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戻らない日々

作者: Uma

前作「当たり前が壊れた日」の続きになります。

深い海でもがいていたそれは、優しい周囲の協力で浮き上がってきた。

浮き上がっても陸は遠いことを知る。

呼吸はできても陸は近づかない。

水面はゴールではなかった。




1.良くなっているはず


目が覚めた。

目覚ましは、まだ鳴っていない。

薬の影響か、よく眠れた気がする。


適応障害で、数か月休職していた。

この頃、毎月のように「来月は復帰できそうか」と問われる。

私にだって、わからない。

ずっとこのまま、メンタルが不安定なのかもしれない。

そんな不安が、起き上がってくる。


不安をかき消すように、声を出して背伸びをする。

人との会話が少ないからか、喉がイガイガした。

意識的に、声を出さないといけないのかもしれない。


いつ復帰してもいいようにと、

生活リズムだけは、崩さないように意識してきた。



コーヒーを淹れる。

独特の優しい香りが、鼻腔をくすぐる。

追い詰められていた数か月前と比べて、

今は穏やかな時間が流れているのを感じる。


ゲームをクリアして以降、

少しずつ、やりたかったことに手を出せるようになった。


ギターを触ってみると、

離れていた時間を、はっきりと思い知らされる。


指が痛い。

これは、ギターを弾く指ではなくなってしまっている証拠だ。

少しずつ、育てていく必要がある。


淹れたてのコーヒーとともに、

その苦さを噛みしめた。



今日は、復帰に向けて産業医と調整を行う日だ。

部長も、いらっしゃるらしい。


やはり、元気な姿を見せなければならない気がする。

少しでも、ちゃんとしていなければならない。


電車に乗って、気づいた。

身体障害者手帳を、忘れた。


この頃、集中力が低下しているのか、

ぼーっとしていることが多い。

忘れ物は、よくあることだった。


身分証明として、

マイナンバーカードや診察券の存在だけ確認して、

手帳は諦めることにした。


念入りに準備して、ちゃんとしたはずなのに、情けない。

ふと、自分が滑稽に感じた。


繕ったって、どうしようもないのに、

なぜか、繕おうとしてしまう。


無理なことは、無理だと言うには、

できるだけ、自分に正直にならなければいけない気がした。



「おう! お疲れ様。待った?」


病院の前で、部長が声をかけてくれた。


「お疲れ様です。先ほど到着したばかりです。

お忙しい中、ありがとうございます。」


見えていない私に対して、

先に声をかけてくれることに、感謝を覚える。


ありがたいことだと思う。


こんな平社員一人のために、

時間を取ってもらっているのだ。



「睡眠時間が伸びて、だいぶ楽になったんですね?」


産業医が、確認するように言った。


薬を変えてから、夜の睡眠時間は伸びた。

まだ一般的には短めだが、

朝一番に強い疲れを感じることは、ほとんどなくなっていた。


「はい。おかげさまで、日中の活動量も増えています」


とはいえ、半日も動けば疲労感が強く、

椅子に座っているのもつらくなる。


「まあ、復帰するなら、半日勤務から体を慣らしたほうがいいと思いますよ。

部長さんも、それでよろしいですね」


医者には、すでにお見通しだったのかもしれない。


部長と産業医の会話を聞きながら、思う。


早く復帰しないといけない。

そう思っているのに、体がついてこない。


睡眠時間の少なさと、不安への対処で、

体力が削られているのだ。


復帰が決まったはずなのに、

それがまた、新しい不安にもなる。


ちゃんと、戻れるだろうか。




2.後悔


目が覚めた。

スマホに通知が来ている。


「今日、ご飯どうですか?」


同僚だった。

いきなり、私の復帰を嗅ぎつけたのかと驚く。


了承してから、慌ただしくシャワーを浴びる。

昨日は産業医との面談に疲れて、風呂に入れていなかった。


「えっ? もう復帰するんですか?」


どうやら、たまたまタイミングが一致しただけで、知らなかったらしい。

早すぎるのではないかと、心配されてしまった。


言われてみれば、焦っている気もする。


「これ以上休んでたら、ニートになっちゃう」


笑いながら、適当なことを言ってしまった。

復帰が決まってから、確かに不安で仕方ない。


同僚の言うように、早すぎたのかもしれない。


「そういえば、課長はどう?」


ふと、私の仕事を引き継いでくれた課長のことが気になった。

無責任に、すべてを投げ出して休んでしまった罪悪感が、目を覚ます。


「休みが取れないって、ぼやいてましたよ」


同僚は笑いながらそう言って、酒をあおる。


「課長がそんなこと言ったら、課員は休みにくいですよね」


愚痴っぽく語る同僚に、私は何も言えなかった。

私のせいだ。

私のせいで課長が休めず、その影響が同僚にも及んでいる。


「それは、申し訳ない」


思わず、謝ってしまった。


「え? 課長の愚痴であって、休んでる先輩には関係ないでしょう」


本気で、そう思ってくれているような気がした。


「ありがとう」


酒を飲みつつ、話題をゲームの話に変える。

少女を守り抜いたのだと、少し自慢するように話すと、彼も自然についてきてくれた。


本当に、優しい。



同僚と別れて、思う。


私は、本当に休んでよかったのだろうか。


課長だけではない。

多くの人に、迷惑をかけている。


部署を移動したとはいえ、

早く戻らなければならない。


夜の空は、黒く、深いように感じた。


半日で、しんどいなんて言っていられない。




3.リスタート


目が覚めた。

目覚ましが鳴っている。


昨日は、あまり眠れなかった。

久しぶりの出勤に、どきどきしていたらしい。


今日から、復帰だ。


念のため、頭痛薬をポケットに忍ばせ、

少し慌て気味に家を出る。


「おはようございます」


