巡視
訓練場からの帰り道、サーシャに秘密を打ち明けてから数日後。
俺は父の命令で、城下町の巡視に出ることになった。
「巡視」といっても実際は顔見せ程度のものだ。
馬車の窓枠が少し高くて、座面から背伸びして覗く。
石畳の隙間に、小さな霜が白く光っていた。
馬車の窓から見える街並みは、きれいに整列した建物と石畳。
それは立派なんだけど……やけに色が少ない。
街角の市場に並ぶ野菜や干し肉も、どこか質素だ。
寒冷地で作物が限られているせいか、明るい色の果物はほとんどない。
兵士たちが市場の入口を監視していて、人々は腰をかがめて通り過ぎる。
「……やっぱり、笑顔が少ないな」
思わず呟くと、サーシャがちらりと横目で見た。。
「笑顔を見せる余裕があるなら、仕事を増やされる国ですから」
「ブラック企業かよ……」
「ブラック……?」
しまった、また現代用語を出してしまった。
ここまでガチガチに監視統制してるけど、某国と違って社会主義ではないんだな。一応資本主義社会…と言えるのか?そんなことを考えながら眺めていた。
馬車が大通りを抜けると、遠くに海が見えた。
あの先にはアルディナ王国がある。
暖かくて、果物が道端に自生して、飢える人がほとんどいない国。
噂によれば、昼間から酒を飲んで歌う人もいるらしい。
(……正直、俺はそっちで暮らしたい)
でも俺は、この国の第一王子。
軍事の象徴である父の息子だ。
自由を夢見るだけじゃ、何も変わらない。
少なくとも――この国をもっと生きやすくする方法は探したい。
「若殿、視察は以上です」
ユーリが胸を張って敬礼する。
「ご命令いただければ、城門を二重にして国境警備も倍にしますぞ!」
(…すぐ軍備ばっかり強化しようとする…)




