある。ちょっと、面倒くさがりな部分はオルドーに似たかな」
叔父としてより、歳の離れた兄とアルドルに見られ、帝都に住んでいた頃は多忙な皇帝夫妻に代わって面倒を見ていた。アルドルとリーンハルトの親子仲が悪いのは、アルドルがオルドーに懐いてるのが最大の理由。
「忙しくても多少の時間くらい我が子に向けられただろう」
オルドー個人としてはアルドルには是非皇帝の座に就いてもらいたい。甥として可愛がっているのは勿論、これ以上現皇帝夫婦のせいで振り回される人が増える前に表舞台から退場させたい。
ただ。
「オルドー、君自身はどうだい? 皇帝の座に興味はない?」
「一切ありません」
考える素振りもなく、即答したオルドーは苦笑するフィデスへ呆れた眼を投げた。
「僕は今の生活に満足していますし、不満もありません。多数の貴族が次期皇帝はアルドルだと推しているなら、そのままで良いではありませんか」
「君にも十分素質はあるのだけれどね」
「素質はあれど、本人にその気がないなら無理強いはしないことです」
薄々現皇帝を失脚させた後、皇太子ではなく自身を据え置く気でいると感じていたオルドーの読みは当たっていた。肩を竦めたフィデスと一旦会話を終わらせようと席を立った。
●○●○●
ローウェル公爵邸にて。屋敷に戻ったクリストファーは出迎えた家令に帽子やコートを預けると視線を上へ向けた。
「何やら騒々しいな」
声は大きくないが二階の奥が妙に騒がしい。聞こえるのはダイアナやレティーシャの声が主。他は侍女かその辺り。家令に視線で話すよう命じれば、なんてことはない、熱が出て苦しいのにミゲルがお見舞いに来なくてダイアナが泣き叫びレティーシャや侍女達が揃って慰めているのだ。
「今ジェイド様がミゲル様を連れて来ようとアリアージュ家に向かっております」
「そうか」
事情を知ったクリストファーは二階へは上がらず、一階の執務室を目指した。家令が呼び止めるも「一緒に来てくれ」と言われ、二階を気にしつつクリストファーの後に続いた。
執務室にはクリストファーと家令以外誰もいない。執務机の前に立ったクリストファーはくるりと家令に向いた。
「ダイアナの病気についてだが、恐らく嘗てオルドー殿下が罹っていたのと同じ病だろう」
「ええ。旦那様に言われ、薬を手配しました。しかし……」
嘗てオルドーを診ていた医者にダイアナを診察させた際、オルドーと同じ病の可能性が高いと診断した。特効薬は高額だがローウェル家なら支払える額で定期的に薬を摂取すれば、成人間近には完治する。実際オルドーは完治している。レティーシャも医者の話を聞いていた。
しかし。
「ダイアナ様は恐らく、ご自身の病気についてレティーシャ様に知らされておりません」
ダイアナは自身の病を不治の病だと信じている。熱が出た時に投与されるのは、ただの解熱剤。今からでも特効薬を投与すれば、三十になるまでには完治する。レティーシャは知っていてダイアナに特効薬を渡さない。家令にはそれが理解できない。オルドーと同じ病だと診断されて以降、何度も特効薬をダイアナに投与すべきだとレティーシャに言っているが聞く耳を持たない。
「どうしてなのでしょう……」
「大体の狙いは分かっている」
「……旦那様は……クリス坊ちゃんはダイアナ様を愛しておられないのですか」
家令はクリストファーが子供の頃からローウェル家に仕える古株。目の前の彼が病弱であったと、療養先の領地で出会ったダイアナ=サンディス侯爵令嬢に恋をしたと、そんな彼女と婚約寸前までいったのに壊されたこと、レティーシャをずっと憎み続けていること全てを知っている。ジェイドやダイアナ、二人の子が生まれた時、クリストファーは子供を愛する父親になった。
しかし実際は——
「マリク……私はジェイドやダイアナを一度も愛おしいと思ったことはない。ただの一度も」
「……」
「特にダイアナは……」
