なんかのフラグ
馬車の車輪がきしみ、城下へ戻る道をゆっくり進む。
窓の外では、さっきまで見えていた海がもう見えない。
……でも、あの真っ赤な色は目に焼き付いて離れない。
「ねえサーシャ、あの赤いの、やっぱり変だよね!?」
「そうですね。ですが――」
「やっぱり何かの前触れとか! 昔の言い伝えとか――」
「……軍が公表するまでは『夕日の反射』ということで」
きっぱり。
こういう時のサーシャは石壁みたいに隙がない。
「夕日って……朝だったじゃん!」
「東側からも夕日は昇るものです」
「それもう夕日じゃないでしょ!?」
後ろで居眠りしていたユーリがむくりと起きる。
「ふあぁ……赤い海は攻め時ですな!」
「なんでそんな話になるの!?」
「敵が動揺しているうちにこちらの士気を――」
「落ち着いて! これ戦争じゃないから!」
……たぶん。
(いや、ゲームならここから大きいイベント始まるんだよな……“次元の扉”とかが開くやつ)
馬車が城門をくぐると、兵士たちがざわめき、遠くの塔を指さしている。
つられて視線を向けると――雲の切れ間の向こう、海の彼方に光の筋が立ち上っていた。
まるで空と海を縫い合わせる、細い糸のように。
背筋に冷たいものが走った。
(やっぱ……何かのフラグ立ってるかも)
その時、向かいの席で腕を組んでいた父――ヴァルディミールが口を開いた。
「……“門”かもしれんな」
(え、今、門って言った!?)
俺の心臓がドクンと跳ねる。
すかさずユーリが身を乗り出す。
「将軍様! これは攻め時ですな!」
「だから!!」
「敵が動揺している今こそ、国境を――」
「倍にせよ」
「どうして毎回物騒な方向にいくの!?」
父は俺の抗議を完全にスルーして、次々と指示を飛ばす。
サーシャは静かに俺を横目で見て、ほんの少しだけ口元を緩めた。
……また平和な日常が一歩、いや三歩ぐらい遠くなった気がする。