アルディナ国へ
馬車の窓から差し込む陽光は、ヴォルグラードとはまるで違う柔らかな金色を帯びていた。
潮風の香りに混じるのは、甘く熟した果物の匂いーーー国境を越えたことを、五感がはっきりと告げてくる。
「……空気まで甘い気がする」
思わず漏らすと、隣の父ヴァルディミールが短く頷く。
「アルディナは気候も文化も違う。油断するな」
やがて城門をくぐると、色鮮やかな衣装を纏った青年が待っていた。
褐色の肌に快活な笑み、肩まで伸ばした金茶色の髪――アルディナの王太子レオニードだ。
ヴォルグラードの重厚な軍服文化とは、何もかもが対照的だった。
「ようこそ、ヴォルグラードの若き第一王子殿!」
レオニードは、いきなり距離感ゼロで俺の肩を叩いてきた。
「え、あ、はい……」
「お前、その鎧の下って暑くないのか? こっちは昼寝してても汗かくぞ。
今度浜辺で果物食いながら昼寝しないか?」
「……いえ、まぁ……」
横目で父を盗み見ると、無言だが「気を抜くな」という視線を返してきた。
城内の歓迎の間へ通されると、中央の長卓には山盛りの果物皿がいくつも並べられていた。
鮮やかな赤や黄金色の果実が、瑞々しく光っている。
「さぁ、まずは甘いもので腹ごしらえだ!」
レオニードの声に応じて、隣のユーリが目を輝かせる。
「いただきます!」
……十分後。
「……もう入らぬ……胃が……」
見ると、ユーリは皿の山を前にぐったりしていた。
「だから食べ放題だからって本気で攻めるなって言ったじゃん」
「ですが……もったいない……」
そんなやり取りの最中、レオニードはふいに俺へ視線を戻す。
「――悪かった。さっきはわざと砕けた態度を取った。
どんな反応をするか、見たかったんだ」
俺が返答に迷うと、彼はわずかに頭を下げた。
「君は礼を崩さず、かといって堅苦しさに逃げもしなかった。
正直、気に入った。正式にヴォルグラードに協力しよう」
父が短く頷き、低い声で言う。
「ならば、“門”についての情報を共有する」
甘い果物の香りがまだ漂う中、場の空気は一気に引き締まった――。




