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10話 到着

 


 ――途中大きな事故もなく半月以上の移動を経て、漸く北の支部がある町にフィービーとアズエラを乗せた馬車は到着した。今まで帝都と領地以外の場所に行ったことのないフィービーにとって初めての外の世界。田舎特有の平凡で穏やかな空気を流しながらも多くの店が軒を連ね、人々の移動が活気づいている。



「町を抜けた先にある丘の上にある建物が北の教会支部だぞ」



 半月以上二人を運ぶ御者が声をかけた。フィービーとアズエラは窓から身を乗り出して見ようとするが「危ないから着くまでの楽しみにしときな」と注意を受け諦めた。



「楽しみですねフィービー」

「うん。アズは帝都や領地以外の場所に行ったことは?」

「兄の婚約者が他国出身でその方に招待された時に行きました」



 フィービーも知っている有名な王国出身で季節毎に開催されるお祭りが特に有名とされている。アズエラが行った時はお祭りとは無縁の時期であったが、観光業が盛んな王国は兎に角観光客が多かったと印象に強く残っていた。他国への興味はあるフィービーは、何時か行ってみたいと漠然とした気持ちを持つ。そんな日が来るのはきっともっと先になるだろう。


 アズエラと話をしながら、思考は別のことも考えていた。


 出発して三日後に寄った村でダイソンとハンナ宛に手紙を出した。ダイソン宛の手紙の中には義母とジゼル宛の手紙も忘れず封入した。

 更に五日前泊まった宿のある町ではアイ宛の手紙を出した。


 ――無事に届いていますように。


 帝都より半月以上掛けて移動するのだ、手紙の配達だって同じ時間が掛かると見ていい。ウェリタース家の配達物を仕分けるのはダイソンの役目。差出人がない手紙が交ざろうとダイソンが触るなら問題はない。楽しい同乗者のお陰でこの半月、憂鬱な気持ちを抱えたまま過ごした日は少ない。考えないようにしても夜眠る時にふと考えてしまう。


 置いてきた家族やミゲルがどうしているかと。



「フィービー? どうしました。何だか顔色が悪いわ」

「え? あ、ああ。ごめんなさい。少し考え事を」

「そう? 話せるようになったら、何時でも話してね。と言っても、話を聞いてあげることしかできないけれど」

「ううん。それだけで十分よ。ありがとうアズ」



 誰かに話を聞いてもらえるだけでも心は救われると身を以て知っているフィービーはその親切心を大切に受け止めた。

 父と兄は勝手に家を抜け出したフィービーに憤って心配の一つすらきっとしていない。一人で生きていられなくなってその内帰って来ると思っている筈だ。

 ミゲルは……ミゲルはよく分からない。いつもダイアナの具合が悪くなるとフィービーと約束をしていてもダイアナを優先し続けるのに、婚約解消をしなかった。病弱なダイアナでは公爵夫人の役割は務まらないと口に出さずとも知られている。


 ――私と結婚した後も、ミゲルは同じことを繰り返していたかもしれない……


 デートの度に邪魔をされてきたなら、結婚式や初夜の日も邪魔をされていただろう。悩まなくても分かってしまう見え見えな未来に思わず苦笑が漏れる。たったの月に一度しかないデートを放ってまでダイアナを優先するなら、婚約破棄をしてと言ったことがある。記憶が確かなら三年前の話で泣きながら訴えるフィービーを慰めるだけでミゲルはダイアナの許へは行かないと言ってくれなかった。

 二年前も、一年前も、ダイアナの見舞いはデートが終わってからでは駄目なのかと訴えたフィービーを視界に収めるアイスブルーの瞳には、聞き分けのない婚約者が映っていたことだろう。今年に入ってからはダイアナを理由にデートをキャンセルされても何も言わなくなった。埋め合わせもご機嫌伺いの贈り物も受け取らなかった。

 機嫌を取ってさえいればいいという魂胆が丸見えの思惑に乗りたくなかった。


 フィービーがミゲルに訴えなくなったのは諦めが勝ったのと父の耳に何度か入り叱責されたのもある。時には頬を打たれ、ミリアンと二人でフィービーが一晩中説教をされたこともある。



『醜い嫉妬をするな、ダイアナ様はミゲル様の幼馴染。不埒な関係を想像するお前にこそ問題がある!』

『健康なお前より、病弱なダイアナ様を心配するのは幼馴染として何一つ間違っていない。亡くなった母上も狭小な心を持ったお前を空の上で嘆いておられる』


「覚えてないわよ……そんなの……」



 お前が死ねば良かったという言葉すら覚えていなかった父や兄だ。覚えている訳がない。

 誰にも話せない悩みを相談したのはフィデスただ一人だけ。義母は困らせたくなかったのとフィービーが義母を快く思っていないと父やミリアンは思っていた為、屋敷では見張りがいて距離を取っていた。話せば必ず力になってくれていただろう。



