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「なんじゃこりゃ……」
こんな場で発する言葉ではないと、わかっていても口からこぼれ落ちたひと言。そう言わざるを得ない内容だった。
確かに数百年も、積み上げられてきた結晶だというのは、わかる……わかるが。
(これは、まさしくスパゲッティコード……)
この世界には、短く美しく描くという文化はなかったのだった。
***
この世界に呼び出されたのは、国一番の魔術師一家の手によるものだった。(異世界の国の名前は、やたら長ったらしいのでそこは割愛する。)
このままだと国が危ないと、追い詰められた魔術師たちが苦肉の策に選んだのは異世界からの救世主の召喚だった。
その後何年にもわたって摸索され、数年をかけて救世主として呼び出されたのは、日本国内ではごくごく一般の社会人。残業に残業が続いて、体力もなくヘロヘロになった枯れ果てた姿の私だった。
――遡ること、3カ月前。
「どこ、ここ……」
見慣れない一室で、フードをかぶった性別も分からない人たちに囲まれながら、私は佇んでいた。
さっきまで間違いなく、帰宅中の満員電車に押しつぶされながら、荷物を抱えて、さあ、降りるぞ!と、電車を出たところだったはずなのに、まったく見覚えのない場所。
それほど大きな部屋でもないが、私の借りているワンルームよりは圧倒的に広い。見上げれば、映画の中か、旅行先でしか見たことがないような西洋風のアーチがきれいな天井が見える。天窓からは満月の光が差し込んでいた。まさか、電車でたところで、こんなところに着地するわけもない。
「やっ……やった!成功した!!」
そう言って、フードを取って、両手を包み込むようにつかんできたのは、私よりすこし低いの身長の男の子だった。月の明かりで照らされて、彼の容姿がやっと見える。ふわふわした黒髪と透き通った青い瞳が印象的だった。
「え、えっと……?」
「あ、突然ごめん。俺は、ルカ。はじめまして」
「……はじめまして……?」
「君をずっと待ってたんだ!」
そう目をキラキラさせながら、私をみつめている。年齢は12,3といったところだろうか?いや、この人懐っこさなら、もう少し下かもしれない。
「ねえ、名前を教えて!」
「く、くたり……」
「クタリ!」
ついクセで、名字だけを伝えたが、見ず知らずの人にフルネームというのもなんだか違う気がして、そのままにした。
「ルカ、そこまでにしな」
「俺たちやったんだよ!すごいよ!」
「そうだな、頑張ったな」
わしゃわっしゃという、効果音が聞こえてきそうなほどにルカの頭を大きな手で撫でている男性が、後ろから姿を現した。月明かりが傾いて、彼らの輪郭もはっきりしてくる。
その奥に立っていた男性は、腕を組みながらじっと私の方を見ていた。かぶっていたフードは外されていたので、顔がよく見える。体格からして、どちらも成人をしていると見てよさそうだ。
「オレはアレックス・グレンヴィル。あなたを待ってたんです。混乱していると思いますが、あとで詳しい説明はするんで、ちょっと待ってください」
「は、はあ……」
快活な明るい声で話しかけられる。追いつかないまま、自己紹介が進められていく流れは、どうにもフィクションのようにも感じた。
「これを」
そういって、肩にかけられたローブは、ずっしりと重みを感じた。まだ挨拶をしていない腕組みをしていた彼のものだった。
「寒いだろ」
そう言われて、ぎゅっと腕に力がこもっていたことに気づく。確かに、部屋の中は寒かった。人の熱でポカポカに温められた満員電車のもわっとした空気はないが、都会では感じられない雪が振り積もるようなツンとした寒さがある。
腕のなかをみると、使い古されたビジネスバッグが、よりよれよれになっていた。
「ありがとう……」
彼の方を向いて、お礼を言う。
それから、彼は手を差し出して、
「イーヴァだ」と言った。
まだ、整理しきれない頭は、反射的に手を差し出し、その手を取った。
「よろしく」
落ち着いた彼の声は、部屋の中で、よく響いた。




