1話 六歳下の“かえ”られた子 〈前編〉
不思議なことが起こりはじめたのは、4月の中頃だった。
私が住んでいる舞花市・月吹では、ちょうど桜が散り始めていた頃。
私は自分の部屋の窓から、公園から吹く花吹雪をただただ見つめていた。
快晴なのにもかかわらず、昨日の夜からずっと風は強く、一向に花びらの流れは止む気配がない。
・・・桜を見ると、なんでこんなに悲しくなるんだろう
頬杖をつきながら私はそのようなことを考えてた。
桜が散るのを見て、喜ぶ人はあまりいないと思う。けど私は、散るのも、咲き始めるのも、満開のときも、なぜかとっても悲しい気持ちになる。
でも“桜=悲しくなるような出来事”はどんなに考えても見つからない。桜が存在しているときに失恋したこともないし、大切な人が亡くなったこともないし、卒業が特別悲しかったわけでもない。
はぁ~~
思わずため息をついていると1階から母さんの声が聞こえた。
「乙葉〜そろそろ時間じゃないの?」
「あ、そうだった!今行く!」
何ぼーっとしてるの、私。急いで準備しなきゃ。
今日は日曜日。だから私がこれから向かうのは学校じゃない。
自宅を出て、5歩くらい左に歩いて、家の前に立つ。
そう、お隣さんに用があるのだ。
呼び鈴を鳴らそうとしたその時、ものすごい速さで扉が開いた。
「おっはよーー!!おとちゃん!」
「うわ!びっくりした!すっごい元気ね、香絵」
横開きの扉で助かった・・・外開きだったら絶対、頭激突してた!
香絵は今日も子供っぽくて(←褒め言葉)楽しそうに斜めにかけているナップサックの持ち手を両手で揺らしている。
「だって~今日すごい風じゃん、花吹雪じゃん!それにめちゃくちゃ晴れじゃん!もう最高。また傑作できちゃうって!まーたみんな褒めてくれるじゃん!」
「はいはい、自画自賛はそのへんにしといて。・・・ってことは今日は月中央公ってこと?」
「そうに決まってるでしょ!桜はそのへんにある1本の木なんかより、たっくさんあるほうがいいの描けるもん」
やっぱり今日のテーマは桜か・・・まぁこの強風なら誰だってそう思うか。
知らないうちに顔に出てしまったらしく、香絵が少しだけ心配な表情になった。
「どうしたの?おとちゃん。具合でもわるいの?」
「ううん、ちょっと考え事してただけ!よし、じゃあ行こっか」
「うん!あ、そういえばあたしね、学校から帰る時、近道見つけたの。ついてきて!」
再び笑顔に戻った彼女は、全力で駆け出していった。
私こと古風乙葉と小早香絵は16歳と10歳の6歳差。よく周りからきょうだいみたいっていわれるくらい、仲が良い。
家族ぐるみでの付き合いも長いから、もちろん香絵の弟くんとも仲が良いし、香絵の方も私のい・・・って語ってたらキリがないので。
とりあえず、今でも休みの日にどこか出かけるくらい、お互い最高の親友だ。
「ねぇ・・・香絵。一つ・・・いや二つ聞きたいんだけどさ・・・」
「なぁに?おとちゃん」
家を出てから10分ほど。私はひたすら登り道を走る香絵を追いかけてた。やっと香絵が歩くようになって、荒い息のなか尋ねた。
「まずさ、これどう考えても近道じゃないよね。むしろ・・・遠回りじゃない?」
月吹中央公園(略して月中央公)には歩いて10分で着くのに・・・そもそもこんな登り道なんて家から公園までずっと平野なのに通るわけない。
香絵は全く疲れてない様子で振り返って、右手でピースを作り、2本の指で左の頬を軽くつねる。
「近道は失敗したみたい」
「またそれ・・・ほんとに道覚えてるの?」
「覚えてるよ―。・・・違うの、こないだすっごい景色が見れたから、単にそこに行きたいだ―け」
「ならいいけど。最初に近道があるとか言わないでよ・・・『近道は…』のセリフが言いたいだけでしょ」
「やっぱりおとちゃんにはバレバレか」
香絵が前を向いて再び歩き出す。
にしてもこのあたり・・・全く通ったことないな・・・
桜の花びらが左右から舞ってくる登りの並木道。左右それぞれの木の下に2輪だけ珍しそうな花が咲いている。
月吹の地区だとは思うけど、こんな道があったなんて知らなかった。生まれた時から住んでいるのに。
「で、もう一つの質問って?」
あまりに不思議な道の中、香絵の声で我に返った。
「ああ、ごめん、ごめん。その、最近よくつけているそのブレスレットって何なのかな・・・って気になってて」
左腕につけている透明に近い水色と白色の小さな水晶玉が連なっているブレスレット。ひとつだけ薄紫の水晶玉の中に、となりの地区の砂浜でみつけれそうな白い貝が水晶玉がはいっている。
腕をめくりながら、香絵はしどろもどろに答えた。
