12話 案内
翌日。町出身の神官イーサンの案内で町を巡ることとなったフィービーとアズエラの二人は、初めて見る町並みを興味津々で見つめていた。古いが汚れてはおらず、歴史を感じさせる建物が多く、その為新築は目立って見える。
昨日の夜オルドーが二人を北の教会支部で働く全員に紹介をした。オルドーの言っていた通り、珍しい髪の色をしているフィービーがウェリタース侯爵令嬢と知っている人はいなかった。若い女性が二人来たとあって皆驚いていたが受け入れてもらえて安堵したのは言うまでもない。
「オルドー様にフィービーは家具、アズエラはブティックに用があると聞いているよ。帝都に比べたら小さいだろうけど品揃えは悪くないんだ」
生まれも育ちも此処が全てなイーサンは、骨を埋める土地も此処でと決めていると朗らかに語る。芥子色の髪は男性らしい短さで薄い緑色の瞳はイーサンの人柄を表すように優しい色をしている。ニッコリと笑ったイーサンが振り向くとフィービーとアズエラも微笑み返した。
「それにしてもちょっと視線をもらうような……」
町を歩くフィービーはさっきから人々の視線を受けている気がしていた。可笑しな格好をしているつもりはないのにと不思議に感じれば、髪の色のせいだとイーサンが指摘した。
「フィービーの髪の色は帝都ではよくあるの?」
「いえ。私と亡くなった母以外ではいません」
「だったら、帝都でも珍しいんだ」
「フィービーの髪、とっても綺麗で皆見てるのよ」
褒めるアズエラにそんなことはないと苦笑するフィービー。イーサンに言われ、確かに帝都でも珍しい髪色だと自身の髪を一房掌に乗せた。ピンクがかった銀の髪は遡ると曾祖母が始まりと亡くなった母に教えられた。曾祖母は遠い西に位置する王国の出身で帝国に留学生として来た際に曾祖父と出会ったと聞いている。
「フィービーもブティックで幾つか服を購入しましょう? 持って来ている服だけだと不便よ」
「そうね。でも、自分で買ったことがなくて要領がよく分からない」
普段ドレスはウェリタース家御用達のブティックに依頼した特注品が届けられており、デザイナーに希望のデザインを頼んだ経験はあれど自分の目で見て買うのは今回が初めてとなる。人生の経験値が増えたとイーサンが笑えば、二人もまた釣られて笑みを浮かべた。途中、美味しそうな香りに釣られたアズエラが空腹を訴え、言われると自分もお腹が減っているとフィービーも気付く。町の案内が始まって約半刻が過ぎて昼が近く、カフェで休憩をとなった。
イーサンが案内したのはテラス席のあるカフェ。町の人々の憩いの場としても有名で連日常連客で賑わいを見せており、顔見知りも多く若い女性二人を連れたイーサンに客達が反応した。
「あれ、イーサン。若い子を二人も連れてデートかい?」
「そんな訳ないでしょう。今度、北の教会支部に赴任してきた新人さん達」
「エリザさんが定年退職しちまったもんね。二人とも神官さん?」
「いや、一人は職員としてだよ」
気さくに話すイーサンと町の人々を見ていると距離の近さが感じられる。帝都の大教会は、神官は参拝客にとても親切に接するが彼等のような気安さはあまりなく、フィデスの方がかなり寧ろ気安さはあった。
自己紹介をしようとイーサンを見れば、視線を受け取った彼に頷かれた。
「北の教会支部で職員として採用されたフィービーです」
「帝都の大教会より異動をして参りましたアズエラと申します」
二人同時に頭を下げると感嘆とした声があちこちから漏れ出た。オルドーには貴族の仕草を出す必要ないと言われているが幼い頃より身に付けたものはすぐには消えず、隠せるものでもない。特にフィービーは厳しく育てられ、一つ一つの所作が洗練されていた。
「イーサンさん、こんな育ちの良い子達がよく来てくれたね」
「どちらも大教会のフィデス司祭の紹介なんだ。来てくれて助かるよ」
まだ業務に携わっていないのにこうも期待されると却ってやる気が上がる。店内の空いている四人席に座ると給仕がやって来た。
テーブルに置かれているメニュー表を開き、ご当地ランチセットなるものが目に入ったフィービーはそれを頼み、アズエラは本日のお勧めランチセットを注文。イーサンはいつものと頼むと注文を聞いた給仕は厨房へ行った。
「いつもの、ということはよく此処に?」
「ああ。三日か四日に一度は」
「常連さんですね」
「僕が子供の頃から既にあるカフェで舌がすっかり此処の味の虜になってさ」
行きつけの店……フィービーにもあった。ミゲルとのデートでよく待ち合わせをしていた帝都で人気なカフェ。中央広場に店を構えるカフェは連日多数の客が出入りし、フィービーは事前に予約を取ってミゲルを待った。来ない方が多くてもカフェのスイーツや紅茶は美味しく、ミゲルが来ないと分かると義母やジゼルのお土産を買ったものだ。
——ジゼルはシフォンケーキが好きで……お義母様はマカロンが好きだった。
二人には買って父や兄には渡さなかった。昔の好きなものなら知っている。……今の父と兄が何を好きかフィービーは知らない。向こうだってフィービーの好きなものを知っているかどうか怪しい。
母が亡くなって以降、会話は最低限にしかしてこなかった。向こうから用がある時は大抵フィービーを叱責する時だけ。ダイアナに嫉妬をするな、ミゲルは幼馴染としてダイアナを気遣っているだけだ、健康なお前では病弱な人間の心は分からない、と。散々な言葉を投げられてきた。
