17話 厄介なのは
届いた赤茶色の鬘を被り始めて五日経過した。初日はフィービーの髪の色が変わって皆驚いていたが、新天地で生活を送るのなら自分自身にも変化を持たせたいという如何にもな説明に納得され、五日も経つと慣れていた。今日は朝早くから孤児院の子供達と共に教会の正面入り口の掃き掃除をしていた。定期的にお手伝いという名目で掃除をしており、子供達は自分の身体より大きな箒を慣れた様子で動かし、地面に落ちているゴミを集めていった。
「違う色も案外似合っているな」
「オルドー様」
掃除をしているのは神官達も含まれており、様子を見に来たオルドーに声を掛けられたフィービーは手を止めた。
「私は結構気に入ってますよ。何だか私じゃないみたいで」
「君自身が気に入っているならいい。少し良いか?」
「はい」
何だろうと思いつつ、トレイシーに一旦抜ける旨を伝えオルドーの後を追った。
やって来たのは建物の横側にある花壇。土の上に置かれていた小さな如雨露を手に取り、花々に水をやるオルドーは毎年冬に開催される皇帝の誕生日パーティーについて言及した。
「フィービーも知っての通り、皇家が主催する行事は基本的に貴族は全員参加だ。ぼくもそれに当て嵌まる」
フィービーにとって唯一憂鬱な日というのが欠席を許されない皇家主催の行事。城へ向かう時は家族か婚約者のミゲルと一緒でどちらも重苦しい空気が車内を包んでいた。
「君は家出をした身だ。基本欠席が叶うのは身体を動かせない等の余程の事情がある時だけ。侯爵家側は、恥を欠かない為に血眼になって探している筈だ」
本来ならそうだろう。
けれど。
「いいえ」とフィービーはオルドーの懸念を否定した。
「私の居場所を知っている執事がお義母様と上手く誤魔化してくれます」
「侯爵夫人に居場所を?」
「私自身は報せていません」
無論、ダイソンやハンナもエイヴァに伝えていない。
「私の意思を尊重するとお義母様は執事に言ってくれたんです」
最近届いたダイソンの手紙には、フィービーの居場所をダイソンやハンナが知っているなら自分は知らないままでいるとエイヴァ自身が語っていたと記されていた。本当は居場所を知りたいが、万が一父や兄ミリアンに知られれば必ずフィービーを連れ戻そうとする。知っている人数が多くなればなるほど、知られる危険が増えるくらいなら、知らないままでいると敢えて選んだのだ。
「自分勝手な私の意思を尊重してくれたお義母様には申し訳ないと思っています」
そして、まだ幼いジゼルを置いて来てしまったことも。
不意にフィービーは皆が掃除をしている方へ向き、視線の先にいるナナリーを視界に入れていた。年齢はジゼルと同じで子供達の中で一番フィービーに懐いており、フィービーも妹のようにとても可愛がっている。
「二度と会う気のない覚悟で此処へ来たなら、ある程度のことは吹っ切れることだ」
「はい」
父や兄とは二度と会いたくない。ダイソンやハンナの手紙には、フィービーがいなくなって憔悴しているとあるがそれも今だけだ。時間が経てば親不孝だとか、貴族の矜持を捨てた責任感のない妹だとか、色々言って憔悴していた事実を忘れる。
嘗ての時のように。
「婚約者のことも吹っ切れそうか?」
「……」
オルドーの言葉をすぐに否定も肯定もしなかった。出来なかったと言っていい。
亡き母とアリアージュ公爵夫人が友人でフィービーの将来を安泰にさせたくて母はフィービーとミゲルの婚約を公爵夫人に頼んだ。初めて会った時を覚えている。氷のように冷たいアイスブルーの瞳が最初は怖かった。幼馴染のダイアナ=ローウェルと親しいと聞いていたから、ぽっと出の自分よりダイアナを婚約者にしたかったのではと。
緊張して俯いたままのフィービーに手を差し伸べ、無表情を微かに柔らかくしたミゲルはアリアージュ家の庭を一緒に歩こうと誘った。人は何時誰に恋をするのかと問われれば、フィービーがミゲルに恋をしたのはこの時だった。
「ダイアナ様に向ける熱量を私にもなんて我儘は言えません……でも……少しでも私に向いたらなっていつも思っていました」
「言えば良かったんじゃないのか? それで怒る程度の男なら、フィービーが捨ててやればいい」