白い結婚を三年続け、離縁をする狙いだったクリストファーは執拗に閨を求めるレティーシャの策に嵌まって関係を持ってしまった。最初の子供が男の子なら、二度とレティーシャと性行為をしなくて済むと安堵したのが間違いだった。予備の子供が欲しかったレティーシャによって薬を盛られた。ダイアナはその時に出来た子供。ジェイドの時はクリストファーが名前を付けた。男の子なら将来跡取りとなれる上、以降子供を作ろうとレティーシャは迫って来ないと踏んで。ダイアナの時はクリストファーはどうでも良くなっていた。髪も瞳も顔立ちも何から何までレティーシャに似た女の子等、クリストファーにとって目にするだけで殺してしまいたくなる憎悪すべき存在。しかし、生まれた子供に罪はない。将来後を継がないにしても、ローウェル公爵令嬢として育てると決めた……決めたのだが。
『クリストファー。この子の名前はダイアナよ。私と貴方の娘なら……』
健やかに眠る赤子を抱くレティーシャの台詞を最後まで覚えていない。レティーシャに似た赤子をダイアナと名付けられた。クリストファーがこの世で最も愛する女性の名前を。
唯一覚えているのは、乳母が泣いているダイアナを抱き、床には赤くなった頬を手で押さえいるレティーシャの姿。どこまで人の神経を逆撫でするのが得意な女なのだと吐き捨てた。
「私は止めました。ダイアナ様と同じ名前を付けてしまえば、旦那様の逆鱗に触れるだけだと」
レティーシャにとっては待望の女の子だっただけに名付けを口出しすると憤怒の形相で怒鳴られてしまい、結局クリストファーが留守の間に出生届がダイアナ=ローウェルとして出されてしまった。
「どうして奥様はダイアナ様の名をお嬢様に付けてしまったのでしょう……」
「さあな。興味がない」
世間では鴛鴦夫婦として評判なクリストファーとレティーシャ。人目がなければ良き夫の仮面は即座に剥がされ、別人に変貌する。未だ愛してくれないクリストファーを憎むレティーシャであるが、当のクリストファーからするとこれさえももうどうでも良かった。
「ジェイド様を連れ戻しますか?」
「好きにさせておけ。今アリアージュは、ジェイドに構っている暇などないだろう」
フィービーが姿を消して既に一月以上経過している。ウェリタース家に潜り込ませた密偵によると未だフィービーの行方を掴めていないとのこと。匿っている可能性があるとすれば、アシュフォード家が最も濃厚だろうか。帝国一の大富豪で東西南北に別荘を持っており、帝都と馴染みのない場所へフィービーを送り込むことは十分に可能だ。密かにアシュフォード家を調べさせているが有力な手掛かりは掴めていない。
「そういえば、旦那様が不在の間にサンディス家よりお手紙が届いております」
「サンディス家が?」
執務机に置かれていた手紙の封を切り、中身を取り出したクリストファーは綴られた文字に目を通していった。柔く笑んだ横顔は心を許した者にしか見せない。
手紙の主はダイアナの父ジーク=サンディス。
「皇帝陛下の誕生日パーティーが終わったら、サンディス領に来ないかというお誘いだ。この間、ダイの墓参りの帰りにジーク様に会った」
成長し、ローウェル家の当主になろうと先代サンディス侯爵夫妻にとってクリストファーは娘の大事な初恋の相手であり、成長を見守っていた男の子。今年は例年より早く墓参りをした為顔を見せなかったが帰りに偶然出会った。サンディス領に静養に来ないかと誘われ、初めは断ったがこうやって手紙でも誘いを受けた。クリストファーを見た時のジークは心配げに見えた。酷い顔をしていた覚えはないが、他人の目から見るとそうであったのだろう。
「父上や母上とも暫く顔を合わせていないな。確か、今は母方の領地に滞在していた筈。ジーク様のご厚意に甘えて、陛下の誕生日パーティーが終わり次第、屋敷を留守にする」
「奥様達にはなんと?」
「領地で問題が起きたと話しておく。レティーシャは、父や母と顔を合わせられないからな。付いて来るとは言わん」
クリストファーを不幸にした挙句、自身の欲の為に無理矢理婚約者の座に収まったレティーシャは未だ先代ローウェル公爵夫妻に認められていない。顔を見たくないとさえ吐き捨てられている。
「お前には苦労を掛けるがよろしく頼む」