「フィービーは体力に自信は?」

「恥ずかしながらあまり。でも、弱音を吐くつもりはない。どんな仕事だってする覚悟よ」



 思考に浸ってもアズエラの声はしっかりとフィービーに届き、速やかに反応をした。恐らく貴族令嬢の平均的な体力しかないがフィービーは宣言した通り、任せられる仕事はどんなものだって最後までやり切る覚悟を持っている。



「実際の業務は支部長に会ってから教えられるわ。そうだ、北の教会の支部長が誰だか知ってますか?」

「ええ」



 北の教会を纏める支部長は現皇帝の異母弟オルドーだとフィービーも知っている。先帝と侍女との子で皇帝とは二十以上も歳が離れており、後継者争いの火種にならぬようフィデスが引き取り、後の大教会の司祭にするべく現在は支部で働かせているとは有名な話である。皇太子が一人いる為、彼に何かない限りオルドーが後継者に選ばれる場合はない。

 話をしている内に馬車は丘を上がって教会の前に到着した。半月以上も乗車していると馬車に愛着ができてしまい、フィービーは馬車全体を見つめた後感謝の意を込めてそっと頭を下げた。



「アズエラ=ギデオン伯爵令嬢とフィービー=ウェリタース侯爵令嬢ですね?」



 名残惜しい気持ちをそのままにし、フルネームで呼んだ男性の声に振り向いた。

 腹違いのかなり年下の弟を現皇帝が疎んでいるとこっそりフィデスに理由を教えられたように、皇族が必ず受け継ぐ黄金の瞳と同時にオルドーは先帝と同じ黄金の髪も受け継いでいた。父を誇りに思っていたらしい皇帝は、敬愛する父の髪の色を異母弟が受け継いで劣等感を刺激された。身分の低い侍女との子では何れ内々に始末される恐れがあるとして、後継者争いを表向きの問題にし引き取ったと経緯を聞いた。

 見る者が圧倒される権力者の顔たる皇帝と違い、凛とした佇まいをしながらもどこか儚げな雰囲気を纏った不思議な相貌。形の好い唇が動きフィービーはアズエラと共に頭を下げた。



「アズエラ=ギデオンでございます」

「フィービー=ウェリタースでございます。お迎えいただきありがとうございます、オルドー殿下」



 淑女の礼は此処では意味を成さない。顔を上げさせたオルドーは二人を交互に見比べた後、後ろに控える神官が見えるよう少し横に逸れた。



「アズエラ嬢は彼の案内に従ってください。フィービー嬢はぼくと」



 フィデス個人に事情を知らされているであろうオルドーと話さないとならないのはフィービーも予想しており、アズエラと短く言葉を交わすと早速移動を始めた。

 丘の上にある教会は規模は小さいが清掃が行き届いていて建物全体を見てもかなり綺麗にされており、周辺の花壇に咲く花は全て満開に咲き誇っていた。



「叔父上の手紙で事情は把握しています。ウェリタース家のご令嬢と言えど、此処では特別扱いはしません」

「覚悟の上です。私に与えられた仕事は何だってする所存です」

「気合は十分のようだ」



 前を向いていたオルドーは後ろに振り返り足を止めた。



「叔父上は、くれぐれも君のことをよろしく頼むと書いていた。フィービー嬢の様子を見るに、叔父上を信頼しているみたいだが」

「フィデス司祭には、私が子供の頃よりお世話になっています。司祭の顔に泥を塗る真似は決してしません」

「ああ、うん。その辺りについては心配していない。フィービー嬢、君は叔父上を聖人か何かに見えているようだが、あまり信用し過ぎないことだ」

「え?」

「善意でフィービー嬢を此処へ送ったのは事実だとしても、裏があるとは想像しなかった?」



 上位貴族のマナーや礼儀作法、更に刺繍を子供達に教えられる好い機会だと語っていたフィデスの言葉に嘘はない。善意もあれど、思惑もあるとは織り込み済みだ。そういうものだと割り切っているフィービーにオルドーは曖昧に笑う。



「そんな可愛らしいものなら良いのだけれど」

「違うのでしょうか」

「幾つか予想はしているけれどね。まあ、君が此処で暮らせるよう最低限配慮はするよ。育ての親への恩返しとして」

「……」



 釈然としない気持ちを持ちつつも、今日より上司となるオルドーに改めてフィービーは頭を下げた。





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きなくさい匂いがしてきましたね。皇位継承争いに巻き込まれるのか…。 今回の話でミゲルますますないなと思いました。 デートの度に邪魔されることに疑問も抱かず何も対策しないなんてと思ってたけど、 それが少…
フィデス司教は皇帝に対して腹に一物あるタイプかな。 まあ、皇帝一家が現在臣下でしかない公爵家の令嬢にあからさまな贔屓してたら国も荒れる原因になるよね。 スバ抜けて賢い令嬢ならともかく、病弱(?)を振り…
なにそれ怖い 棗さんの名前を見て期待していたものが期待通り出てきてにっこり ミゲル君、いつも先触れなしなのは先触れしたら幼馴染に察知されるからとか…? 内通者がいる…? フィービーにけっこうな執着を…
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