ミゲルがダイアナを気遣う姿を見たくなくてローウェル公爵家が参加する夜会には不参加を貫いたが皇帝主催だと免れない。なるべく顔を合わせないようアイや友人達が気を遣ってフィービーを輪の中に入れた。アシュフォード男爵家は帝国随一の大富豪。ローウェル公爵家と言えど、敵に回したくないらしくフィービーに近付きたくてもアイに睨まれていると分かると遠目から睨むだけで終わっていた。特にローウェル公爵夫人レティーシャのフィービーを睨む目は常に鋭さと気のせいか憎悪すら宿っていて、彼女にそっくりなダイアナは途中退場をしてはレティーシャとミゲルを連れて会場を離れていた。愛する娘が想い人と結ばれない原因がフィービーにあると一方的に敵視され、嫉視され、皇帝主催のパーティーはいつも疲れるだけで参加しない方法があるなら見つけたかった。
「フィービー、アズエラ。二人は違う仕事に就くけれどそれについて何か問題は?」
「いいえ。元々、フィデス司祭には一緒に向かう子がいるとだけ聞かされていました」
「私もです。教会の職員が神官とは違う仕事をするとは聞いてますが具体的にはどのような?」
一つだけ分からないことがある。ローウェル公爵クリストファーだ。アシュフォード家のアイに睨まれて近付かないレティーシャと異なり、クリストファーは臆せずフィービーに声を掛ける。声を掛けるといってもただの挨拶回りの一環なんだろうが、公爵が挨拶をするなら娘のフィービーではなく当主である父の方。父にも挨拶をしているのは見掛けているので態々フィービーに近付いて挨拶をする理由がない。
灰色がかった長い茶髪を揺らし、長い睫毛に覆われた深緑の瞳は仄暗い色を宿してフィービーを視界に収める。クリストファーの目を見るだけで得体の知れない不気味さと恐怖に襲われていた。娘のダイアナの不幸を嘆くのでも、ミゲルと婚約破棄しないフィービーを責めるでもない様が不可解極まりない。
「大きく違いはないけれど、やっぱり表に出て参拝客の対応をしてもらうことかな。大教会でやっていたこととほぼ変わらない。職員の方は併設されてある孤児院の子供達の面倒や掃除、洗濯が主だったりする。食事は専属の料理人が毎日違うメニューを作ってくれるよ」
貴族出身とまでしか聞いていないイーサンは洗練された所作を持つフィービーに勉強やマナーを習う子供達が羨ましいと苦笑した。
「僕はしがない男爵家の出身だけれど、一応人を見る目は鍛えられてきた。フィービーもアズエラもいいところの出身だろう? 特にフィービーはそう見える」
「ありがとうございます」
名家ウェリタース家の長女だと言ったら驚かれるだろう。アズエラの実家ギデオン伯爵家は広大な領地を生かした農業が有名で特に小麦の生産量は帝国一の量を誇り、凡そ八割の小麦がギデオン伯爵家印といっていい。旅の道中アズエラが「領地の管理をする能力があるかどうか、お兄様はお父様に鍛えられてよく泣いていたわ」と遠い目をしていた。領民の生活だけではない、帝国民の生活を支えていると言っても過言ではない重責は当事者にならないと感じられないものがある。
「フィービーは刺繍は得意かい?」
「はい。子供達に教えるのが今から楽しみなんです」
「良かった」
「他に編み物や簡単な服なら作れます。大した腕はありませんけどね」
当時ジゼルを妊娠していた義母は、産まれてくる子の為にお手製のおくるみや服を作っていた。出産予定日が冬だったこともあり毛糸の帽子をフィービーにも編んでくれた。小さくてもうフィービーには使えないそれはジゼルに与えていて、毎年冬になると帽子を被って雪に染まった庭を駆け回っていた。
「義母に教わりました。出来ないことより、出来ることが多いと便利よって」
「フィービー、私にも今度編み物のやり方を教えて!」
「ええ、勿論」
ぎこちない関係だった義母と編み物を通してコミュニケーションを取って段々と打ち解けていった。出来上がった帽子を貰った時に初めて義母をお母様と呼んだ。嬉しさのあまり義母は泣いてしまい、どうしたら泣き止んでくれるかフィービーは大層慌てた。
これを父や兄に見られたらと思うと怖くて堪らなかったが幸い二人の耳には入らず、二人の秘密にした。
義母に教わった編み物を今度は自分が誰かに教える場面等想像してこなかった。
「上手に教えられるかしら」
「ふふ、任せて! 私こう見えて飲み込みが早いの」
「まあ」
フィデスがどこまで考えてアズエラを同行者にしてくれたか分からないが心の底から感謝している。
——その頃、アシュフォード男爵邸では広い会場を使ってお茶会が行われていた。今日は生憎の曇り空。どうせ庭を使うなら快晴がいいというアイのアイディアで屋内に変更となった。
主催者である母イリアと共に挨拶回りを終え、周囲に誰もいないのをいいことに不貞腐れた相貌を見せた。
「招待客にそんな顔見せてはいけませんよ」
「分かってますよ。でも、どうしてローウェル公爵夫人を招待するのですか」
「貴女が快く思ってなかろうとローウェル公爵家は長く取引のある良顧客です。貴族は面子が一番よ、アイ」
「……分かってますよ」
将来アシュフォード家を継ぐアイも私情を挟むのは御法度だと心得ているが、相手が大切な親戚の恋敵の家となると話は変わる。ダイアナも最初来ていたが途中で熱が出て退場した。具合が悪いなら初めから来なければいいのに、とは心の中で言った筈が母には聞こえてしまい、こっそりと足を踏まれて痛い思いをした。
「現状、我が家に不利益がない以上、今後も付き合いは続きます。淑女の仮面を付けなさい。縁を切って困るのは向こうだけれどね」
「……はい」
そうは言われてもフィービーを思うと不満は消えない。