「あ、これのこと、ね。え、えっと、ほら去年の大晦日の掃除でたまたま見つけて、気にっているだけ」
「あいかわらず嘘下手ね〜大晦日の前から何回かつけてたじゃん」
前を向いてるから表情はわからないけど、すっごい焦ってるのが後ろ姿からわかる。
・・・私と同じで態度とか顔に出るな、この子・・・
「と・に・か・く!おとちゃんには関係ないから・・・ほら、もうすぐそこだよ、いい景色っていうの」
早口になって香絵はまた走り出した。
やれやれって思いつつ、これ以上は聞かないように決めた。きょうだいのような仲だけど、秘密にしときたいことだってあるよね、きっと。
「ねぇ、ちょっと待って。さっきの子、希優貝持ってなかった?」
突然、後ろから透き通るような声が聞こえてビクッてなった。振り返ると12、13歳くらいの柔らかそうな真っ白い服を着た女の子が5メートルくらい先から私を見つめていた。
どうして・・・さっきまで気配もなにも感じなかったのに。
「キユ・・・ガイ・・・?」
「もしかして、あの子が・・・ねぇきみ、あの子一度こっちに連れ戻して!」
「え、なんで・・・」
「いいから!はやく!」
訳のわからないことを言われて、首をかしげながらも、とりあえず香絵が行った方向に走って向かった。
なんで連れ戻すの?あと・・・
キユガイってなんだろ・・・
「もーおとちゃん遅いよ!何してたの!」
「ごめん、香絵。にしてもすごいねーここ!初めてきた」
「でしょでしょ!私も一昨日始めて見つけたところなの!」
気づけば私達は小さな山の頂上にいたみたい。
見える眺めは月吹の地区だけだったけど最高だった。
遠くには月吹駅や舞花市役所、港。少し先にはショッピングモール「コルミ」や左右に多くの飲食店が並ぶ月吹大通り。そしてすぐ降りた先には香絵が通っている月吹小学校や月中央公がみえた。
目の前には100段はありそうな、真っ白い階段がある。ここを下りればすぐに月中央公に着けるみたい。
「ねぇねぇ、おとちゃん。ここからどっちが先に月中央公につけるか勝負しない?」
階段の一番うえの部分に足を揃え、いたずらっぽい笑みでこっちを見てくる。
「あ、私が階段下りるの遅いから、それいってるでしょ」
「ふふ、やっぱりおとちゃんにはバレバレだね」
私も香絵の方へ向かおうとした時、さっきの言葉が引っかかった。
―あの子一度こっちに連れ戻して―
あれ、どういう意味なんだろ?
連れ戻すなら、今だよね・・・
「あのね、香絵。実はさっき・・・」
そう口を開いた瞬間だった。
ドンッと強い衝撃音とともに香絵のからだがまえに飛び出た。まるで誰かが後ろから押したみたいに。
「えっ・・・!」
「か、香絵!」
香絵は前に倒れた後、100段ほどの階段を回転しながら転び落ちていった。
「!!!」
その時はあまりのショックに、声にならない悲鳴が出た。
助けたかった。でも一歩も足が動かなかった。
『パリンッ』
一番下に落ちた時、遠くからでも聞こえる、何かが割れる音がした。
そこでようやく声がでた。
「かえーーーーー!!!」
助けなきゃ。何回もそう思ったけど、自分がその場で座り込んでいるのに気がついた。
すると、後ろから2人の子どもがよってきた。
「まずい・・・ほんとに起きちゃったよ」
「ねぇ!きみ!はやく連れ戻してって言ったよね!」
さっきの女の子が私に言った。でも、心臓のバクバクしている音と自分の過呼吸でその時はほとんど聞こえなかった。
「た、たすけなきゃ・・・」
ようやく足が動くようになって立ち上がろうとした時、2人が私の腕を掴んできて叫んだ。
「「だめ!今は行っちゃだめ!」」
「なんで!香絵が・・・香絵が落ちちゃたんだよ!」
2人の両腕をなんとか振り払って、今までの何倍よりも速く階段を降りた。
なんであの2人は止めてきたの・・・
香絵が、妹って言ってもいい人が落ちたんだよ!放って置くわけ、ないでしょ!
階段を下りきってすぐに香絵に寄る。
2人は「だめ!ちかづかないで!」とかをずっと叫んでいたけど。
そんなことを無視して香絵の顔を見たときだった。
「えっ・・・か・・・え?」
香絵は全く知らない、男の子の姿になっていた。
「え・・・なんで?香絵?香絵じゃないの?」
脳内が混乱していた時、男の子はゆっくりと目を覚ました。
そして何もなかったかのように立ち上がり、私のお腹に強い蹴りを一発入れたのだった。
ついにはじまりました、本編です。
今回は1話なので少し長めです。
乙葉にとって妹のように可愛がってきた香絵。
これからどうなっていくのか、楽しみに待っていただけると嬉しいです。