あっさりと毒を吐くオルドーに目を剥きながらもおかしくて笑ってしまった。
我儘を言って嫌われたくなかった、幻滅されたくなかった。フィービーといてもダイアナに手を伸ばされれば其方へ行ってしまうミゲルを引き止めようと手を上げては……自分で下げていた。父や兄に醜い嫉妬をするなと叱責され続け、ミゲルの向ける視線の熱量の違いを長く見ていたら、諦念の域に達してしまった。
「ミゲルに言っても無駄だって悟ったんです。私がダイアナ様のお見舞いに行くなら、せめてデートが終わった後でとお願いしても……ミゲルはダイアナ様の許へ行ってしまうことが恒例になってしまっていたんです。十回数えたら、その後はもう数えていません」
「……」
涙もとうの昔に枯れた。泣いていたのは五度目までで以降は使者が来る度フィービーの心にあるミゲルへの想いは消えていった。
完全に消えてなくならないのは、未だにミゲルを過去の初恋だと吹っ切れていないせい。
「君はまだまだ若い。一年や二年も経てば軈てアリアージュ公爵令息への恋心も叶わなかった初恋として昇華できるようになる。何だったら、この町の住民と結婚しているかもしれないぞ」
「全然そんな未来が見えません」
「今はな」
「もしも、私が結婚したらオルドー様に仲人を頼みますね」
「一応、北の教会支部の司祭を叔父上に任されている身だ。それらしくはしてやろう」
「まあ」
凡そ一カ月も過ぎるとオルドーともこうして軽い口調で話せる間柄になった。
「オルドー様は気になる人はいらっしゃらないのですか?」
「あのな……一応ぼくは皇族だぞ? まあ……叔父上に相談したら何とかしてくれるだろうが」
母親は侍女と言えど、皇族に仕えられるのは貴族出身者のみ。オルドーを出産後亡くなり、フィデスや乳母、周囲の人々に育てられてきた。
「しかし、皇家主催の行事、か。面倒くさい」
「面倒くさいって……否定はしません」
「そうだろう? ぼくの場合はフィービーとは違う意味で絡んでくる相手がいる」
フィービーの場合はローウェル公爵夫妻。
オルドーの場合は現皇帝リーンハルト。
歳の離れた異母弟に並々ならぬ対抗心を持ち、憎々し気に瞳と同じ色の髪を睨み付ける。
「父を尊敬していた皇帝にとってぼくは自分の持って生まれたかった欲しい物を持つ妬ましい存在なんだろう。産まれる時に身形を選べる機会があるなら選ばないというのに」
子供は親を選べない。髪や瞳の色、容姿だって選べない。選べないものを妬まれても当人にとっては大迷惑極まりない。
「はあ……心の底から面倒だな」
「オルドー様……」
「適当な理由を付けたところで使者が此処へ来てしまう。そうなると君が此処にいると知られてしまう」
「欠席をしたことが?」
「正確にはしようとした。叔父上に頼んで口裏を合わせてもらったんだが……皇帝が直接乗り込んで来たんだ」
「え!?」
しかも皇后までいたと聞いてフィービーは仰天し、つい大きな声を出してしまい、咄嗟に口を手で抑えて恥ずかしそうに身を縮こませた。小さな声で謝るとオルドーは気にしていないと首を横に振った。
「誰だって驚くさ」
「皇帝陛下はオルドー様を出席させる為に……?」
「ああ。生まれがどうであれ、皇族としての役目を果たせとな」
うんざり気に息を吐いたオルドーを見つめ、その後参加したのかと問えば頷かれてしまう。皇帝皇后両名が直接乗り込んで来たなら欠席は叶わない。強制連行で帝都に連れて行かれたとオルドーは遠い目になっていた。
心配するフィービーを誤魔化しつつ、心の中でオルドーは皇帝より皇后が厄介だと溜め息を吐いた。皇后の妹はローウェル公爵夫人レティーシャ。妹に甘く、皇太子妃の時から妹の頼みをほぼ何でも聞き入れて来た。その最たるがクリストファー=ローウェルとの婚約だ。
(確か、クリストファー=ローウェルがフィービーの母親に婚約を申し込むと聞いて皇太子妃だった姉に泣いて頼み込み、それを皇太子だった異母兄が父に伝え、皇帝の命令でレティーシャを娶る様強制されたのだったか)
フィービー絡みだとアレだが、クリストファー個人となると同情の余地はある。
夫婦仲は良好だと社交界では羨ましがられているが果たして目に映る姿が真実なのかとオルドーは疑問に見ていた。




