2話 六歳下の“かえ”られた子 〈中編〉
人に蹴られたのは本当に久々だったから、最初はすぐに状況が理解できなかった。
でも、自分が仰向けに倒れて、お腹に痛みが強く残っていた時からは、少しずつ涙が出てきた。
「か・・・え。どうして?ねぇなんで・・・香絵じゃないの?」
声が震えながら蹴った相手を見つめる。
何度見ても、何回瞬きしても、そこにいたのは香絵じゃなかった。
灰色に近い黒色のショートヘアと薄橙色よりも薄い色の肌。水色のロングコートを羽織ったその男の子は私を冷たい目で静かに見下したまま、小さく呟いた。
「誰だよ・・・カエって」
「・・・えっ」
「誰なんだよ!うっせぇんだよ、カエ、カエってよ!」
男の子は声にどんどん怒りを増していき、足を強く振り上げた。
仰向けのまま、お腹を何回も強く踏まれる。
周りには誰もいなかった。私を止めようとした、2人の子どもも。
痛い。いたい・・・いたい・・お腹から手の先まで。
視界がどんどんぼやけていく。
この子は香絵じゃない。そのことは把握できた。
じゃあ・・・じゃあ・・・
「香絵はどこにいるの!!!!!」
「調子のんな!誰が知るか、そんなヤツのこと!」
お願い・・・!誰かこの子を止めて!強く願っていると、
「今!『吹花・六』っていって!」
突然、キユガイがどうのこうのいってた女の子の声が聞こえた。
「え?なんて?フキバナ・・・ロク?」
「おい、ちょっとはオレのに答えろよっ!ほんと誰なんだよ!カエって!つーかおめぇも誰なんだよ!」
女の子に聞き返したいのに、ひたすら踏んでくる男の子のせいでなんもわからない。
胸ぐらを掴まれて、無理やり立たされる。拳を強く握りしめてるのが見えた。
あぁ、殴るんだな・・・今にも倒れそうになりながらそう思ったその時だった。
「もーーっ!!仕方ないなぁ・・・」
女の子が階段の近くの木からスタッと軽やかに着地した。
視線がそっちに向いたのは私だけじゃない。男の子も驚いた表情で彼女を見つめた。
「レイ、久しぶり。覚えてるかわからないけど」
「おまえ・・・!まだその状態だったのかよ!シハ!」
レイと呼ばれた男の子が怒りの矛先を変えたらしく、私を突き放して彼女に向かって歩き出す。
「おめぇみたいなヤツ、イヤでも覚えてるよ!!人間でもない奴が陸のまちをウロチョロしやがって」
「そー思ってるなら、まず私たちから襲えばいいのに。なんも関係ない人から殺ったって効率悪いよ―」
シハって名前の子が挑発的な態度でレイを呼ぶ。
レイがシハに近づいていく中、私は頭の中が「?」でいっぱいだった。
・・・どういうこと?人間じゃないの?あの子
幽霊とか化け物とか、全く信じない。けど、その時はなんとなく、シハって子が人間じゃないって事に、「確かにそうかも」って納得できる自分がいた。
軽くジャンプして木の枝に乗ってたり、「花吹・十九」って小さく呟いた途端、急に気配を消して、また急に現れたり。レイの攻撃を避けるばっかりで、強いとかは思わなかったけど。
すべての動きが滑らかで、痛みに耐えながらも、目を離せなかった。
「で、いつまでシハに任せてるの、早くして」
「うわあああ!!」
近くから急に声がして、なんとかからだを起こすと、シハと一緒に私を止めようと腕を掴んできたあの子が、しゃがんでこっちを見つめてた。
最初にシハに話しかけられたときみたいに、全く気配を感じなかった。白いワンピースみたいなのを着ている14歳くらいのその子は、手を差し伸べてくれた。
「な、何を早くしたらいいの?」
その子の手を掴みながら立ち上がって尋ねると、少し呆れた表情になってたけど、ちゃんと答えてくれた。
「・・・シハが言ってた通りのこと、もう一回言えばいいだけ」
「・・・・・・はい?」
「だーかーら!『吹花・六』って言えばいいの!」
「・・・?」
だから何なの、その呪文みたいなよくわからない単語。
「とりあえずいって!早く!」
「ふ、吹花・六」
はい、いったよ。とりあえずいったけど・・・
なんも起きてない!
ずっと止まない風。ひらひら避けるシハ、ただ怒りに任せて殴ろうか蹴ろうかしているレイ。それを見ている1人の子どもと私。
あの・・・言った意味あった?って聞こうとしたときだった。
「うっ・・・!!!」
一瞬、みぞおちあたりに強い痛みが走り、両手でふさいだ。さっき何回も蹴られたのとは別の、違った痛み。でも本当に一瞬でその後は何にも感じなかった。
と、シハがこっちを見て叫んだ。
「リユ!!いつまでかかってんの?その子、正解だった?」
「うん!たぶん正解。ねぇ、今みぞおちあたり、痛かった?」
「え?もしかしてキミがなんかしたの?」
リユっていう子が、少しだけにいたずらっぽく笑う。
「これであのレイってやつ、あんたが自由に操れるよ」
・・・は?もうまじで訳わかんない。さっきからずっと。
「ほら、なんか命令してみたら?さっきまで何回も蹴ってきた相手だよ」
「じゃ、じゃあ・・・とりあえず、“眠って”!!」
とりあえずそう叫んだ途端、レイはその場でゆっくり倒れたいった。
・・・ウソ!ほんとに命令通りになった!
驚いてる私にシハが寄ってくる。そして大きなため息をついた。
「どーしてくれるの!!!これからめっちゃ大変になるじゃない!」
「こっちだって訳わかんないよ!キミたち何者なの?香絵はどこにいったの!」
香絵が、そのレイって子になってしまったってこと?もう香絵には会えないってこと?
いろいろ聞きたいことが山のようにあったけど。
疲れとか声にならない痛みが急に襲ってきて、
私はその時、人生で初めて気絶したってことを後から知った。
2話、読んでいただきありがとうございます。
実はこの作品自体、3年くらい前から考えていたものなんです。
ただ、リユやシハ、香絵とかの人物は今年になってから付け加えました。
乙葉が主人公であるのに変わりはないけども、上記の3人がいないから、かなり違う話になってたかもしれない。
そういう作品です。
3話もお楽しみに。