久しぶりに、オフィスに入る。

部署が変わっても、部屋は変わらない。


ちらほらと、小声で挨拶が返ってきた。

もしかしたら、

いつも返してくれていて、

私が聞こえていなかっただけなのかもしれない。


同僚や、部長のように、

心配してくれる温かい人は、確かにいる。


強く歯を食いしばって、席につく。


気合を入れてきたが、

なんのことはない。


そこには、

見慣れた風景があった。



部署が変わり、やり方は変わったが、

やること自体は、ほとんど変わらなかった。


これまでの経験は、無駄ではなかったのだと思う。


資格に頼る業務は減らしてもらい、

工数も、少し多めに割り当ててもらえている。


視覚障害と、適応障害。

その両方に、配慮してもらえている。


助けてもらってばかりで、申し訳ない。


だからこそ、

その分、結果を出さなければならない。


歯を食いしばって、気合を入れる。


少し、

頭痛がしたような気がした。



「まずは設計からお願いしますね。

ゆっくりでいいので、のんびりいきましょう」


新しく担当する案件の説明を受ける。

資格に頼らなくてもよい部分を中心に、仕事の内容を説明してもらった。


年下の主任だった。


彼女も、きっとやりづらいだろうに。

それでも、気を遣ってくれているのが伝わってくる。


だからこそ、

早く役に立たなければならないと思った。


目が回るような半日だった。

頭痛薬は必要なかったが、

打ち合わせや新案件のことでバタバタしているうちに時間が過ぎ、家に帰った。


帰ってからは、動けなかった。

電池が切れたように、何もできない。


自宅で過ごす半日と、

職場で過ごす半日には、

大きな差があるらしい。


目が、チカチカする。


こんなことで、役に立てるのだろうか。

完全に復帰できるのだろうか。


不安が、首をもたげる。


こっちに来るな。


復帰してしまったんだ。


やるしかない。


今さら、休みを延長することはできない。




4.追いつけない


目が覚めた。

まだ、目覚ましは鳴っていない。


今日から、フルタイム出勤が始まる。


頭痛薬は、手放せなくなっていた。

重たい体を引きずるように、

ベッドから這い出て、支度を済ませる。


だらしなく伸びた髪の毛を、

鬱陶しく思いながら、家を出た。


半日勤務を命じられた二週間は、あっという間だった。


半日のはずなのに、

頭痛薬を飲む日も、少なくなかった。


やはり、復帰は早かったのかもしれない。


仕事も、思うように進んでいない。


新しい部署は、打ち合わせも多い。

ひとつの作業に集中しづらいのも、

要因のひとつなのかもしれなかった。


それでも、主任たちは結果を積み上げている。

それが、わかってしまう。


彼女たちが、テキパキと仕事を進めている横で、

私は、いったい何を進められているのだろう。


配慮を求めてばかりで、

結果が出せていない気がする。


「今日から、フルタイムだよね」


部長に、そう問われた。


「はい。おかげさまで、体も慣れてきました」


口から出たのは、

元気そうに取り繕った、偽りの自分だった。


内心では、

また、ゆっくり休みたいと思ってしまっている。


こんなにも配慮してもらっているのに、情けない。



「これは、いつごろ終わるんかねー」


部長の問いかけに、主任が答えている。

私に振られた仕事も含まれる案件だ。


鼓動が、早くなる。


申し訳ない。

遅れているのは、私のせいなのに、

主任が問い詰められている。


主任は、別件に時間を取られていて、

大半を、私に任せているのだと説明し、

やや遠めの予定を告げていた。


「私のせいで、申し訳ないです」


会議の後、思わず謝った。


「いやー、私も別件で手を取られてて。

任せきりなのは、本当なので。

そこは、気にしないでください」


成果なんて、出せていないのに。

それでも、任せてくれるのか。


早く、成果を出さなきゃいけない。


頭痛がした。



どれだけ、やる気があっても、

体が、ついてこない。


集中力は、続かない。

頭痛は、頻繁に起こり、

薬に頼る毎日だった。


目薬だけは、減っていた。


資格に頼る作業を減らしてもらったのが、

効いているらしい。


それでも。


早く、結果を出さなければならない。




5.マイペース


目が覚めた。

目覚ましが鳴っている。


今日は、在宅勤務だ。

出社する回数は、減っていた。


在宅で仕事をすると、

不思議と、頭痛が減った。


周囲の声を、拾わないからだろうか。

こまめに、休憩が取れるからだろうか。


夜も、よく眠れる気がする。



起き上がって、PCに向かう。

オンラインで、朝礼に参加した。


責められることは、ない。

進捗も、多少はある。


「それでは、一日よろしくお願いします」


淡々と報告して、

朝礼は、あっさりと終わった。



席を立ち、コーヒーを淹れる。



在宅は、休憩を取りやすい。


オフィスでは、

常に、キーボードの音が聞こえてくる。


なぜ、お前は仕事をしていないんだと、

言わんばかりに、

カタカタと、

そこらじゅうから、

攻め立てるように響いてくる。


前の課長の声も、聞こえる。


そのたびに、

鼓動が早くなる。

手足が冷えて、

胸が、苦しくなる。



在宅なら、静かでいい。


目がつらくなったら、休憩をする。

今のように、コーヒーを淹れる。


独特の、優しい香りが、

鼻腔をくすぐった。



まだまだ、寛解ではないらしい。


コーヒーの苦さとともに、

それを、噛みしめるように飲み込んだ。

似たような経験をしている人、周りにこんな人がいるという人に届いてくれるのお願いつつ、自分の体験を書いています。

でも、一番は自分を見つめ直すために書いているのかもしれません。

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