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パンゲラス大陸

父とレオニードが作戦計画の骨子をまとめている最中、アルディナ側の書記官が分厚い革張りの本を机に置いた。

ページを開くと、古びた羊皮紙に描かれた地図や、淡い色彩の人物画が現れる。


「これは?」父が問うと、レオニードは口角をわずかに上げる。

「我が国の古代史書――《パンゲラス年代記》です」


耳がぴくりと動く。

パンゲラス……?


「かつて、この世界は一つの大陸だった。そこでは異能を持つ者を“天使”と呼んでいたと記録されています」

レオニードは挿絵の上を指でなぞった。そこには光を纏う人物と、その背に広がる翼のような光条が描かれている。


「天使は大陸の均衡を保つ存在でした。しかし混血が進み、その血は各地に散った。我が国の伝承では、“血の濃き者”が現れた時、再び世界を繋ぐ門が開くとされています。そしてその者は、あちらの世界からこちらへと生まれ出ずる――橋渡し役として」


「……血の濃き者」

喉がひとりでに鳴った。

(俺のこと……なのか? 転生は偶然じゃなく、何か理由があった…?)


父は表情を変えずに聞いているが、場の空気はじわりと重くなっていく。

そしてレオニードはさらりと言葉を重ねた。

「興味深いことに、“門”という語も同じ時代の記録に出てくるのです」


外から突風が吹き込み、天幕がひときわ大きく揺れた。

息を整えながら、胸の奥に冷たいものが沈んでいくのを感じる。

どうやら“門”は、単なる災害ではなく――もっと古く、深い因縁の上にあるものらしい。


パンゲラス大陸……お伽話だとされてきたはずの大陸の名が、今ここで現実のものとして語られている。


父とレオニードが作戦計画の骨子を詰めている最中、レオニードが軽く手を挙げた。

「この件については、我が国の学者にも意見を述べてもらいましょう」


呼び入れられたのは、背の高い痩せ型の初老の男。

長衣の裾を揺らしながら進み出ると、彼は分厚い革張りの書物を机に置き、恭しく礼をした。


「古代パンゲラス大陸における“天使”と呼ばれる存在についての記録です」


ぱらりと開かれたページには、淡い色彩で描かれた巨大な石造建築があった。規則正しく積み上げられた巨石、四方を精密に測ったかのような形状――


(……ピラミッド!?)

俺の脳裏に、前世で見た世界遺産の映像がよぎった。


学者は指先でその挿絵をなぞりながら語る。

「天使は光や音の振動を操り、空に浮かせた巨石を寸分の狂いなく積み上げたと伝えられます。これらは天の運行と呼応する位置に配置され、大陸の暦や儀式の基盤となったのです」


さらにページをめくると、星図と並んで描かれた別の建造物が現れた。

「興味深いのは、この構造物と酷似した遺跡が、大陸と“地続きであった遠方の地”にも存在するという記録です」


(地続き……やっぱりパンゲラスって地球と繋がってたんじゃ…)

背筋をじわりと冷たい感覚が這い上がる。


父は低く問う。「その天使なるものの力と“門”は関係していると?」

学者は慎重に頷く。「少なくとも、古記録では“門”の出現は必ず特異な建造物の近辺で確認されております」


その時だった――。

外から、帆布を叩きつける轟音が響く。

突風が天幕を揺らし、テーブルの上の書簡や地図が舞い上がった。思わず身を屈める。

風はまるで獣が唸るように渦を巻き、立っているだけで体が持っていかれそうだ。


「風速……四十はあるな」誰かが叫んだ。

天幕の柱がきしみ、木製の台が吹き飛んでいく。


「羅針盤が狂っている!」

隅に置かれた測定器の針が、ガタガタと音を立てて回転していた。


父が即座に声を張る。「全員、装備を整えろ!」

レオニードも負けじと指示を飛ばす。「合同調査隊、準備開始!」


吹き荒れる風の中、俺は荷物を抱え、必死に立っていた。

胸の奥で、パンゲラスの絵とこの異常現象がひとつに繋がっていく感覚があった――

何かが、もう後戻りできない形で動き出している。


ーーーー


突風がようやく収まってきたが、空気はまだ重く、どこか鉄の匂いがした。

天幕の外では、兵士たちが手早く荷をまとめ、馬や装甲車両の点検に走り回っている。


「測定器はすべて持て。磁場の乱れが再発したら逐一記録するんだ」

父の声に、部下たちが一斉に応じる。

レオニードも隣で頷き、アルディナ兵へ短く命令を飛ばした。


俺の前にサーシャが歩み寄り、淡々と装備の確認を始める。

「殿下、非常食は三日分。水筒は満水、予備魔石も装填済みです」

「お、おう……ありがとう」

背負わされた荷物はずしりと重く、これからが本当に“現地調査”なんだと実感する。


一方、ユーリは腹を押さえて顔を青くしていた。

「……ぐ、ぐるじい……果物、もう一生分食った……」

「だからあれだけ言っただろ」俺が呆れながらも肩を貸すと、サーシャが冷ややかに一瞥する。

「行軍中に戦力にならない場合、置いていきます」

「うわぁ…冷たい…」


出発の合図が鳴り、二国の旗を掲げた先導馬がゆっくりと動き出した。

行き先は、境界の海にそびえる光の柱――“門”。

海沿いを進むにつれ、地平線の向こうにそれは徐々に姿を現し、白い閃光を漏らしていた。


俺は無意識に拳を握る。

パンゲラスの伝承、天使、そして橋渡し役。

――まるで、すべてが俺に向かって収束しているみたいじゃないか。


(いやいや、偶然だ…はずだよな)

そう心の中で打ち消しながらも、胸の奥には確かなざわめきが残ったままだった。




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