合同調査へ
翌朝、まだ空が白む前。
港には、ヴォルグラードとアルディナ両軍の旗が並んで翻っていた。
合同調査隊の出発準備だ。武装兵と研究員、それに案内役の水兵たちが忙しく荷を運んでいる。
俺は甲板に立ち、真新しい制服を着た自分の姿にそわそわしていた。
(うーん……こういうの着ると、ますます“戦地に赴く感”が……)
「おお、似合ってますぞ若殿!」
横からユーリが満面の笑みを向けてくる。
……ただ、その顔色は昨日よりワントーン白い。
「……まだ胃が痛いの?」
「いえ! 痛いのは……心です」
「それ昨日パイン食いすぎでやられただけでしょ」
そこへレオニードが現れた。
軽装の軍服に、どこか冒険者のような雰囲気をまとっている。
「おはようございます、第一王子殿下。昨夜はよく眠れましたか?」
「ええ、おかげさまで」
「なら良かった。今日は少し長旅になりますから、気を抜かずに」
――と言いつつ、その笑みはまた“試してくる”タイプのやつだ。たぶん。
船は滑るように港を離れ、海原を進む。
甲板ではアルディナ側の水兵が陽気に歌いながら作業をしており、ヴォルグラード兵は仏頂面のまま黙々と荷を固縛している。
文化差が風景レベルで見える。
昼頃、水平線の向こうに淡く光る筋が見えた。
「……あれが“門”だ」父が低く言う。
空と海の境目に、かすかに揺らめく柱。昨日よりもはっきりと、太くなっている気がする。
次第に空が曇り、風が強くなった。
その瞬間、俺の耳の奥で低い唸りのような音が響く。
光の筋がわずかに脈動し、周囲の空間がゆらりと歪んだ。
まるで、そこだけ別の世界が混ざり合っているように。
誰もが言葉を失い、その光景を見つめた。
まだ何かが出てきたわけじゃない。だが――確かに“門”は、開きかけている。
船が浅瀬に錨を下ろし、上陸用の小舟が海面を滑っていく。
向こう岸は岩場と白い砂が入り混じった入り江で、潮風に混じって鉄と油の匂いが漂っていた。
「足元、滑りますぞ若殿!」
ユーリが俺の肘を押さえるが、どう見ても自分の方が足元ふらついてる。
「お前こそ気をつけろって……」
案の定、波打ち際でズルッとやって、尻餅。
砂まみれになったまま立ち上がるユーリの背中を、アルディナ兵が笑いながら叩く。
「ヴォルグラードの兵士も案外お茶目だな!」
「お茶目じゃなくて不注意だから!」
そこへレオニードが馬で現れ、軽く手綱を引いて俺の前に止まる。
「王子殿下、初めての現場視察ですね。緊張してますか?」
「まあ……少し」
「大丈夫ですよ、こちらには私がいますから」
――妙に軽い言い方なのに、不思議と嫌な感じがしない。
たぶん、昨日の宴席で無礼を詫びてきた時の素直さが残ってるせいだ。
丘を登ると、そこにあった。
海と空の境目、わずかに揺らめく巨大な縦の線。
近づくにつれて、低い唸りのような音が地面から足へと伝わってくる。
アルディナの研究員が計器を取り出し、数値を読み上げる。
「脈動が昨日の二倍……このままだと――」
言葉が途切れた瞬間、空気がビリッと震え、視界の端で光が弾けた。
“門”の中心がカメラのフラッシュのように白く輝き、すぐに収束していく。
……だが、消えたわけではない。細いが確かな光の筋が、まだそこに立っていた。
「縮んだだけか……」
父の低い声に、誰もが息を飲む。
近くの波が、ほんの数秒だけ逆流していた。
(やっぱり、ただの景色じゃない……)
喉が勝手に鳴る。
これ以上近づくのは、正直、危ない気がする。




