レオニードのさぐり
会議が終わり、重たい扉が音を立てて閉まる。
残ったのは俺とサーシャ、そして席を立たないレオニードだけだった。
窓の外は赤く染まり、夕暮れの光が長い影を床に落としている。
「レンシス殿」
レオニードは椅子に腰を掛けたまま、穏やかな声で切り出した。
「あなたは――こちらで生まれた方ですよね?」
「……どういう意味ですか」
反射的に返した声が、わずかに硬くなる。
「我が国の古記録には、ごくまれに“別の世界の記憶”を持つ者が生まれるとあります」
彼は机の上の《パンゲラス年代記》を指先で叩きながら続ける。
「そうした者は、門や異常現象に深く関わることが多い。……あなたには、何か覚えがありませんか?」
「……ありません」
即答したが、胸の奥に小さな波紋が広がるのを感じる。
サーシャがすっと俺の横に立ち、その視線が「言葉を選べ」と告げてきた。
レオニードは俺の顔をしばし見つめたあと、薄く笑って肩をすくめた。
「そうですか。では今は、それで構いません」
彼は立ち上がり、歩き出す直前にだけ振り返る。
「ですが――もし思い出すことがあれば、ぜひ私に教えてください。必ず役立ちます」
そう言い残し、扉の向こうへ消えていった。
足音が遠ざかり、部屋に静けさが戻る。
俺は深く息を吐いた。
「……あいつ、完全に疑ってるよね」
「ええ」サーシャは即答したあと、わずかに口元を緩める。
「でも――王太子殿下の目は、敵のものではありませんでした」
その言葉に、少しだけ胸の緊張がほどけた気がした




