船の上にて
船はゆっくり沖へ出て、波を切る音が一定のリズムを刻んでいた。
俺は甲板の端で海を眺めながら、そっとため息をつく。
「若殿、船酔いですかな?」
背後からユーリの声。振り向けば、彼は両手に巨大な干し魚を持っていた。
「……それ、なに?」
「航海の必需品!塩気で体力回復、噛めば噛むほど闘志が湧く!」
俺の口元に干し魚を押し付けてくる。
「いや、そんな“戦う前提”みたいな食い物いらないよ!」
そこへサーシャがすっと近づき、銀のトレイを差し出した。
「若殿、こちらはジンジャーティーです。船酔い防止に」
「わあ!ありが――」
カップの中には、生姜がゴロっと丸ごと二切れ沈んでいた。
「……これ、飲み物?」
「体を温め、血流を促進します。戦場では――」
「だから戦う前提やめよ!?」
周囲では兵士たちが訓練と称してロープを使った腕立てやら、樽を持ち上げてスクワットやら、なぜか筋肉祭り状態。
俺が視線を向けると、なぜか全員が「若殿もどうぞ!」と笑顔で手招きしてくる。
(……俺、この船から降りられるかな)
サーシャはそんな俺を横目に、涼しい顔で書類を整理していた。
「若殿、到着までに“門”に関する記録を確認しておきますか?」
「うん……あ、でも怖いから軽いのだけで」
「承知しました。“百年前の門から怪物が溢れ出して沿岸の村が――”」
「軽くないってば!!!」
こうして俺の船旅は、戦意高揚グッズとホラー資料に挟まれながら進んでいった――。
海上は次第に風が強まり、空気が潮の匂いで重くなっていく。
沖の方角、水平線の先に、うっすらと黒い影が見えた。
父ヴァルディミールは双眼鏡を目に当て、低く言う。
「――間違いない、“門”だ」
言葉に合わせて甲板がざわつき、兵士たちが一斉に動き始める。
銃器の整備、通信の確認、そして俺の周囲にも護衛兵が増えた。
「おお……あの光、まるで裂け目のようだな」
ユーリが感嘆の声をあげる。
俺はごくりと唾を飲み込んだ。
雲の切れ間から差し込む陽光のような光柱が、海と空の境目から真っ直ぐ立ち上がっている。
その根元では、海が不自然な渦を巻き、赤黒い泡が時折はじけていた。
「若殿、到着までに作戦会議です」
サーシャが無表情のまま俺の肩を押し、艦橋へと促す。
扉を開けると、そこには円卓を囲んだ将校たちがずらり。
机の中央には“門”周辺の海図が広げられ、矢印や印がびっしり書き込まれていた。
「……え、俺もここ座るの?」
「当然です。第一王子ですから」
サーシャの返答が即答すぎて逃げ場なし。
父がゆっくりと口を開く。
「今回の任務は単純だ。“門”の監視と、それを利用しようとする敵の排除」
「……利用って、どういう――」
「質問は後だ」
ユーリが興奮気味に地図を指しながら言った。
「門の南東側に巡視艦を三隻、北側には砲艦を五隻展開し――」
「いや、海流の向きからして南東側は包囲向きじゃないと思う。流れを利用するなら北東から……」
……しまった、また口が勝手に。
全員の視線がこちらに集まり、場が一瞬静まり返る。
「――なるほど!若殿、天才ですな!」
「いや違うから!俺…」
「その発想力、必ず作戦に活かそう!」
こうして俺は、知らないうちに“門”対策の中心メンバーに組み込まれてしまった――。
とっ散らかってきたからなんとか頑張ります。




