門が消えた
“門”まであとわずか――という距離になった瞬間、
空気がバチッと弾けるような音が響いた。
甲板の手すりをつかんだ手に、ピリッと静電気みたいな感覚が走る。
海面がざわざわと波立ち、門の周囲の水が不自然に盛り上がっていた。
「うわっ……!なにこれ!」
俺が思わず声を上げると、サーシャが低く呟く。
「……空間が歪んでいます」
門の表面が突然、渦を巻くように回転し始めた。
赤と青の光が乱れ、ビリビリと耳障りな振動音が全身を包み込む。
まるで鼓膜じゃなく、骨そのものが震えているみたいだった。
「なんか……空気が重い……」
呼吸がしづらくなり、胸の奥に圧がかかる。
甲板の端では、双眼鏡を構えた将校が一瞬よろけて手をついた。
門は、激しく瞬きながら形を揺らしていた。
次の瞬間、空間がぐにゃりと歪み、まるで巨大なカメラのフラッシュを焚いたように視界が真っ白になる。
「うわっ!」
俺は思わず目を細めた。
白光は一気に収束し、門の輪郭がぐんぐんと縮んでいく。
――あ、消える?
そう思ったのも束の間、光は完全には消えず、海の上に小さな輝きとして残った。
今の門は、以前のように海と空を縫い合わせる巨大な柱ではない。
けれど、目を凝らせばそこに、薄く淡い光の円がゆらゆらと揺れている。
水面が周期的に波打ち、光が脈打つたびに空気がかすかに震えた。
「……完全には閉じてないな」
父の低い声に、周囲の将校たちが眉をひそめる。
(なんだよこれ……ゲームで言う“休眠モード”みたいじゃん)
縮んだだけで、まだしっかり存在している。
そして、あの不気味な鼓動みたいな光は――いつまた膨れ上がるかわからない。
胸の奥がざわつく。
まるで、“次のターン”をじっと待ってるみたいだ。




