退避
調査隊は海岸から一時撤退し、アルディナが用意した臨時の指揮天幕へと戻った。
外ではまだ強風が吹き荒れているが、分厚い布と木骨の天幕の中は驚くほど静かだ。
机の上には潮で湿った地図と、乱れた磁場の観測記録が並んでいる。
「――以上が現時点での状況だ」
測量班の報告を受け、父が低く頷く。
「予測より規模が大きいな。これ以上の単独調査は危険だ」
レオニードも腕を組み、ゆっくりと視線を巡らせる。
「我が国でも同じ現象を観測している。となれば、この“裂け目”は双方にとっての脅威だ」
「……脅威、か」俺は思わず呟く。
口の中が乾く。あの光と暴風は、まるで世界が拒絶しているようだった。
「ならば――」父の声が鋭くなる。
「次は共同での接近作戦を行う。兵の選抜、装備の統一、連絡手段の確保……すべて速やかに調えろ」
「了解」ヴォルグラードとアルディナ双方の副官が同時に敬礼する。
その横で、ユーリが胃のあたりを押さえて小さく呻いた。
「……殿下、申し訳ありません。先ほどの宴での果物が……」
「だから言ったのに……」
「いえ、任務には支障ございません!」と強がって立ち上がるが、顔色はどう見ても支障だらけだった。
「若殿」レオニードがふと俺に目を向ける。
「あなたには、現場での判断役も担っていただきたい。今日の観察力――偶然とは思えません」
「えっ……いや、あれは本当に偶然で――」
父の視線が刺さり、言葉が喉で止まる。
「……わかりました」
こうして、俺は次回の“門”接近作戦に、完全に外せないメンバーとして組み込まれてしまった。
外では相変わらず光の柱が、雲間に脈打ち続けている。




